一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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樹木の切り詰めの強弱によるその後の枝の成長の違いについて

質問者:   一般   カジュスキー
登録番号4185   登録日:2018-08-04
私は趣味で果樹をいくつか育てているのですが、書籍などを見ると、苗木の植え付け時に幹が50cmくらいになるように先端を切り詰めることが推奨されています。
これによって樹勢が強くなり太く長い枝をたくさん生やすことができるらしく、実際にビワやスモモでやってみたところ確かにその様になりました。
植え付け時だけでなく通常の剪定でも強く切り詰めればそれだけ強い枝が生えてきます。
そこで疑問なのですが、なぜ剪定の強弱によって枝の伸長の度合いが変化するのでしょうか?
植物の枝の伸長にはサイトカイニンが関与しているらしいですが、枝を強く切るとサイトカイニンが増えるといった現象が起こっているのでしょうか?
詳しいメカニズムを教えてください。
カジュスキー様

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。本コーナーでは果樹園芸などの実際的な栽培に関係する質問には直接お答えすることはできませんが、ご質問は植物の成長における「頂芽優勢」という基本的な問題に関係することですので、その観点から説明いたします。頂芽優勢については登録番号2465, 2586もご覧ください。

 植物の成長(伸長)は地上部(茎、幹)と地下部(根)という二つの器官の先端に局在して起こります。茎では茎頂、根では根端でそれぞれ逆方向へ伸びていきます。樹木の成長はこれに加えて形成層という分裂組織の働きによる幹の肥大が起きますが、ここでは茎頂のことだけにについて触れます。
 茎頂には分裂組織があり、常に細胞分裂が起きていて、新しくできた細胞は茎軸に沿って下方へ押しやられます。これらの細胞はそれぞれ主に縦軸方向へ大きくなり、つまり伸長します。その結果、茎は成長(伸長)していきます。その間これらの細胞は分化して、一番外側は表皮、その内側は皮層、そして中心に通道組織が作られます。もうひとつ大切なことは茎頂に下部の表皮組織から一定の配置と間隔で(種によって異なる)葉の基となる葉原基が分化することです。葉原基は葉に成長し、その付け根は節となります。そして節と節との間は節間で、茎はこのように節間のつながりで成り立っています。節では葉柄の付け根の上部に側芽(腋芽)が分化し、この芽が時期が来ると成長を始め、枝となります(分枝)。一般に多くの植物ではこの分枝は茎頂に近いところでは起きず、下の方ほど枝は成長します。これは頂芽がそのすぐ下の側芽の成長を開始できないようにしているからです。この現象を「頂芽優勢」と呼んでいます。頂芽優勢は植物とってどんな意義があるかというと、頂芽の役割ひとつはとにかく成長を続けて主軸が伸びるようにしなければいけません、そのためには細胞の分裂(細胞の増殖)と拡大、そして分化の過程に、栄養的にもエネルギー的にも最大の投資をしなければなりません。頂芽に近いところにある側芽がすぐに成長を始めるとそちらへも養分やエネルギーがとられてしまうことになります。これはある種のセルフ・コントロールと言ってよいでしょう。
 そこで側芽の成長を早めるためにはどうすれば良いかというと、先端の頂芽を切除してやればいいのです。庭木屋が潅木の刈り込みをするのは、その結果たくさんの側芽が成長できて、こんもりタイプの植栽にすることができるからです。果樹でも立木にしろ挿し木にしろ、頂芽を切除してやれば、下部にある側芽は成長を始めます。主軸茎の頂芽がなくなるといことは植物とって致命的なことなので、直ちに側芽が成長して主軸のなくなった茎頂の役割を補償することになります。茎頂を切除すると、すぐ下の側芽は主軸に沿って直立するように成長し始め、植物体が大きくなるとあたかも初めからの主軸であったかのように見えます。
 頂芽優勢/側芽の成長に関わる植物ホルモンにはオーキシンとサイトカイニンと新しく見つかったストリゴラクトンがあります。これらのホルモンの作用機構や合成・輸送の機構、相互の関係についてはたくさんの研究がなされており、いろいろな見解が出されていますが、ここでは一般的に受け入れられていることに基づいて説明します。オーキシンは茎頂で合成され、オーキシンの輸送通路(canal)通って茎の基部へと一方的に輸送されます(極性輸送)。オーキシンは細胞の伸長成長を促進しますが、側芽の成長開始を抑制します。だから、古い実験ですが、頂芽を切除してその茎の切り口に別にオーキシンを与えてやると、あたかも頂芽があるかのように側芽の成長は抑えられます。他方、サイトカイニンは外見上オーキシンと拮抗するように働き、例えば、頂芽があっても側芽に直接サイトカイニンを与えてやると側芽は成長を始めます。サイトカイニンは成長の止まっている側芽が伸び始めるために必要で、側芽あるいはその近辺で合成されますが、茎頂か輸送されてくるオーキシンがサイトカイニンの合成を抑制しているので、側芽は成長を始めることができないのです。主軸の下部の方にある側芽はそこまで輸送されてくるオーキシンの量が少なくなるため、成長を始めることができます。ストリゴラクトンはやはり側芽の成長を抑制しますが、それは直接的にではなくオーキシンの輸送に関係していると思われます。
 頂芽優勢/側芽成長におけるオーキシン/サイトカイニンのそれぞれの役割についてはオーキシンの輸送、お互いの合成、細胞分裂の進行、分裂組織の分化などを抑制的にあるいは促進的に調節し合って、複雑に絡み合った相互作用をしていることは明らかです。制御された実験条件下ではなく、自然界ではこれらの作用は当然個々の植物の遺伝的背景、生育環境の様々な要因、例えば、光(波長、高度、日照時間などなど)、温度、吸水、土壌の栄養供給など、そしてそれらによって決まる植物の発達状態を無視することはできません。
 枝の成長が良いということは、その出発点である側芽が勢い良く成長し始めたということです。枝の先端にはやはり茎頂があり、そこでも新しくオーキシンが作られて基部の方へ輸送されます。このオーキシンの働き方がやはり枝の成長の度合いを決めることになります。サイトカイニンは根でも多量に合成されて、地上部へ木部導管を通って運ばれますが、これは頂芽優勢には直接関わっていなくて、根からのサイトカイニンは茎の形成層発達の調節に関わっていると言われています。樹木の茎では形成層の発達は重要ですので、その供給の多い少ないは枝の成長、特に肥大成長に関係するかもしれません。これは推測に過ぎないですが。
 ご質問の中では、幹を50cmの長さに切り詰めると書いておられますが、切除する先端の長さは元々の苗木の高さにもよるのではないでしょうか。たまたま用いる苗木の成長段階では50cmまで切り詰めると、上記に書いたような諸条件が最適になるということかもしれません。
 

勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2018-08-12
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