質問者:
一般
パピコ
登録番号4591
登録日:2019-11-22
昔、柿を食べたとき、種を割ってみたところ、胚が通常と逆さまに入っていました。とても珍しかったので記憶に残っているのですが、このようなことはどうして起きるのでしょうか?
みんなのひろば
有胚種子の育ちかたについて
パピコ様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。
私は岐阜県出身なので子供の頃から食べていた富有柿が好きです。最近はほぼ毎日食べていますので、早速残った種子を片端から切って胚の方向を観察していますが、ご質問のような逆転位は見つかりませんね。おそらく極めて珍しいことなのでしょう。そこで、胚発生の研究をなさっている、名古屋/東京大学教授の東山哲也先生に回答をお願いいたしました。回答の中の専門用語に説明が必要かもしれないと思い、始めに受精と種子胚の形成についてごく簡単に触れておきます。ご存知ならば、スキップしてください。雌しべの下部にある子房の中に(包まれて)胚珠(ハイシュ:これが種子になる)があり、その中に胚のうが作られます。胚のうでは最終的に、胚珠の下部にある珠孔(シュコウ)という小さな孔の付近に、2個の助細胞という細胞と1個の卵細胞、中央に2個の中央細胞、そして珠孔の反対側に3個の反足(ハンソク)細胞が出来ます。これらはいずれも半核細胞(1組の染色体だけがある。生殖細胞と同じ)です。受精が起きる時は、雌しべの先端(柱頭)についた花粉から花粉管という細い管が伸びて花柱を下り、珠孔に達すると、先端が破れて中にある2個の精細胞が胚珠内に注入されます。1個の精細胞は卵細胞と融合(受精)し、これが胚を形成します。もう1個の精細胞は中央細胞の中の2個の核と合体し、3倍体の胚乳細胞となり、これが種子の栄養を蓄える役割をします。なお、重複受精の詳細は、同じ回答者の東山先生の、登録番号3605にある回答を読んでください。
もし、また同様な例を観察された時は写真を送ってください。
【東山先生のご回答】
私も柿は好きで、甘柿から、地元の庄内柿という種無しの渋柿まで、よく食べます。包丁が種子をかすって、きれいな胚が見えた時には、嬉しい気持ちになります。でも積極的に種子を割って中を観察したりはしていないので、頭が下がります。
ご質問の現象についてですが、とても興味深いと思います。まずカキの胚発生に関する古い論文を確認しましたところ、そのような例外を説明できるような記載は見つけられませんでした。従いまして明確にはお答えできませんが、「胚が通常と逆さまに入っていた」という観察が正しかったとして、2つの可能性を考えてみました。
そもそも胚珠(受精前の種子)のなかで、胚嚢や卵細胞が作られる向き(極性)は、厳密に決まっています。胚珠のなかで胚嚢が逆向きに作られることは、極めて稀です。
その上で、1つ目の解釈は、反足細胞が胚を作った可能性です。助細胞が胚を作るという例外は、比較的多く報告されているのですが、もっと稀な現象として報告されています。例えばニレなどの植物で、反足細胞から胚様の構造が作られることがあります。胚嚢の中に規則的なパターンで卵細胞、助細胞、中央細胞、反足細胞が作られる仕組みについては、長年興味が持たれています。助細胞が卵細胞になったりと、細胞の発生運命が転換する変異体もいくつか報告されるようになりました。植物ホルモンやペプチドなどが関わるとする説が提案され、さらにホットな研究分野になるのではと楽しみにしています。反足細胞から胚様の構造が作られる場合は、反足細胞の発生運命や、分化状態などの制御が異常になっている可能性が考えられます。ただし、反足細胞から胚様の構造が作られる場合は、卵細胞も胚を作ることができるようです。「逆さまの胚」しか無かったとすると、さらに卵側の異常も想定しないといけません。
