質問者:
大学生
ゆーすけ
登録番号4480
登録日:2019-07-16
今年5月ごろの事なのですが、家の近くの枝垂れ桜を見てみると何やら葉に赤いイモムシがついているように見えました。なんじゃこりゃ!と近づいて見てみるとそれはイモムシなどではなく、どうやら葉が変質したもののようでした。病気なのかなと思い、観察していると赤くなっている葉の縁が裏側に丸まっていることに気づきました。不審に思い、恐る恐る中を開けてみると・・・何もいませんでした。もっとよく見てみると何やら黒い粒(直径0.7mmほど)がありました。その後も何個か赤い葉を開けていくと中にアブラムシが確認できました。調べてみると、どうやらサクラの葉の縁に虫こぶをつくるアブラムシだということが分かりました。しかし、一体なぜどうしてそんな赤く表面がザラザラぼこぼこしてしまったのかは分かりませんでした。みんなのひろば
枝垂れ桜の虫こぶについて
植物に関する質問としてしまっていいのかどうか分かりませんが、なぜどうしてこのような虫こぶができるのか教えてもらいたいです。
ゆーすけ様
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
回答は脱分化やカルス形成の研究をされており、植物の虫こぶについてもとてもお詳しい岩瀬 哲先生にお願いいたしました。たいへん詳細な解説をして下さいました。
【岩瀬先生のご回答】
ゆーすけさん、面白いものを見つけましたね!興味を持ったものをよく観察し、自分でいろいろと調べられていてとても素晴らしいと思いました。まず、「虫こぶ」ですが、様々な生物、例えばバクテリア、菌類、線虫類、昆虫類、ダニ類などが植物に影響を与えて、こぶ状の組織になったものを示します。サクラの葉が膨らんで赤くなる虫こぶについて、まず手元の資料を調べてみました。枝垂れるサクラはエドヒガンの変種が多いということで、見つけられた虫こぶはエドヒガンハベリフクロフシではないかと思います。同様の虫こぶに、サクラハチヂミフシやサクラハトサカフシ等があるようですが、これらは基本的にサトザクラの仲間に出来るとのことです。エドヒガンハベリフクロフシを作らせるのは、サクラハベリフシアブラムシ(別名ヒガンザクラコブアブラムシ、学名Tuberocephalus higansakurae)というアブラムシだそうです。前述のチヂミフシをつくらせるのはサクラコブアブラムシ(Tuberocephalus sakurae)で、トサカフシを作らせるのはサクラフシアブラムシ(Tuberocephalus sasakii)という、同属ですが別種のアブラムシなのだそうです。舌を噛みそうですね。ちなみに、これらのアブラムシはいつもサクラにいるわけでなく、 初夏にはヨモギ(2次寄生)に移り、秋にサクラに戻ることが知られています。虫のいなかった虫こぶは、ちょうどサクラを出たところだったのではないでしょうか。
さて、本題に移りましょう。「なぜ、どうして、そんな赤く表面がザラザラぼこぼこした虫こぶができるのか」という点です。WhyとHowの2つの問いがありますね。どのようにしてボコボコになるかと言えば、それはサクラの葉の虫こぶの部分の細胞が大きくなったり、数が増えたりしているからです。これは虫こぶの共通点といって良いかと思いますが、虫こぶ組織を切って細胞を観察すると、細胞分裂をしている部分と、一つの細胞が伸びて巨大化している細胞などがみられます。分裂と伸長が秩序をもって起こると決まった形の虫こぶ(例えばヨモギハエボシフシなど)になりますが、サクラの葉の虫こぶはそれぞれ形や大きさが定まっていないように見えますので、分裂する部分と伸長する部分がランダムに起こっているのかも知れません。では、どうやって細胞の分裂や伸長を起こしているのか。植物ホルモンはご存知でしょうか?実は、虫こぶを作らせる生物の中には、植物ホルモンを体内に溜めたり、植物に作らせたりする能力があるものがいます。茨城大学の鈴木義人先生らの最近の研究では、ニレという樹木に虫こぶをつくらせるアブラムシ(Tetraneura nigriabdominalis)が、植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニンを体内に高濃度に蓄積しているだけでなく、虫こぶの中でホルモンを効果的に働かせる機構を持っている可能性が示されています。オーキシンやサイトカイニンは、植物の発生や成長に不可欠なだけでなく、植物の組織培養で良く用いられるように、発生運命の転換や再構築、例えばもこもことした細胞の塊であるカルスや、カルスから新たに組織を作る際にも重要な働きをします。