植物Q&A

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ヤブツルアズキ

質問者:   一般   野の花
登録番号4267   登録日:2018-10-30
里山でヤブツルアズキの実りを見つけました。小さな実ですが、黒く熟してくると莢が乾燥されパチンと弾けます。すると、クルクルっと莢が縦に巻かれて四方に豆を飛ばします。
莢の繊維がそのような動きをさせると聞いてますが、もっと詳しくこのねじれる仕組みを知りたいと思いました。
莢の繊維や特徴をヤブツルアズキだけに関わらず、野山に育ってマメ類のサヤの仕組みについて教えていただければと思います。
野の花 様

みんなのひろばの植物Q&Aを利用下さりありがとうございます。
回答は細胞壁がご専門の西谷先生にお願いいたしました。たいへん詳細で、わかりやすい回答を頂きました。

【西谷先生の回答】
 ヤブツルアズキの莢が、里山の静寂を破って弾ける一瞬の動きを捉えた「野の花」様の描写に感心しました。私自身はその瞬間を見たことは無いのですが、ご質問の文章から、その様子が目に浮かびます。
 
さて、莢の弾ける仕組ですが、ヤブツルアズキそのものに関した詳しい研究報告を、残念ながら私は知りません。しかし、同じマメ科のダイズなどでは、農業上重要なことから、よく研究されています。また、莢が成熟する仕組みは、種子植物にとって重要な過程ですので、植物生理学としてよく研究されています。いずれの過程にも、植物独自の細胞構造である細胞壁が重要な役割を担っています。
ご質問に答える前に、まず、マメ科の莢が成長して弾けるまでの過程から復習しておきましょう。
アズキやダイズなどのマメ科の植物では、雌しべは一枚の「心皮」という構造からできています。心皮は、葉と相同な器官で、二枚の皮に包まれた鯛焼きのような構造をしていて、背側と腹側の区別があります。腹側を縫合線(腹縫線とも言う)、背側を中肋(背縫線とも言う)と言います。
心皮の中の、鯛焼きの餡に相当する部分には、数個の胚珠が腹側(縫合線側)に並んでいます。受精すると、胚珠は種子になり、胚珠を包んでいる心皮は莢になります。こうして、種子は、縫合線側で成熟します。このような構造の果実はマメ科に特徴的であることから豆果(とうか)といいます。
豆果は、成熟する過程で、種子も莢の組織も、乾燥します。莢は、何層もの異なる種類の細胞層から成ります。乾燥の過程で、それぞれの細胞層は原形質を失い、細胞壁だけを残してシート状の構造となり、それらが重なって、莢全体としては薄紙を重ねてできた厚紙のようなものになります。成熟した莢の細胞壁の主要成分は、セルロースなどの糖類とリグニンというフェノール化合物です。セルロースは水に馴染み易く、濡れると延び、乾くと縮みます。一方、リグニンは、水をはじき、水に影響されない成分で、乾燥の前後であまり、伸び縮みしません。重要な点は、莢が乾燥する時にできる、細胞壁シートごとに、セルロースやリグニンなどの細胞壁組成が明確に異なることです。その結果、莢が乾燥すると、シート間で縮み具合に差がでます。その結果、シートが重なってできた厚紙構造の莢は乾燥すると、反り返ったり、場合によると、捻れることになります。これは、バイメタルが熱膨張率の違いで反り返るのと同じ原理です。
それでは、細胞壁シート間で、リグニンとセルロースの比率の違いを産み出す仕組みは何でしょうか。最近の研究から、その分子メカニズムが、よく分かってきました。農業上重要なダイズは、収穫前に莢が捻れて弾けると、種が落ちて収穫できなくなり、収量が減るので大問題です。そのため、莢の捻れの少ない品種が栽培されています。その品種の遺伝子の研究から、莢が捻れる原因となる遺伝子を、農研機構の船附秀行さんらが見つけ、Pdh1(莢の裂開1号という意味)と名付けています[Funatsuki et al. (2014) PNAS 111, 17797-17802]。重要な点は、この遺伝子が、ダイズの莢の内側にリグニンを作る働きをしていることを見つけたことです。その働きにより、莢の内側のシートにリグニンが多く、外側はリグニンが少なく、代わりにセルロースなどの多糖が多くなるのです。
