質問者:
その他
浅野正紀
登録番号0042
登録日:2004-03-23
前略。フキについて
不躾ながら、質問をさせていただきます。
今、フキについて色々調べています。
フキは葉柄をいただく物で、水分量はおよそ96%(5訂食品栄養表)です。
同じ水分量の物にはきゅうりやレタスなど様々ありますが、とりわけフキは
水分が多く瑞々しさを感じます。なぜみずみずしいのかという疑問です。
そこで、
1、フキはなぜ、葉柄に水分が豊富なのでしょうか?(推論)大きな葉を支えるため?活発な蒸散に対応するため? 導管が多い?
2、その意味で、他の植物との組織上の違い、特徴があるか?いえるか?(推論)柔組織が大きい?多い?導管が太い?
3、5訂の成分表では、フキ(葉柄)を茹でる前の含水率はおよそ96%ですが、茹でた後は97%超になります。植物の生態、生理、あるいは構造的な見地から、何故でしょうか?
4、フキの研究(植物生理学)でお詳しい方がいらっしゃれば、ぜひご紹介いただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
浅野 正紀さま
フキについてのご質問有り難うございました。植物生理学会年会が開かれていたたため、ご回答が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
ご質問内容の「みずみずしい」というのは感覚的なものですから、回答がお求めのものになっているかどうかはわかりませんが、植物生理・形態学を専門にされている坂口修一先生(奈良女子大学)が、詳細にご回答下さいました。
よろしくご検討下さい。
フキの葉柄が水分に富むことについて、食品成分表に示されている水分含量の高さと感覚的な意味でのみずみずしさをの根拠として挙げておられますが、この2つは意味合いに違いがあるので別個にお答えします。
水分含量が高い理由:
まず水分含量の高さですが、物質という観点からすると生物の体は大部分が水でできており、それ以外にタンパク質、脂質、炭水化物、ミネラルなど、水以外の物質が少々含まれたものです。そうすると水分含量が高いこと自体の意味を問うよりも、水以外の物質が少ないことの意味を考えた方が理解しやすい。なぜなら、たとえば水分含量の90%と96%の差に注目するより、水以外の物質含量の10%と4%の違いに注目した方が変化の割合がずっと大きいからです。さて、葉を食べる野菜の多くは、葉身(葉本体の扁平なの部分)を食用とします。この部分の細胞は光合成をするので葉緑体を大量に含みます(図3)。葉緑体には光合成に必要なタンパク質や産物の炭水化物が多く含まれています。よって葉身部分のタンパク質含量や炭水化物の含量は高く、その分水の含量は低くなります(たとえばホウレンソウの水分含量は90.4%)。一方、葉柄の細胞はあまり葉緑体をもちません(図1、2)。したがってタンパク質等、水以外の物質の含量が低くなり、結果、水が多くなります。つまりフキの水分含量が他の野菜と比べて高いことの大きな理由の一つは、フキが光合成をほとんど行わない葉柄部分を食用とすることといえます。ちなみにセロリやサトイモも葉柄を食用にしますがやはり水分含量は高くなっています(それぞれ95.3%、94.4%)。
また水分含量には細胞のサイズも関係していると思われます。特殊な細胞を除き植物細胞では、細胞内の大部分を液胞(中身はほとんど水)が占めます。一方、細胞質や核など水以外の物質を高濃度に含む部分は、細胞の周辺部分に薄い層をなして存在します。よって理論的には、水の量は体積に比例(細胞の径の3乗に比例)し、水以外の物質の量は細胞の表面積に比例(細胞の径の2乗に比例)することになります。これは細胞が大きくなると水分含量が高くなることを意味します。フキの葉柄組織の大部分を占める柔細胞は葉身の細胞などに比べるとたいへんサイズが大きい(図2と図3を比較してください)。これがフキの葉柄の水分含量が高い第二の理由といえると思います。
