一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ウメの花に雌しべがない理由

質問者:   会社員   杏里
登録番号4515   登録日:2019-08-18
以前あるテレビの科学番組で放送されていた、「植物に学ぶ生存戦略」の中で「ウメは雌しべのないニセモノの花をつくって華やかに見せることで、子孫を残すお客さんを引き寄せる戦略を取っている」と言っていました。また、雌しべのない花を咲かせることでエネルギーを抑え、低コスト化を実現していると説明がありました。自分の考えでは、雌しべがない花はたまたま出来ただけでこのような意味があるとは思いません。ウメは意図的に雌しべをなくしているのでしょうか?
杏里さん

みんなの広場「植物Q&A」へようこそ。質問を歓迎します。
植物の分子/発生遺伝学分野の研究をされている、塚谷裕一博士(東京大学大学院理学系研究科教授)に回答をお願いしました。


【塚谷先生のご回答】
ご質問ありがとうございます。
ウメの花の雌しべが未発達に終わるケースは、私自身は寡聞にしてこれまで気づいていなかったのですが、調べてみるとウメのほかアンズなどバラ科の果樹で知られているようですね。またウメと同属のPrunus属の中には、雌しべが発達しない雄の花や、雄しべが不全な雌の花を分化させる種類もあります。
で、ご質問の件ですが、一般論として、生物が示すいろいろな特徴について、「〜のために〜している」という目的論的な説明は、仰るとおり基本的に間違いです。ご意見の通り、「たまたま出来ただけで」意図的ではない、と考えるのが、進化生物学的に正確な考え方になります。進化現象については、目的論的かつ擬人的に解釈すると受容されやすいため、しばしば一般解説ではよく使われますが、それは気をつけないと目的をもった主体(=創造主)を想定しないとならなくなり、進化生物学とは真っ向対立してしまう結果に陥ります。
その上で、ウメの雌しべのない花の存在に関し、雌しべのない花を作ることで訪花動物を引き寄せるという説明は、どうでしょう。雌しべをつくらないで済んだ分のコストを考えても、全ての花で雌しべをつくったときに比べてそれほど顕著に花の数が増えるようには思えません。また、もしコストを減らすことがその意義ならば、雌しべをなくした花は雄花化しているわけですから、逆に雌しべを残した花では雄しべをなくして、雌花化する、つまり雄の花と雌の花をはっきり分けた方がさらに良さそうです。実際、冒頭で述べたように、同じPrunus属の中にはそうしている種類があります。その意味ではウメのやり方は、もしコストを下げてその分多くの訪花動物を引き寄せるという説明で考えると、中途半端に見えます。
むしろ結実した後の効果の方が大きいように思います。実際、農家の方は桃やサクランボでよくやるように、結実後、若いうちに実を間引くことで果実を大きく立派に育てます。繁殖には不利ですが、商業的には大事です。ウメもアンズも身近に育てられているのはいずれも営利品種なので、少し結実数は少なめでも大ぶりの実がなる系統を古くから選んでいるうちに、雌しべのできない花が一定数出る品種になってしまった可能性も考えられます。
そうでなく、自然界で元々雌しべができない花が混じるようになっていたのだとしても、それは偶然そうなった結果、全ての花に雌しべができる時と比べて繁殖に不利にならなかった、あるいはより有利になったため、たまたまそういう性質が残った、というのが、仰るとおり正確だろうと思います。「〜するために」という説明はよくありませんね。



塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2019-08-26