一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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キメラについて

質問者:   大学生   中村雄
登録番号0465   登録日:2006-01-12
初めまして。

今、大学の英語の授業で生命倫理について学んでいるのですが、その中でキメラについて興味を持ち調べていくうちに、植物界においてはキメラが珍しいことでもないということを知りました。

そこで、なのですが、

①植物界におけるキメラの作成はいつごろからなのか
②キメラを、どのように作るのか
③今後注目されている植物キメラの可能性

など、もし可能でしたら教えていただきたく願います。
英語の文献など、専門的な単語が多くてなかなか把握できないでいます。
どうかよろしくお願いいたします。
中村さん:

植物の生物学、博物学に大変詳しい塚谷裕一先生に伺いました。身近なところにキメラがありますが、ギリシャ神話ではライオン、ヤギ、ヘビの体をもち口から火を噴く怪獣となっています。まったく違った生物の部分がモザイク状になって出来上がった仮想上の生物に元々の意味があるようです。


中村さん、
 質問を拝見しました。動物のキメラとちょっと違い、植物の場合、キメラには2種類があります。植物キメラという言葉を言い出したのは Winkler (1970年)のようで、この場合は、接ぎ木で人工的に作り出したキメラを指します。もう1つは、より多く見かけるタイプで、植物の体を作っている細胞の一部が突然変異し、その結果、一つの個体が、複数の、性質の異なる細胞群からできた体になった場合です。
 前者の歴史は結構古く、1664年にフローレンスで初めて記録されたビザリアオレンジが、その最初期の1つとされています。これは、ブシュカンにキンカンを接ぎ木して作ったもののようです。接ぎ木は、挿し木では増やせない植物をたくさん増やす際、もっともよく使う技術です。ですので、たくさん接ぎ木をしているうちに、ひょんなことから、キメラになってしまうこともあったのでしょう。その後、19世紀にはキバナフジとベニバナエニシダとの接ぎ木から「アダムノエニシダ」という植物も作られました。どうやったらキメラになるのか、試行錯誤の結果、接ぎ木をしたあと、その癒着面で切り直し、そこから再生してきた芽を育てると、キメラが生まれることもあることがわかってきました。それを利用して、今日までには、実にいろいろな組み合わせの接ぎ木由来のキメラが作られています。この現象は単なる遊びだけではなく、いろいろな研究にも使われていて、たとえば新しい品種を作り出すのにも使われています。また基礎研究にも使われており、その結果、植物の体は表面から芯に向けてだいたい3層に分かれていること、葉の形などを決めているのは、表皮ではなくむしろ内側の層であるらしいことなどがわかってきています。
 一方、駅や銀行などで鉢植えの飾りにされている観葉植物には、多くの場合、斑が入っています。ベンジャミンやチトセラン、オリヅルランの白い覆輪模様などは、その典型です。庭植のものでいえば、マサキ、アジサイ、ジンチョウゲの斑入りなどもこれです。これは後者の、突然変異で色変わりを起こした細胞が混ざっているタイプのキメラです。これは主に、自然に起きた突然変異が原因です(ちなみに進化論を否定し、今はやりのインテリジェントデザインを支持する「哲学者」の中には、突然変異という現象の存在を疑う人がいますが、実際には、私たちの身のまわりには、突然変異の結果が満ちあふれています)。
 こういう斑入りは、しょっちゅう起きているのですが、安定的に斑が維持されるケースは、それほど多くありません。たまたま色変わりを起こした細胞が、いわゆる成長点(分裂組織)にあって、ほかの元の性質の細胞と共存できると、園芸品種として扱えるようになるわけです。日本人はことに斑入りが好きな民族なので、江戸時代のオモトを始め、非常に多くの種類について、斑入りの品種がコレクションされてきました。実際、園芸植物で好まれる斑入りの半分くらいは、こうしたタイプのものです。ちなみに、朝顔の斑入りは、ちょっと原因が違います。ここで言っているようなキメラの場合は、タネをまいても、斑入りの性質が遺伝しません。遺伝する斑入りは、また別のものなのです。

 塚谷 裕一(東京大学・院・理)
JSPPサイエンスアドバイザー
 今関 英雅
回答日:2006-02-16