感覚的にみずみずしく感じられる理由:
私自身フキの葉柄を刃物で切ったとき切断面に汁がにじみ、水っぽく感じましたので、このことをフキはみずみずしいと表現されているように想像します。ただ、このような水っぽさと水分含量の高さとは必ずしも対応がつかないものです。たとえばリンゴの果実を包丁で切った場合と大根おろしですりおろした場合とでは、水分含量は同じはずですが、水っぽさは全く異なります。汁の大部分は細胞内の液体と考えれるので、細胞が壊れてでてくる液の量の多寡が水っぽさを決めると言えるでしょう。一定面積の組織切断面に放出される細胞内液体の量は、細胞が大きいほど多くなりますから、フキの葉柄が水っぽく感じられる理由は、すでに述べた細胞が大きいということと関連づけられると思います。ちなみに道管内にも水はあるのでご指摘のように道管が多いとみずみずしく感じられる可能性もあります。しかし、顕微鏡観察の結果、フキの葉柄における道管の占める比率がとくに高いように思われませんし(図1)、文献的にも回答者の調べた範囲でそのような記述をみつけることはできませんでした。
茹でると水分含量が上がる理由:
とくにデータはないのですが、以下のような推察が可能でしょう。水分含量が上がるということは他の成分が減少することです。この観点からすると水分含量が上昇する原因の一つは、茹で汁へフキの成分が煮出され、フキの本体から失われることです。これ以外に可能性として、熱によりフキの組織がふやけて膨潤し、水をより多く含む状態に変化することも考えられます。茹で汁を蒸発乾固して残った物質の重量を測定したり、茹でる前後の体積変化を測定すればこれらの説明がどの程度正しいか検証できるはずです。
フキの葉柄の特殊性について:
植物の生き残り戦略と関連して以下のようなことが考えられるでしょう。フキは、通常の植物のように地上に茎を伸ばしそこに葉を付ける代わりに、地下茎から伸びる比較的大型の葉をつけます。当然、光を受けるために地上の高い位置まで葉身を支える長くて丈夫な葉柄が必要になります。葉柄を丈夫にするためには葉柄の直径を太くしたり細胞の細胞壁を厚くすればよいわけですが、葉柄は光合成による生産能力がほとんどない部分なので、あまり資源を投資せず安上がりにつくるのが有利です。そのため、水で張りぼてにして細胞を大型化し葉柄組織を充たすとともに、葉柄内部に空洞(フキには穴が空いている!)を設けパイプ構造にすることで太さを稼いでいると考えられます(図1)。また、フキの葉柄の表層部(料理の際、固いので剥いで捨てる皮の部分)には厚角組織(厚い一次細胞壁をもつ組織)が存在するのですが(図1)、これも構造補強効果を最も得やすい外周部分のみ細胞壁を厚くして対応しているという意味合いがあると考えられます。地際から長い葉柄をのばして大型の葉身を展開する植物はフキ以外にも多数存在するので、これらの植物の葉柄についてフキと同様の特徴があるか比較検討することは興味深い研究テーマだと思います。
フキの研究者について:
文献検索をすると、フキの成分(医薬成分:抗ガン作用など)や組織培養法などに関する研究論文が日本の研究機関からかなりの数出ています。これらの研究者と回答者は面識がありませんが、文献リストから連絡先はわかると思います。
図の説明
図1.フキの葉柄の横断切片(全体写真)
中央に空洞(Loc)のあるパイプ構造を示し、組織の大部分は大型の細胞からなる柔組織(Par)で占められている。外表面近くには細胞壁が厚く機械的に丈夫な厚角組織(Col)の層がある。葉柄内には多数の維管束(VB)の断面が観察される。維管束の外側が師部(Phl)、内側が木部(Xyl)で、木部には道管あるいは仮道管が存在している。図の上方向が向軸面(いわゆる葉の表側)、下側が背軸面(葉の裏側)。スケールは1 mm.
図2.フキの葉柄の柔組織細胞
葉緑体はほとんど見られず細胞の大部分は液胞で満たされている。スケールは50 mm.
