質問者:
高校生
Yii
登録番号4613
登録日:2020-01-10
学校の部活動の一環で、冷凍したことによる野菜の鮮度の低下について調べるために、レタスを冷凍して解凍するとどのくらいの数の細胞が破壊されるのかを測定したいと思っています。植物の細胞生存率
そこで、細胞の破壊についてインターネットで調べたときに細胞生存率というものがあるのを知り、解凍したレタスの細胞生存率を測定することで破壊された細胞の数がわかるのではないかと思いましたが、インターネットや書籍で調べても具体的な測定方法はわかりませんでした。この細胞生存率というのはどのようにして測定できるのでしょうか。
Yiiさん
みんなのひろば[植物Q&A]へようこそ。
質問を歓迎します。
回答は、植物細胞分化の研究が専門の長田敏行博士(東京大学名誉教授、法政大学名誉教授)と意見交換をしながらまとめました。
【長田先生のご回答】
植物の組織を構成している細胞の生死を厳密に判定するのは後述のように大変困難ですが、高校生レベルでできる簡便な方法として、エバンスブルーによる染色法があります。実験例:エバンスブルーという色素の0.05%水溶液を作り、これに植物組織の切片を15分漬けます。染色液を捨てて、蒸留水で4回以上洗い、それを光学顕微鏡で観察すると、死んだ細胞は色素を受動的に結合して青く染まるのに対し、生きた細胞は染まりません。エバンスブルーはタンパク質と結合すると、蒸留水で洗浄しても水に溶けない一部のタンパク質が青い色として残りますが、生きている細胞の細胞膜は色素を透過させないので、細胞の中のタンパク質が染色されないからです。要約すると、この方法は、細胞膜が色素の透過を防いでいる状態にあるか否かを示す基準となります。
付け加えると、仮に、死んだばかりの細胞でも、細胞膜の色素透過を防ぐ性質がまだ残っていれば、細胞は「生きている」と判定されることになります。
さて、「細胞生存率」という用語の説明に移ります。非常に専門的な話になりますが、細胞をバラバラにした植物プロトプラストの研究では、細胞膜が損傷をうけているか否かを、生存を指標とした「細胞生存率」という用語で表すことがあります(注:植物組織をセルラーゼ、ペクチナーゼなどの細胞壁消化酵素で処理して得られるばらばらの細胞をプロトプラストといいますが、これは、細胞壁はないが、細胞膜はちゃんとしたものもあり、タバコのように1個のプロトプラストを培養して完全な個体を再生できるものもあります)。「細胞生存率」という用語は論文にも登場しますが、専門的論文でも用語の使用頻度は決して高くはありません。その理由は、上述の個体再生の方法は手数がかかり、さらに、厳密にいうと、個体が再生できない原因が、プロトプラストが死んでいるためか、それとも培養法が不適当なため個体の再生ができなかったのかを区別するのが困難なためです。
組織切片を用いる場合は、それぞれの方法の限界を知ったうえで、上記の方法を利用して細胞の状態を調べることができるでしょう。「細胞生存率」という用語は学術論文には登場することがありますが、この分野の研究が専門の長田博士の見解では、用語の厳密な学術的定義は困難で、単なる気休め程度のものであり、「生存率」の判定と用語の使用は、尋ねられても薦めてはおりませんとのことです。そこで、質問に戻りますと、組織の場合には、上記の問題のほかにこれらの色素が組織内のそれぞれの細胞表面へ到達できるか否かも考慮する必要がありますので、専門的には、植物組織について、細胞生存率の非常に厳密な測定法はないとの見解です。
しかし、こうした方法の限界を承知した上で、組織の凍結が、細胞膜の透過性に影響を与えているか否かを、組織切片について調べてみる価値は大いにあるでしょう。繰り返しになりますが、実験は、細胞の生存率ではなく、細胞の破壊の程度を細胞膜が色素の透過性を防ぐ役割を保持しているかどうかによって判定しようとしていることになります。
(附記:組織を凍結するときは、温度の低下速度も重要です。ゆっくり凍結すると氷の結晶が大きくなり、細胞膜を突き破る可能性が高くなります。逆に、急速凍結では氷の結晶が小さいので、細胞膜が損傷を受ける程度が軽減されます。高校の実験室レベルでは、予め短時間冷やした組織をできるだけ低温の冷凍室(マイナス20℃、もし手許にあればマイナス70℃のものが更によい)に入れて、凍結に至る時間を短縮するとさらに良いでしょう。寿司に使うマグロは、急速冷凍したものが遠洋から運ばれてきます)
