一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物細胞内の硫化水素について

質問者:   その他   青柳 史郎
登録番号0446   登録日:2005-12-14
先日、とある大学の先生の講義で 「植物細胞内には遊離の硫化水素は沢山あり それを外へ出しているぐらいだ」と習いました。
細胞内には、硫化水素を反応産物として放出する酵素があり、その事に関連しての話の中です。
以前から、硫化水素は、植物にとって害となり、呼吸を阻害し、例えば根の成長を妨げる、と何かで見たので、少し意外でした。
「気体となって葉から出てしまえば問題ない」と先生は言われたのですが、本当に植物の細胞内(葉や根も含めて)、遊離の硫化水素は、多量に存在するのでしょうか?
青柳 史郎 さん:

硫化水素はたしかに植物にとって(動物にとっても)有毒な気体です。土壌に過剰の有機物があって無酸素還元状態になると硫化水素が発生し農業上の問題となります。
また、火山性の温泉は硫黄泉が多く、その温泉臭は硫化水素ですね。各地の火山性温泉地の周辺で小規模ですが植物が枯死しているところがあるくらいです。ハワイ島のキラウエア火山の爆発で大量に発生した硫化水素のために森林植物が枯死し、しかもその強力な漂白作用のために白い立木の林となってしまうことがおきました。植物がこのような毒性をもつ硫化水素を生成するのか?との疑問は当然起こることですが、実際に生成しています。植物はいろいろな硫黄を含む化合物(ビタミンB1、ビオチン、ネギ類、カラシ類の匂い成分など)を合成しており、中でも硫黄を含むアミノ酸(システイン、メチオニン)はタンパク質を作る成分、細胞内の酸化還元状態を調節するグルタチオンの成分として重要です。これら含硫アミノ酸が代謝されたり分解されたりする過程で硫黄を硫化水素として放出することがあります。 一番はっきりしているのは、果物が熟することに関係あるホルモン(エチレン)が生成されるときに硫化水素が生成されます。以下の説明では聞き慣れない化合物名がでますが、詳しいことは植物生理学の参考書には載っていますので調べて下さい。
エチレンはアミノシクロプロパンカルボン酸(ACC)という三角形の炭素骨格をもつアミノ酸がACC酸化酵素の働きで酸化分解して出来ますが、このとき二酸化炭素と青酸(シアン)が同時に生産されます。
ACC + 酸素 → エチレン + 二酸化炭素 + 青酸
ご存じのように青酸は猛毒ですが、実際にはシアノアラニン合成酵素の働きで含硫アミノ酸の一つシステインと直ちに反応してβ-シアノアラニンという無毒の化合物に変換され、同時に硫黄は硫化水素となって遊離されます。
青酸 + システイン → β-シアノアラニン + 硫化水素
また、システインがシスタチオニンβ-リアーゼの働きで直接分解されピルビン酸になるときにも硫化水素が生成されます。しかし、この反応がどの程度動いているのかははっきりしません。有機硫黄は、吸収された硫酸が多大のエネルギーを消費して還元されたのちアミノ酸やその他の含硫化合物に取り込まれたものです。ですから、貴重な硫黄を簡単に捨てない仕組みがあるように思われます。硫化水素もそのままにしておけば揮発性物質ですから細胞外に放出されるはずですが植物細胞では急速に代謝されています。主な経路は、O-アセチルセリンと反応してシステインと酢酸になります(システイン合成酵素による)つまり、硫黄は再びシステインに回収されることになります。
このように遊離の硫化水素が植物細胞で生成はされますが蓄積されたり多量に放出されたりすることは無いと思われます。但し、特殊な植物では強烈な臭気を放出するものがあり、その臭気の一成分として硫化水素が含まれているかも知れませんが、それを示す証拠を見つけることは出来ませんでした。
JSPPサイエンスアドバイザー
 今関 英雅
回答日:2005-12-18
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