図3.フキの葉身の横断切片
葉身の柔組織は向軸側の柵状組織(PP)と背軸側の海綿状組織(SP)とに分化し、細胞内に多数の葉緑体(Cht)を含み盛んに光合成を営む。葉柄の柔細胞とくらべ、内容が密でサイズが小さいことに注意(倍率は図2に同じ)。UEおよびLE:向軸側および背軸側の表皮.スケールは50 mm.
回答者:奈良女子大学理学部生物科学科
フキについてのご質問有り難うございました。植物生理学会年会が開かれていたたため、ご回答が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
ご質問内容の「みずみずしい」というのは感覚的なものですから、回答がお求めのものになっているかどうかはわかりませんが、植物生理・形態学を専門にされている坂口修一先生(奈良女子大学)が、詳細にご回答下さいました。
よろしくご検討下さい。
フキの葉柄が水分に富むことについて、食品成分表に示されている水分含量の高さと感覚的な意味でのみずみずしさをの根拠として挙げておられますが、この2つは意味合いに違いがあるので別個にお答えします。
水分含量が高い理由:
まず水分含量の高さですが、物質という観点からすると生物の体は大部分が水でできており、それ以外にタンパク質、脂質、炭水化物、ミネラルなど、水以外の物質が少々含まれたものです。そうすると水分含量が高いこと自体の意味を問うよりも、水以外の物質が少ないことの意味を考えた方が理解しやすい。なぜなら、たとえば水分含量の90%と96%の差に注目するより、水以外の物質含量の10%と4%の違いに注目した方が変化の割合がずっと大きいからです。さて、葉を食べる野菜の多くは、葉身(葉本体の扁平なの部分)を食用とします。この部分の細胞は光合成をするので葉緑体を大量に含みます(図3)。葉緑体には光合成に必要なタンパク質や産物の炭水化物が多く含まれています。よって葉身部分のタンパク質含量や炭水化物の含量は高く、その分水の含量は低くなります(たとえばホウレンソウの水分含量は90.4%)。一方、葉柄の細胞はあまり葉緑体をもちません(図1、2)。したがってタンパク質等、水以外の物質の含量が低くなり、結果、水が多くなります。つまりフキの水分含量が他の野菜と比べて高いことの大きな理由の一つは、フキが光合成をほとんど行わない葉柄部分を食用とすることといえます。ちなみにセロリやサトイモも葉柄を食用にしますがやはり水分含量は高くなっています(それぞれ95.3%、94.4%)。
また水分含量には細胞のサイズも関係していると思われます。特殊な細胞を除き植物細胞では、細胞内の大部分を液胞(中身はほとんど水)が占めます。一方、細胞質や核など水以外の物質を高濃度に含む部分は、細胞の周辺部分に薄い層をなして存在します。よって理論的には、水の量は体積に比例(細胞の径の3乗に比例)し、水以外の物質の量は細胞の表面積に比例(細胞の径の2乗に比例)することになります。これは細胞が大きくなると水分含量が高くなることを意味します。フキの葉柄組織の大部分を占める柔細胞は葉身の細胞などに比べるとたいへんサイズが大きい(図2と図3を比較してください)。これがフキの葉柄の水分含量が高い第二の理由といえると思います。
感覚的にみずみずしく感じられる理由:
私自身フキの葉柄を刃物で切ったとき切断面に汁がにじみ、水っぽく感じましたので、このことをフキはみずみずしいと表現されているように想像します。ただ、このような水っぽさと水分含量の高さとは必ずしも対応がつかないものです。たとえばリンゴの果実を包丁で切った場合と大根おろしですりおろした場合とでは、水分含量は同じはずですが、水っぽさは全く異なります。汁の大部分は細胞内の液体と考えれるので、細胞が壊れてでてくる液の量の多寡が水っぽさを決めると言えるでしょう。一定面積の組織切断面に放出される細胞内液体の量は、細胞が大きいほど多くなりますから、フキの葉柄が水っぽく感じられる理由は、すでに述べた細胞が大きいということと関連づけられると思います。ちなみに道管内にも水はあるのでご指摘のように道管が多いとみずみずしく感じられる可能性もあります。しかし、顕微鏡観察の結果、フキの葉柄における道管の占める比率がとくに高いように思われませんし(図1)、文献的にも回答者の調べた範囲でそのような記述をみつけることはできませんでした。