みんなのひろば[植物Q&A]へようこそ。
質問を歓迎します。
回答は、植物細胞分化の研究が専門の長田敏行博士(東京大学名誉教授、法政大学名誉教授)と意見交換をしながらまとめました。
【長田先生のご回答】
植物の組織を構成している細胞の生死を厳密に判定するのは後述のように大変困難ですが、高校生レベルでできる簡便な方法として、エバンスブルーによる染色法があります。実験例:エバンスブルーという色素の0.05%水溶液を作り、これに植物組織の切片を15分漬けます。染色液を捨てて、蒸留水で4回以上洗い、それを光学顕微鏡で観察すると、死んだ細胞は色素を受動的に結合して青く染まるのに対し、生きた細胞は染まりません。エバンスブルーはタンパク質と結合すると、蒸留水で洗浄しても水に溶けない一部のタンパク質が青い色として残りますが、生きている細胞の細胞膜は色素を透過させないので、細胞の中のタンパク質が染色されないからです。要約すると、この方法は、細胞膜が色素の透過を防いでいる状態にあるか否かを示す基準となります。
付け加えると、仮に、死んだばかりの細胞でも、細胞膜の色素透過を防ぐ性質がまだ残っていれば、細胞は「生きている」と判定されることになります。
さて、「細胞生存率」という用語の説明に移ります。非常に専門的な話になりますが、細胞をバラバラにした植物プロトプラストの研究では、細胞膜が損傷をうけているか否かを、生存を指標とした「細胞生存率」という用語で表すことがあります(注:植物組織をセルラーゼ、ペクチナーゼなどの細胞壁消化酵素で処理して得られるばらばらの細胞をプロトプラストといいますが、これは、細胞壁はないが、細胞膜はちゃんとしたものもあり、タバコのように1個のプロトプラストを培養して完全な個体を再生できるものもあります)。「細胞生存率」という用語は論文にも登場しますが、専門的論文でも用語の使用頻度は決して高くはありません。その理由は、上述の個体再生の方法は手数がかかり、さらに、厳密にいうと、個体が再生できない原因が、プロトプラストが死んでいるためか、それとも培養法が不適当なため個体の再生ができなかったのかを区別するのが困難なためです。
組織切片を用いる場合は、それぞれの方法の限界を知ったうえで、上記の方法を利用して細胞の状態を調べることができるでしょう。「細胞生存率」という用語は学術論文には登場することがありますが、この分野の研究が専門の長田博士の見解では、用語の厳密な学術的定義は困難で、単なる気休め程度のものであり、「生存率」の判定と用語の使用は、尋ねられても薦めてはおりませんとのことです。そこで、質問に戻りますと、組織の場合には、上記の問題のほかにこれらの色素が組織内のそれぞれの細胞表面へ到達できるか否かも考慮する必要がありますので、専門的には、植物組織について、細胞生存率の非常に厳密な測定法はないとの見解です。
しかし、こうした方法の限界を承知した上で、組織の凍結が、細胞膜の透過性に影響を与えているか否かを、組織切片について調べてみる価値は大いにあるでしょう。繰り返しになりますが、実験は、細胞の生存率ではなく、細胞の破壊の程度を細胞膜が色素の透過性を防ぐ役割を保持しているかどうかによって判定しようとしていることになります。
(附記:組織を凍結するときは、温度の低下速度も重要です。ゆっくり凍結すると氷の結晶が大きくなり、細胞膜を突き破る可能性が高くなります。逆に、急速凍結では氷の結晶が小さいので、細胞膜が損傷を受ける程度が軽減されます。高校の実験室レベルでは、予め短時間冷やした組織をできるだけ低温の冷凍室(マイナス20℃、もし手許にあればマイナス70℃のものが更によい)に入れて、凍結に至る時間を短縮するとさらに良いでしょう。寿司に使うマグロは、急速冷凍したものが遠洋から運ばれてきます)
長田 敏行(東京大学名誉教授、法政大学名誉教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2020-01-16
櫻井 英博
回答日:2020-01-16