実際に調べてみないと分かりませんが、サクラハベリフシアブラムシも植物ホルモンの機構を利用して葉をボコボコにしているのかもしれません。その他、細胞伸長や分裂にも関与するブラシノステロイドという別の植物ホルモンが、このサクラの虫こぶ形成にも関わっているかもしれません。実は、クリの虫こぶが種々のブラシノステロイドの発見に貢献しています。是非「カスタステロン、虫こぶ」で検索をかけて調べてみてください。また、アブラムシのように刺して吸うタイプの昆虫によって引き起こされる虫こぶでは、虫の唾腺に含まれるアミノ酸が虫こぶの形成を促進するのに一役買っていると言われています。その他「エフェクタータンパク質」の働き等、ホルモン以外の分子が関与する機構も今後更に明らかにされていくと思いますので注目していてください。
ところで、細胞を分裂させたり、巨大化させたりすることは、虫こぶを作らせる生き物にとって何かいいことはあるのでしょうか?赤い葉を自ら開けて中のアブラムシを確認したゆーすけさんならお気づきのことかもしれません。赤い部分は結構硬くなかったですか?これはWhyの問い答えになると思いますが、虫こぶは、それを作らせる側にとっては身を守る家であり、食べ物なのです。虫こぶを作らせるタマバチやタマバエの幼虫では、虫こぶの中で分裂する細胞を食べるものが多くいるようです。アブラムシの場合は細胞から直接植物の汁を吸っていますが、この時、もしかしたら巨大化した細胞も役に立っているのかもしれません。根にコブをつくらせるネコブセンチュウの場合では、細胞の中の核の数を増加させて細胞の巨大化を起こし、核が増えたことによってより多く作られるようになった種々のタンパク質を食べるのだそうです。また、虫こぶによっては、植物が作るリグニンという硬い物質をうまく使って中の幼虫の防護壁を作っているものもあります。いずれにせよ、様々な生物が植物の発生・生理の分子機構をハイジャックしてお菓子の家を作らせるのは驚愕です。どのような進化の過程を経てそんな能力を獲得したのか、不思議ですね。
最後に赤くなることについて考えてみましょう。虫こぶが赤くなるのは、植物の細胞が色素を溜めるからです。虫こぶでは、形の大きな変化と共に代謝の大きな変化も起きていることの証ですね。サクラの赤い色なので、アントシアニンと総称される一群の色素が高濃度に溜まっているのだと思います。虫こぶと色素の蓄積に関しては、原因や意義に関して様々なことが言われていますが、実際は良く分かっていない(実験的にうまく示されていない)というのが現状だと思います。アントシアニン合成を促進する環境要因としては、強い光や低温、また高い浸透圧条件などがあげられます。同じ虫こぶが葉の表と裏にできるケースで、両者のアントシアニン蓄積を比較すると、強い光の当たる葉の表にできる虫こぶの方が高濃度に溜めるので、単に虫こぶの置かれた場所が原因ではないか、とする研究報告も最近の論文ではみられます。その他、アントシアニンの蓄積には、糖の蓄積や、植物ホルモンの作用(ジャスモン酸や上述したサイトカイニンなど)の関与も知られていますし、アントシアニンの生合成経路の遺伝子をまとめて発現ONにするスイッチタンパク質(転写因子)も知られています。このサクラの虫こぶでどうなっているか、やはり実際に調べないと分かりません。何かのストレス状態が起きた結果として蓄積が起こっているかもしれませんし、アブラムシが転写因子機能を操作して能動的に蓄積させている可能性も十分あると思います。ちなみにアントシアニンはフラボノイドと総称される化合物に糖がくっついた構造をしているのですが、アントシアニンやその他のフラボノイドにも紫外線を吸収する作用や、細胞活動で生じる活性酸素種を無害化する働きがあります。また、アントシアニン合成経路から派生する代謝産物の中には、タンパク質を架橋していわゆる渋みを誘発する成分もあります。アントシアニンや植食性の動物が嫌う様々な成分が虫こぶの表層の細胞層で蓄積されることが多いという報告もありますので、やはり中の組織や虫を、光や捕食者から守る働きがあるのかもしれません。