茹でると水分含量が上がる理由:
とくにデータはないのですが、以下のような推察が可能でしょう。水分含量が上がるということは他の成分が減少することです。この観点からすると水分含量が上昇する原因の一つは、茹で汁へフキの成分が煮出され、フキの本体から失われることです。これ以外に可能性として、熱によりフキの組織がふやけて膨潤し、水をより多く含む状態に変化することも考えられます。茹で汁を蒸発乾固して残った物質の重量を測定したり、茹でる前後の体積変化を測定すればこれらの説明がどの程度正しいか検証できるはずです。
フキの葉柄の特殊性について:
植物の生き残り戦略と関連して以下のようなことが考えられるでしょう。フキは、通常の植物のように地上に茎を伸ばしそこに葉を付ける代わりに、地下茎から伸びる比較的大型の葉をつけます。当然、光を受けるために地上の高い位置まで葉身を支える長くて丈夫な葉柄が必要になります。葉柄を丈夫にするためには葉柄の直径を太くしたり細胞の細胞壁を厚くすればよいわけですが、葉柄は光合成による生産能力がほとんどない部分なので、あまり資源を投資せず安上がりにつくるのが有利です。そのため、水で張りぼてにして細胞を大型化し葉柄組織を充たすとともに、葉柄内部に空洞(フキには穴が空いている!)を設けパイプ構造にすることで太さを稼いでいると考えられます(図1)。また、フキの葉柄の表層部(料理の際、固いので剥いで捨てる皮の部分)には厚角組織(厚い一次細胞壁をもつ組織)が存在するのですが(図1)、これも構造補強効果を最も得やすい外周部分のみ細胞壁を厚くして対応しているという意味合いがあると考えられます。地際から長い葉柄をのばして大型の葉身を展開する植物はフキ以外にも多数存在するので、これらの植物の葉柄についてフキと同様の特徴があるか比較検討することは興味深い研究テーマだと思います。
フキの研究者について:
文献検索をすると、フキの成分(医薬成分:抗ガン作用など)や組織培養法などに関する研究論文が日本の研究機関からかなりの数出ています。これらの研究者と回答者は面識がありませんが、文献リストから連絡先はわかると思います。
図の説明
図1.フキの葉柄の横断切片(全体写真)
中央に空洞(Loc)のあるパイプ構造を示し、組織の大部分は大型の細胞からなる柔組織(Par)で占められている。外表面近くには細胞壁が厚く機械的に丈夫な厚角組織(Col)の層がある。葉柄内には多数の維管束(VB)の断面が観察される。維管束の外側が師部(Phl)、内側が木部(Xyl)で、木部には道管あるいは仮道管が存在している。図の上方向が向軸面(いわゆる葉の表側)、下側が背軸面(葉の裏側)。スケールは1 mm.
図2.フキの葉柄の柔組織細胞
葉緑体はほとんど見られず細胞の大部分は液胞で満たされている。スケールは50 mm.
図3.フキの葉身の横断切片
葉身の柔組織は向軸側の柵状組織(PP)と背軸側の海綿状組織(SP)とに分化し、細胞内に多数の葉緑体(Cht)を含み盛んに光合成を営む。葉柄の柔細胞とくらべ、内容が密でサイズが小さいことに注意(倍率は図2に同じ)。UEおよびLE:向軸側および背軸側の表皮.スケールは50 mm.
回答者:奈良女子大学理学部生物科学科
専門:植物生理学・植物形態学
坂口 修一
回答日:2006-10-20
坂口 修一
回答日:2006-10-20