一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ブナ林の潜在分布について

質問者:   一般   green
登録番号4256   登録日:2018-10-12
冷温帯を代表する樹木ブナの分布について質問をさせて頂きます。
一般的にブナ林は西日本の標高800M以上から北海道南部黒松内の歌才まで分布していて年間平均気温10度前後(積雪量等で多少変化しますが)の地域がブナの育成に一番的してる条件だと思います。
しかしブナの育成に的しているはずの東北地方北部の平野にはほぼブナ林を発見することは出来ず、北限のブナ林の黒松内(年間平均気温8度ほど)でさえ山間部にしかブナ林は見られません。
そして本州では年平均気温が黒松内より低いであろう標高2000Mほどまでブナが見られたりするのに、黒松内以北はパタりとブナの分布が終わっています。
逆に北陸や山陰では多雪の影響があるにせよ年平均気温12度ほどであろう500M以下の山地にブナ林が見られたりします。
このような分布をしているのは本来東北の平野部でもブナの純林が見られていたのに人間活動が盛んな平野部では切り開かれ二次林のミズナラやコナラの林が発達し、ブナ林は人の通わぬ山間部に残った状態と考えていいのでしょうか?
暖温帯の西日本では潜在植生であるシイやカシはクヌギなどの二次林に混じって平野部の里山にも普通に生育し、照葉樹の純林も普通に見かけます。
しかし冷温帯でシイやカシのニッチを担当するであろうブナでは山間部に点在しているだけでそういうことが見られないような気がします。
そこで質問したいのですが東北の平野部でも潜在的にはブナ林がかつて生い茂っていたのか、今でも残っている平野のブナ林はあるのでしょうか?
あとシイやカシなどの照葉樹と違いブナは人里から離れた山地にしか生育していないのは何故かご教授お願いします。
green 様

本コーナーをご利用くださりありがとうございます。ご質問には森林総合研究所の松井哲哉博士から回答文をいただきましたので、参考になさってください。

【松井博士からの回答】
黒松内低地で有名なブナ林は、「歌才」ブナ林や「つばめの沢」ブナ林ですが、 寿都湾の海岸に近い標高10mの場所でもブナは単木的に生育しています。また、低地帯内でもパッチ状にブナ林が存在していますので、黒松内で山間部にしかブナ林がないという認識とは少々異なっているのが実状です。ブナの北限分布は現在でも調査研究が進んでおり、黒松内低地帯を越えて分布 していることも判明しています。現在確認されているブナ(天然)林のうち、 もっとも最前線の個体群は豊浦町とニセコ山系にあります。北限地帯のブナは、 最終氷期が1万年前に終わって以降、今だに北に分布を拡大中であると考えられます。つまり、本州ではすでに分布上限まで達しているのに対し、北限ではいまだに分布限界には達していないという考え方があります。
かつての東北地方平野部でのブナの分布については、お考えに賛同します。しかし、注意すべきは、東北地方でも多雪地域と寡雪地域ではブナの分布が異なる点です。
ブナは積雪に強いので、多雪地域ではミズナラなどの他種との競争に勝って優占 しますが、寡雪地域では多種と林冠を共存することが多くなります。その結果、 多雪地域のブナは低標高にも分布することが多く、一方、寡雪地域では低標高においてはナラ類やクリなどが優占し、高標高地帯になってはじめてブナ優占林が出現することがあります。

東北地方といっても広いのですが、平地のブナ林はごく一部にしか残っていないと思われます。環境省の特定群落報告書で東北各県の巻を丹念に探したりする と、低地のブナとして記載があったりします。過去に平地にどれほど分布が広がっていたのかについては推測でしかありませんが、それでもクリやコナラなどの森林との競争関係でバランスが決まっていたと思われます。先の回答とも重複しますが、ブナが人里を嫌って離れた場所に生育しているのではなく、ブナの生育しやすい場所は比較的多雪地域が多く、結果として人里がで きにくかったと考えられます。さらに、ブナは伐採圧に弱く、2-3度の伐採で萌芽せずにクリやコナラ、ミズナラ林へと変化してしまうことも原因と考えられます。人里近くにかつてはブナ林があったとしても、薪炭林として繰り返し伐採 されるうちに、ナラ類の萌芽林に変わってしまったのではないかと考えています。カシ類でも伐採耐性は種類によって異なり、アラカシなどは他のカシよりも強いことが知られています。



松井 哲哉(森林総合研究所国際連携・気候変動研究拠点‐気候変動研究室)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2018-10-15