しかし、莢が反り返っただけで、どうして、莢が裂けるのでしょうか? これについては、莢の中肋や縫合線の組織が重要な鍵を握っています。結論から言いますと、莢が裂けるのは、中肋や縫合線部分の細胞壁の成分であるセルロースやキシランなどの糖類が、酵素の働きで部分的に分解され、乾燥した時に、裂けやすくなっているからです。この過程は、非常に精密に制御されていて、セルロースを分解する酵素を、成熟過程のどの時期に、どの細胞層に作用させ、細胞壁をどのように分解させるかまでも、正確にプログラムされていることが分かっています。その結果、莢が乾燥し、反り返る力や捻れる力が生じると、中肋と縫合線の部分が、まるで「切り取り線」の孔が空いているかのように、裂けて、中の種子が飛び出すのです。これは、多くのマメ科に共通の莢が裂ける仕組みです。この仕組みを獲得したお陰で、マメ科植物は、大きな乾燥種子を成熟するまで硬い莢の中で保護した後、一気に撒き散らすことが可能なのです。
細胞壁を酵素で線状に部分的に分解する方法で切り取り線を引いて、組織を切断する仕組みは、莢を割く以外にも、落葉や落花など、植物はいろいろな場面で使っています。落葉は葉の付け根の、離層とよばれる細胞層の細胞壁のセルロースなどを分解して、その部分が脱離し易くして、葉を落とす仕組みで、これも原理的には、莢の裂開と同じです。
余談ですが、植物が捻れたり、曲がったりする現象は、莢の乾燥以外、いろいろな所で見られます。ウリ科の植物であるキウリやヘチマの巻きひげは、何かの支柱に接触すると、接触した側の細胞の列だけで、細胞壁中にリグニンが合成されます。その結果、巻きひげの切り口を見るとリグニンを持った細胞が非対称に組織内に分布していることがわかります。リグニンは、莢の細胞だけでなく、維管束をもつ植物では、いろいろな組織の細胞壁で作られます。リグニンは、莢の話の時に、水をはじく性質があると言いましたが、同時に、細胞壁を硬くする働きももっています。そのため、細胞壁中にリグニンが合成されると、細胞はそれ以上成長でき無くなります。その結果、支柱に接触するまでは盛んに成長していた巻きひげは、リグニンが合成された内側の接触面では成長が停止し、外側だけが成長し、巻きひげが支柱をコイル状に取り巻くようになります[Gerbode et al. (2012) Science 337, 1087-1091]。このように、莢と巻きひげは一見全く違った器官ですが、リグニンを含んだ細胞壁が縮んだり、伸びたりし難い性質を使っている点では同じ原理で捻れたり、曲がったりしているのです。
 
以上のような説明で、ヤブツルアズキの莢が捻れて,裂ける仕組みについて、お分かり頂けたでしょうか。この現象の主役であるリグニンは、3億6千万年ほど前に、シダ類の進化の過程で植物が獲得した細胞壁成分です。その働きは、莢の捻れだけでなく、植物が陸上の厳しい環境の中で、乾燥や紫外線、外敵から身を護る役割や、土壌の水や養分を根から吸い、地上部の葉に運ぶための働き、更に、大きな植物体を支える働きまで、多岐に亘り、維管束植物の進化の核になる細胞壁成分と言ってよいかと思います。
 
「野の花」さんが、のどかな山里で見つけられた「ヤブツルアズキの莢が種を弾き出す一コマ」の中には、維管束植物3億6千万年の進化の歴史が詰まっているのです。野山を歩いて、悠久の植物の歴史をお楽しみください。


西谷 和彦(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2018-11-21
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