一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物細胞に寿命はあるのでしょうか

質問者:   会社員   へちま
登録番号4436   登録日:2019-05-31
植物本体や、葉っぱなどの寿命ではなく、植物細胞単体に寿命は存在するのでしょうか?

例えば休眠中の種子など、細胞分裂を止めるような成分が付与された状態で、無菌状態のとき、植物細胞はどのくらい生きられるのでしょうか?

動物細胞はテロメアが短くなっていくことで細胞としての維持ができなくなるため、これを寿命として理解できます。しかし、細胞分裂したとしてもテロメアが短くならない、そして、遺伝的な細胞の死がないような植物細胞の場合、外的要因(水分を完全に失うなど)以外に死はあるのでしょうか?
へちま さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
お答えするのが難しいご質問です。「植物細胞」と言っても特性(出来方、形態、働きなど)が違う細胞がありますので、すべての植物細胞に共通する「寿命(生き続けられる期間)」があるとはいえません。そこで視点を変えて植物細胞の死という観点から考えてみます。自然の状態で生育する植物個体内では「死ぬことによって個体の生存を図る細胞」があります。管状要素と言う細胞です。管状要素とは道管細胞、仮導管細胞をまとめた表現で道管、仮導管を構成する細胞です。道管、仮導管は主に根で吸収した水(栄養素の溶けた)を通す通導器官で死んだ細胞が連なったものです。
道管を例にとると、道管細胞は生きている細胞で、縦に並んで作られます。ある段階に達すると一次細胞壁の内側に二次細胞壁を形成し、細胞壁がある模様をもって肥厚してきます。そうすると細胞内の液胞が破れて細胞は死ぬと同時に上下端の細胞壁も消滅して、上下に並んでいた道管細胞がつながり長い管、つまり道管となります。仮導管細胞は側壁で接した部分に特有の孔があき、となりの仮導管とつながります。このように、道管、仮導管の形成には、要素細胞が死ぬことが重要です。したがって管状要素細胞の寿命は比較的短いものですが、その遺骸は通導器官としてばかりでなく個体の機械的強度を保つ上でも重要です。
細胞が死ぬことが重要な第2の局面は病原微生物に感染したときです。これは外因によるものです。また、「葉などの寿命ではなく」と条件付きですが、葉の寿命は、葉を作っている細胞の寿命の表れです。落葉樹では主に自然環境の変化という外因を感知しておこる細胞の死ですが、一年生植物では種子を形成、充実するため栄養素を種子に集中する結果の葉細胞の貧栄養や植物ホルモン合成の変化という内因も見逃せません。常緑樹では、主に内因性の生理的現象で、寿命と言えば2,3年の寿命とも言えます。
さて、次のご質問「例えば休眠中の種子など、細胞分裂を止めるような成分が付与された状態で、無菌状態のとき、植物細胞はどのくらい生きられるのでしょうか?」については全く別の視点、保蔵(保管)の視点から見なくてはなりません。先ず、種子について見ると種子の内部は無菌で、水分が15~20%位、休眠している胚もあればそうでない胚もあるはずです。保蔵環境が、冷涼、乾燥状態の場合、発芽能力が保たれる期間は多くの栽培植物種子では1年から数年と言われています。種子の寿命は、種子のタンパク質、核酸、脂質の経年変質によって短くなることが分かっており、これらは生化学反応ですから、その速度を遅らせることで寿命を延ばす(発芽率を長期間保つ)ことが出来ます。近年の研究から、種子の水分が5~7%、かつ低温で顕著に発芽能力を長期間保つことができるようになりました、。農水省の農業生物資源ジーンバンクでは約15万種(種、品種、変種などの合計)の種子を-1℃と-18℃の2種の温度、乾燥条件で保管しています。5年毎に-1℃保管の種子で発芽試験をして発芽率80%以下になったものは、-18℃保管種子を用いて増殖栽培をして種子を更新、保管にまわしています。このことは植物種子の多くは10年以上生存するものもあることを意味しています。また、茎頂、腋芽などの器官小片を特殊な保存液でゆっくりと低温馴化してから極超低温(液体窒素-196℃)で保管する方法もとられていますが、生存する期間は「長期間」あるいは「永久保存」などとあるだけで詳細は明らかでありません。いずれにしろ、植物細胞は特殊な条件におけば「非常に長い期間」生き続けることが出来ると言うことのようです。そういえば、遺跡などから発掘された種子で発芽したとの事例がいくつかありますが、それによれば条件と種子構造次第では100年以上数百年、千年近くも生存することもあると推察されます。



今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2019-06-05
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