2つ目の解釈は、アポミクシスという、無性的な生殖の現象です。その1つの様式として、珠心や珠皮といった胚珠の細胞から、胚様の構造が作られることがあり、この場合は胚の位置がずれる可能性があります。アポミクシスは、優れた母親と同じクローン種子を得られることから、農業上のインパクトも大きく、このところ研究が大きく進んでいます。しかし、カキは単為結果(受精なしに果実をつける)は多いようですが、アポミクシスによる種子形成は、限られているようです。しかも、上記の様式でのアポミクシスの報告はすぐには見つけられませんでした。また、そのようなアポミクシスが起きるとしても、胚の向きが逆になることがあるのか分かりません。
逆さまの胚をもう一度見ることができるか、反対側に胚の痕跡はないかなど、さらに観察を続けて頂ければと思います。
質問内容2:この度は丁寧なお返事をありがとうございます。にも関わらず、私の質問内容が稚拙で、質問の意味事態が上手くお伝えできなかったことにお詫び申し上げます。
回答に、反足細胞が関連している可能性を示唆していただきましたが、実は胚の逆さまというのは向きだけのことで、卵細胞や助細胞になる部分に胚が形成されておりました。混乱させてしまい申し訳ありません。ただ、胚軸の根の部分が中央に向かい、子葉となる部分が下を向いていたのです。それだけでもとても不思議だったのですが、逆さま方向に胚軸が育ってしまったにも関わらず、柿の種子の胚乳には、正常な胚の形を予定していたかのような、胚になる場所の空間が出来ていたのです。私にはそれが不思議で仕方ありませんでした。胚が何らかのストレスで上下が逆転してしまうことがあるのか、そして、重複受精した胚乳には、正常な胚の為の空間を形作るような機構が仕組まれているのか…?旧い高校の教科書などを引っ張り出して考えたのですが、やはりそのようなことまで書いてはおらず、疑問は解消されませんでした。
お忙しいなか恐縮ですが、どうか、私の素朴な疑問に答えていただけないでしょうか?本当に申し訳ありません。
そして研究者の先生方が、こんなに丁寧なご回答をしてくださったことに、とても感動しました。この、胸の熱さを忘れずに過ごしたいと思います。
どうか、お願いいたします。
【東山先生のご回答2】
そうでしたか。胚発生に関する私の理解から、誤解してしまいました。と言いますのも、胚柄の先に胚が上下逆転して形成されるような現象も変異体もないと思うからです。受精卵において胚の上下方向の発生軸が作られる仕組みを研究している第一人者である、植田美那子博士(名古屋大学)にも確認しましたところ、基本的にそうのような理解で問題ないだろうとのことでした。あいにく、観察された上下逆転の胚の写真がないので、胚が立体的にどのような配置や形態になっているのかわかりませんが、上記のような上下逆転は難しいと思われます。また、しっかりとした観察眼をお持ちのようなので、例えば胚がねじれて発生し、途中から下を向いてしまうとすると、気づかれるのではと思いました。結論としては、よく分からない不思議な現象です。ただ、胚乳については、正常な胚の形に合わせて決まった空間を形作るのではなく、胚の発生に応じて柔軟に胚を取り囲むと思います。多くの胚発生の変異体を知る植田博士も、同じ意見でした。
と、このような回答を考えていましたところ、思わぬオチがございました。ちょうど本日ご一緒しました、カキの専門家で、植物の性決定研究で世界をリードしている赤木剛士博士(岡山大学)にこの質問をしたところ、「あっ、よくありますよ」と驚きの回答を頂きました。品種によるそうですが、よく使用しているカキでは、1000個の種子から胚を取り出すと、5個程度はあるとのことでした。種子発生の初期に種子にねじれがあると、胚にねじれが残ってしまうようだ、とのことでした。つまり胚がねじれることで、胚が途中から下を向いている、ということだそうです。ねじれに気づきにくいか伺ったところ、分かりづらく、胚が上下逆さになっているように見えるだろう、とのことでした。
今回は、実際にその植物を研究対象としているかたの意見を伺うことの大切さを、再認識しました。また、ふだんから多くの植物に興味を持って親しむことの重要性も再認識しました。途中の専門的な議論がやや滑稽になってしまい恐縮ですが、「みんなのひろば」を通じて、とても楽しい議論をさせて頂きました。大変ありがとうございました。私もこれから、カキの種子をせっせと割ってみようと思います。ただ、富有柿ではほとんど見られないらしいです。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。