私も大好きな対象ということもあり、回答が少し長くなってしまいました。身近な自然にも生物の多様性が広がっていて、多くのことが謎に包まれている、ということも併せて分かって頂けたら嬉しいです。虫こぶ形成の分子メカニズム研究では、京都府立大の先生方が、植物側、虫側の両方から研究を進められています。また、産業技術総合研究所の沓掛磨也子先生、深津 武馬先生、佐賀大の徳田誠先生らが虫こぶを作る生物の適応的意義や寄主操作のメカニズムについて研究されていますので、オープンキャンパス等を利用して是非実際の研究に触れてみてください。大学生とのことですので、興味が続くようでしたら、近い将来(!?)是非とも虫こぶの研究に携わってみてください。
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
回答は脱分化やカルス形成の研究をされており、植物の虫こぶについてもとてもお詳しい岩瀬 哲先生にお願いいたしました。たいへん詳細な解説をして下さいました。
【岩瀬先生のご回答】
ゆーすけさん、面白いものを見つけましたね!興味を持ったものをよく観察し、自分でいろいろと調べられていてとても素晴らしいと思いました。まず、「虫こぶ」ですが、様々な生物、例えばバクテリア、菌類、線虫類、昆虫類、ダニ類などが植物に影響を与えて、こぶ状の組織になったものを示します。サクラの葉が膨らんで赤くなる虫こぶについて、まず手元の資料を調べてみました。枝垂れるサクラはエドヒガンの変種が多いということで、見つけられた虫こぶはエドヒガンハベリフクロフシではないかと思います。同様の虫こぶに、サクラハチヂミフシやサクラハトサカフシ等があるようですが、これらは基本的にサトザクラの仲間に出来るとのことです。エドヒガンハベリフクロフシを作らせるのは、サクラハベリフシアブラムシ(別名ヒガンザクラコブアブラムシ、学名Tuberocephalus higansakurae)というアブラムシだそうです。前述のチヂミフシをつくらせるのはサクラコブアブラムシ(Tuberocephalus sakurae)で、トサカフシを作らせるのはサクラフシアブラムシ(Tuberocephalus sasakii)という、同属ですが別種のアブラムシなのだそうです。舌を噛みそうですね。ちなみに、これらのアブラムシはいつもサクラにいるわけでなく、 初夏にはヨモギ(2次寄生)に移り、秋にサクラに戻ることが知られています。虫のいなかった虫こぶは、ちょうどサクラを出たところだったのではないでしょうか。
さて、本題に移りましょう。「なぜ、どうして、そんな赤く表面がザラザラぼこぼこした虫こぶができるのか」という点です。WhyとHowの2つの問いがありますね。どのようにしてボコボコになるかと言えば、それはサクラの葉の虫こぶの部分の細胞が大きくなったり、数が増えたりしているからです。これは虫こぶの共通点といって良いかと思いますが、虫こぶ組織を切って細胞を観察すると、細胞分裂をしている部分と、一つの細胞が伸びて巨大化している細胞などがみられます。分裂と伸長が秩序をもって起こると決まった形の虫こぶ(例えばヨモギハエボシフシなど)になりますが、サクラの葉の虫こぶはそれぞれ形や大きさが定まっていないように見えますので、分裂する部分と伸長する部分がランダムに起こっているのかも知れません。では、どうやって細胞の分裂や伸長を起こしているのか。植物ホルモンはご存知でしょうか?実は、虫こぶを作らせる生物の中には、植物ホルモンを体内に溜めたり、植物に作らせたりする能力があるものがいます。茨城大学の鈴木義人先生らの最近の研究では、ニレという樹木に虫こぶをつくらせるアブラムシ(Tetraneura nigriabdominalis)が、植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニンを体内に高濃度に蓄積しているだけでなく、虫こぶの中でホルモンを効果的に働かせる機構を持っている可能性が示されています。オーキシンやサイトカイニンは、植物の発生や成長に不可欠なだけでなく、植物の組織培養で良く用いられるように、発生運命の転換や再構築、例えばもこもことした細胞の塊であるカルスや、カルスから新たに組織を作る際にも重要な働きをします。実際に調べてみないと分かりませんが、サクラハベリフシアブラムシも植物ホルモンの機構を利用して葉をボコボコにしているのかもしれません。その他、細胞伸長や分裂にも関与するブラシノステロイドという別の植物ホルモンが、このサクラの虫こぶ形成にも関わっているかもしれません。実は、クリの虫こぶが種々のブラシノステロイドの発見に貢献しています。是非「カスタステロン、虫こぶ」で検索をかけて調べてみてください。また、アブラムシのように刺して吸うタイプの昆虫によって引き起こされる虫こぶでは、虫の唾腺に含まれるアミノ酸が虫こぶの形成を促進するのに一役買っていると言われています。その他「エフェクタータンパク質」の働き等、ホルモン以外の分子が関与する機構も今後更に明らかにされていくと思いますので注目していてください。
