一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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花芯白菜の白化について

質問者:   高校生   みかん
登録番号4321   登録日:2018-12-30
半結球白菜の中には、花芯白菜のように、光に当たっているにもかかわらず、中心部が白化するものがあります。結球白菜は中心部に光が当たらないので、白化するのも納得できますが、半結球では納得がいきません。その様な現象が起きる具体的なメカニズムを教えてください。
みかん さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
たいへん難しい、しかし重要なご質問で、簡単にはお答えできそうもないので、違った立場の専門家に伺いました。先ず、遺伝育種の立場から東北大学の渡辺 正夫先生、分子遺伝の立場から岡山大学の坂本 亘先生に伺いました。

【渡辺 正夫先生のコメントの要約】
直球のご質問でお答えするのがとても難しいものです。30年近く、アブラナ科植物、特に、ハクサイ、カブ、キャベツ、ブロッコリーなどを材料に研究を行ってきた経験からコメントをしますが、とても答えになるようなものでないことをお許しください。このことを考える上で、渡辺だけでは、回答ができないので、ハクサイなどの育種をしている(株)トーホクの新倉様と議論をして、ハクサイ、ダイコンなどの育種の歴史を振り返ってみました。

まず、ハクサイの形態をよく見てほしいのですが、葉っぱのギザギザというか、波打っている部分は、緑色です。でも、葉の中央にある維管束を含む部分(中肋)は一番外側の葉でも白色です。つまり、緑色になった葉緑体がそこでは発達していないということです。ハクサイを栽培化する過程で中肋が白いものを選んできた結果です。ハクサイの仲間であるパクチョイ、チンゲンサイなどもおなじように、葉の中央部分は太陽光が当たっていても白色です。ハクサイはもともと結球性でなかったのですが育種の過程で結球性が現れ、それがさらに品種改良されて葉が固く巻いた今日のハクサイが選ばれてきたものです。縦割りにしたハクサイの断面をみると中心部の葉は黄色です。これも光が当たっても緑の葉緑体はできないで、黄色のカロチノイド系の色素が合成された結果です。黄色系の方が消費者にはそうした成分をたくさん含んでいるというのを理解してもらいやすいので、10年ほどの間に縦断面が黄色くなるようなハクサイが育成されてきたものです。
面白いことに、キャベツはハクサイと同じように、葉っぱがまいている植物ですが内部の葉は光が当たると緑色になります。つまり、キャベツとハクサイは形態的に似ているけれど、品種改良の過程で、キャベツではハクサイのような変異ができなかったか、できても選抜育成する価値がなかったか、育成できなかったと思われます。

要するに、現在のハクサイやキャベツの形態、性質は遺伝的なもので人が選別してきたものです。
細胞が緑色になるのは葉緑体(クロロプラスト)が発達するためです。葉緑体自体は分裂で増えますが、分裂組織でできた若い細胞内では先ずプロプラスチッドという小袋が形成されます。プロプラスチッドは細胞成長、成熟の条件によって明所ではクロロプラストへ、暗所ではエチオプラストへ発達します。この他、エチオプラストは明所でクロロプラストへ、クロロプラストはクロモプラスト(トマトの赤い色素体)へ発達することができます。これらの違った種類の小袋をプラスチッド(色素体とも)と総称しています。プラスチッドには相互変換する特徴があります。(プラスチッドについては登録番号1110をご参照下さい)
さて、ハクサイ、チンゲンサイや花芯ハクサイのように特定の細胞、組織部分だけで葉緑体が発達したり、しなかったりするメカニズムがご質問の核心です。似たような現象に斑入り(ふいり)があります。観葉植物などでよく見られる現象です。そこで斑入りの分子遺伝を研究されている岡山大学の坂本 亘先生に伺いました。

【坂本先生のコメント】
半結球で中心部が白い、というのは、同じアブラナ科のハボタンもそうなるので、メカニズムが同じかどうかは別として植物ではよくある現象です。光が当たらないから葉緑体が発達しない、という考えは正しくないです。
どこで、どのように葉緑体が発達するか、というのは、葉緑体の分裂、チラコイド膜の発達、遺伝子の発現、などが環境要因と複雑に関係して決まるので、正直、よくわかっていません。葉緑体分化には、サイトカイニンのような植物ホルモンが緑化にはたらきますが、葉緑体からも何らかのシグナル(レトログレード)が出て制御していると考えられています(細胞で働く遺伝子の主体は細胞核内の遺伝子ですが、葉緑体にも遺伝子があり、核とプラスチッドの間に信号の交換があります。レトログレードとは葉緑体から核遺伝子への信号のことです)。その本体については、活性酸素などとも言われていますが、よくわかっていません。ただ最近は、想定されるシグナルが、(1)プロプラスチドが葉緑体になるときの一過的なものと、(2)葉緑体が維持されるための恒常的なものと、別にあると考えられ始めています。白菜の白い部分は、(1)の一過的なシグナルにより抑制されているのかもしれません。
上に述べたシグナルの相互作用で葉緑体に分化しないプラスチドが残っているのだと考えられます。白い部分はプラスチドを持っているわけですが、生理的にこれをなんと呼ぶかについては、難しいところです。

残念ながら、現段階ではご質問にあるメカニズムは明確に解明されていない、ということのようです。


渡辺 正夫/坂本 亘(東北大学大学院生命科学研究科植物分子育種分野/岡山大学資源植物科学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2019-01-14