私は岐阜県出身なので子供の頃から食べていた富有柿が好きです。最近はほぼ毎日食べていますので、早速残った種子を片端から切って胚の方向を観察していますが、ご質問のような逆転位は見つかりませんね。おそらく極めて珍しいことなのでしょう。そこで、胚発生の研究をなさっている、名古屋/東京大学教授の東山哲也先生に回答をお願いいたしました。回答の中の専門用語に説明が必要かもしれないと思い、始めに受精と種子胚の形成についてごく簡単に触れておきます。ご存知ならば、スキップしてください。雌しべの下部にある子房の中に(包まれて)胚珠(ハイシュ:これが種子になる)があり、その中に胚のうが作られます。胚のうでは最終的に、胚珠の下部にある珠孔(シュコウ)という小さな孔の付近に、2個の助細胞という細胞と1個の卵細胞、中央に2個の中央細胞、そして珠孔の反対側に3個の反足(ハンソク)細胞が出来ます。これらはいずれも半核細胞(1組の染色体だけがある。生殖細胞と同じ)です。受精が起きる時は、雌しべの先端(柱頭)についた花粉から花粉管という細い管が伸びて花柱を下り、珠孔に達すると、先端が破れて中にある2個の精細胞が胚珠内に注入されます。1個の精細胞は卵細胞と融合(受精)し、これが胚を形成します。もう1個の精細胞は中央細胞の中の2個の核と合体し、3倍体の胚乳細胞となり、これが種子の栄養を蓄える役割をします。なお、重複受精の詳細は、同じ回答者の東山先生の、登録番号3605にある回答を読んでください。
もし、また同様な例を観察された時は写真を送ってください。
【東山先生のご回答】
私も柿は好きで、甘柿から、地元の庄内柿という種無しの渋柿まで、よく食べます。包丁が種子をかすって、きれいな胚が見えた時には、嬉しい気持ちになります。でも積極的に種子を割って中を観察したりはしていないので、頭が下がります。
ご質問の現象についてですが、とても興味深いと思います。まずカキの胚発生に関する古い論文を確認しましたところ、そのような例外を説明できるような記載は見つけられませんでした。従いまして明確にはお答えできませんが、「胚が通常と逆さまに入っていた」という観察が正しかったとして、2つの可能性を考えてみました。
そもそも胚珠(受精前の種子)のなかで、胚嚢や卵細胞が作られる向き(極性)は、厳密に決まっています。胚珠のなかで胚嚢が逆向きに作られることは、極めて稀です。
その上で、1つ目の解釈は、反足細胞が胚を作った可能性です。助細胞が胚を作るという例外は、比較的多く報告されているのですが、もっと稀な現象として報告されています。例えばニレなどの植物で、反足細胞から胚様の構造が作られることがあります。胚嚢の中に規則的なパターンで卵細胞、助細胞、中央細胞、反足細胞が作られる仕組みについては、長年興味が持たれています。助細胞が卵細胞になったりと、細胞の発生運命が転換する変異体もいくつか報告されるようになりました。植物ホルモンやペプチドなどが関わるとする説が提案され、さらにホットな研究分野になるのではと楽しみにしています。反足細胞から胚様の構造が作られる場合は、反足細胞の発生運命や、分化状態などの制御が異常になっている可能性が考えられます。ただし、反足細胞から胚様の構造が作られる場合は、卵細胞も胚を作ることができるようです。「逆さまの胚」しか無かったとすると、さらに卵側の異常も想定しないといけません。
2つ目の解釈は、アポミクシスという、無性的な生殖の現象です。その1つの様式として、珠心や珠皮といった胚珠の細胞から、胚様の構造が作られることがあり、この場合は胚の位置がずれる可能性があります。アポミクシスは、優れた母親と同じクローン種子を得られることから、農業上のインパクトも大きく、このところ研究が大きく進んでいます。しかし、カキは単為結果(受精なしに果実をつける)は多いようですが、アポミクシスによる種子形成は、限られているようです。しかも、上記の様式でのアポミクシスの報告はすぐには見つけられませんでした。また、そのようなアポミクシスが起きるとしても、胚の向きが逆になることがあるのか分かりません。