ところで、細胞を分裂させたり、巨大化させたりすることは、虫こぶを作らせる生き物にとって何かいいことはあるのでしょうか?赤い葉を自ら開けて中のアブラムシを確認したゆーすけさんならお気づきのことかもしれません。赤い部分は結構硬くなかったですか?これはWhyの問い答えになると思いますが、虫こぶは、それを作らせる側にとっては身を守る家であり、食べ物なのです。虫こぶを作らせるタマバチやタマバエの幼虫では、虫こぶの中で分裂する細胞を食べるものが多くいるようです。アブラムシの場合は細胞から直接植物の汁を吸っていますが、この時、もしかしたら巨大化した細胞も役に立っているのかもしれません。根にコブをつくらせるネコブセンチュウの場合では、細胞の中の核の数を増加させて細胞の巨大化を起こし、核が増えたことによってより多く作られるようになった種々のタンパク質を食べるのだそうです。また、虫こぶによっては、植物が作るリグニンという硬い物質をうまく使って中の幼虫の防護壁を作っているものもあります。いずれにせよ、様々な生物が植物の発生・生理の分子機構をハイジャックしてお菓子の家を作らせるのは驚愕です。どのような進化の過程を経てそんな能力を獲得したのか、不思議ですね。
最後に赤くなることについて考えてみましょう。虫こぶが赤くなるのは、植物の細胞が色素を溜めるからです。虫こぶでは、形の大きな変化と共に代謝の大きな変化も起きていることの証ですね。サクラの赤い色なので、アントシアニンと総称される一群の色素が高濃度に溜まっているのだと思います。虫こぶと色素の蓄積に関しては、原因や意義に関して様々なことが言われていますが、実際は良く分かっていない(実験的にうまく示されていない)というのが現状だと思います。アントシアニン合成を促進する環境要因としては、強い光や低温、また高い浸透圧条件などがあげられます。同じ虫こぶが葉の表と裏にできるケースで、両者のアントシアニン蓄積を比較すると、強い光の当たる葉の表にできる虫こぶの方が高濃度に溜めるので、単に虫こぶの置かれた場所が原因ではないか、とする研究報告も最近の論文ではみられます。その他、アントシアニンの蓄積には、糖の蓄積や、植物ホルモンの作用(ジャスモン酸や上述したサイトカイニンなど)の関与も知られていますし、アントシアニンの生合成経路の遺伝子をまとめて発現ONにするスイッチタンパク質(転写因子)も知られています。このサクラの虫こぶでどうなっているか、やはり実際に調べないと分かりません。何かのストレス状態が起きた結果として蓄積が起こっているかもしれませんし、アブラムシが転写因子機能を操作して能動的に蓄積させている可能性も十分あると思います。ちなみにアントシアニンはフラボノイドと総称される化合物に糖がくっついた構造をしているのですが、アントシアニンやその他のフラボノイドにも紫外線を吸収する作用や、細胞活動で生じる活性酸素種を無害化する働きがあります。また、アントシアニン合成経路から派生する代謝産物の中には、タンパク質を架橋していわゆる渋みを誘発する成分もあります。アントシアニンや植食性の動物が嫌う様々な成分が虫こぶの表層の細胞層で蓄積されることが多いという報告もありますので、やはり中の組織や虫を、光や捕食者から守る働きがあるのかもしれません。
私も大好きな対象ということもあり、回答が少し長くなってしまいました。身近な自然にも生物の多様性が広がっていて、多くのことが謎に包まれている、ということも併せて分かって頂けたら嬉しいです。虫こぶ形成の分子メカニズム研究では、京都府立大の先生方が、植物側、虫側の両方から研究を進められています。また、産業技術総合研究所の沓掛磨也子先生、深津 武馬先生、佐賀大の徳田誠先生らが虫こぶを作る生物の適応的意義や寄主操作のメカニズムについて研究されていますので、オープンキャンパス等を利用して是非実際の研究に触れてみてください。大学生とのことですので、興味が続くようでしたら、近い将来(!?)是非とも虫こぶの研究に携わってみてください。
岩瀬 哲(理化学研究所 環境資源科学研究センター)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2019-08-26
庄野 邦彦
回答日:2019-08-26