逆さまの胚をもう一度見ることができるか、反対側に胚の痕跡はないかなど、さらに観察を続けて頂ければと思います。
質問内容2:この度は丁寧なお返事をありがとうございます。にも関わらず、私の質問内容が稚拙で、質問の意味事態が上手くお伝えできなかったことにお詫び申し上げます。
回答に、反足細胞が関連している可能性を示唆していただきましたが、実は胚の逆さまというのは向きだけのことで、卵細胞や助細胞になる部分に胚が形成されておりました。混乱させてしまい申し訳ありません。ただ、胚軸の根の部分が中央に向かい、子葉となる部分が下を向いていたのです。それだけでもとても不思議だったのですが、逆さま方向に胚軸が育ってしまったにも関わらず、柿の種子の胚乳には、正常な胚の形を予定していたかのような、胚になる場所の空間が出来ていたのです。私にはそれが不思議で仕方ありませんでした。胚が何らかのストレスで上下が逆転してしまうことがあるのか、そして、重複受精した胚乳には、正常な胚の為の空間を形作るような機構が仕組まれているのか…?旧い高校の教科書などを引っ張り出して考えたのですが、やはりそのようなことまで書いてはおらず、疑問は解消されませんでした。
お忙しいなか恐縮ですが、どうか、私の素朴な疑問に答えていただけないでしょうか?本当に申し訳ありません。
そして研究者の先生方が、こんなに丁寧なご回答をしてくださったことに、とても感動しました。この、胸の熱さを忘れずに過ごしたいと思います。
どうか、お願いいたします。
【東山先生のご回答2】
そうでしたか。胚発生に関する私の理解から、誤解してしまいました。と言いますのも、胚柄の先に胚が上下逆転して形成されるような現象も変異体もないと思うからです。受精卵において胚の上下方向の発生軸が作られる仕組みを研究している第一人者である、植田美那子博士(名古屋大学)にも確認しましたところ、基本的にそうのような理解で問題ないだろうとのことでした。あいにく、観察された上下逆転の胚の写真がないので、胚が立体的にどのような配置や形態になっているのかわかりませんが、上記のような上下逆転は難しいと思われます。また、しっかりとした観察眼をお持ちのようなので、例えば胚がねじれて発生し、途中から下を向いてしまうとすると、気づかれるのではと思いました。結論としては、よく分からない不思議な現象です。ただ、胚乳については、正常な胚の形に合わせて決まった空間を形作るのではなく、胚の発生に応じて柔軟に胚を取り囲むと思います。多くの胚発生の変異体を知る植田博士も、同じ意見でした。
と、このような回答を考えていましたところ、思わぬオチがございました。ちょうど本日ご一緒しました、カキの専門家で、植物の性決定研究で世界をリードしている赤木剛士博士(岡山大学)にこの質問をしたところ、「あっ、よくありますよ」と驚きの回答を頂きました。品種によるそうですが、よく使用しているカキでは、1000個の種子から胚を取り出すと、5個程度はあるとのことでした。種子発生の初期に種子にねじれがあると、胚にねじれが残ってしまうようだ、とのことでした。つまり胚がねじれることで、胚が途中から下を向いている、ということだそうです。ねじれに気づきにくいか伺ったところ、分かりづらく、胚が上下逆さになっているように見えるだろう、とのことでした。
今回は、実際にその植物を研究対象としているかたの意見を伺うことの大切さを、再認識しました。また、ふだんから多くの植物に興味を持って親しむことの重要性も再認識しました。途中の専門的な議論がやや滑稽になってしまい恐縮ですが、「みんなのひろば」を通じて、とても楽しい議論をさせて頂きました。大変ありがとうございました。私もこれから、カキの種子をせっせと割ってみようと思います。ただ、富有柿ではほとんど見られないらしいです。
東山 哲也(名古屋大学/東京大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2019-11-30
勝見 允行
回答日:2019-11-30