一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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サクラの離層形成について

質問者:   大学生   T
登録番号4690   登録日:2020-04-11
進学を機に地元を離れ、二回めの春を迎えました。
昨年から疑問に思っていたことがあり、質問させていただきます。

桜といえば、花びらが風に乗ってひらひらと舞う光景が印象的です。
しかしながら、私が現在暮らしている場所の周辺では、花びら単体で落ちているのも確かにたくさん見かけるのですが、花柄から先が丸ごと落ちている桜の花を見かけることが、地元で生活していた頃よりも多いように感じました。今年の桜が散る時期も、昨年と同じような印象を持ちました。(この印象自体、私の気のせいなのかもしれませんが...)

このページの「さくらんぼの離層」の質問への回答を拝見して、桜は花柄の付け根と先端の両方に離層が形成されることを知り、花びらだけが落下する場合は花柄の先端で、花が丸ごと落下する場合は花柄の付け根での離層形成が原因となっているのだと解釈いたしました。
そこで、離層が形成される位置は気候などの環境条件によって影響を受けるのか、ということを質問させていただきたいと思いました。もし関連があるのであれば、関係する遺伝子などについてもぜひ知りたいです。

ご回答いただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
T さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
器官脱離は文字通り、葉、花、果実が脱離する現象ですが、離層が形成されることによります。しかし、その時期、場所などはそれぞれ器官に特徴のあるものです。離層形成は日長、温度、器官の齢など多くの環境要因、内生要因(ホルモンバランスなど。特にオーキシンとエチレンの)が関与しています。多くの器官脱離の研究は葉、果実を対象とされています。理由は明らかで秋の紅葉、落葉は人の生活に密着していますし、落果は果実そのものの品質や収穫量と関係するためです。花の器官脱離も一様ではありません。例えば、ツバキの落花は一重のツバキは雌蘂(果実を形成する)を残して花弁、雄蘂が一体となって脱離しますが、八重のツバキでは花弁が離れて落ちます。いずれの器官脱離でも離層を形成し(形態的分化)、離層細胞における細胞壁分解酵素群(代表はセルラーゼ)、細胞接着物質分解酵素群(代表はポリがラクチュウラーゼ)、その他脱離後に露出される細胞群の保護物質(スベリンなど)の合成、分泌などといった生化学変化がおきます。そしてこれらの酵素群による細胞接着力の低下、あるいは細胞壁破壊によって分離に至ります。
サクラ(染井吉野)の場合は花柄の基部、果実と花柄の境界、花弁の基部に離層が形成されます。しかし、いつそれぞれの離層ができるかは、気温、季節、組織の生理的齢によって異なります。サクラの花弁離脱にみられるように、花弁の脱離は葉、果実の脱離と違って離脱する花弁組織に大きな生化学的変化(色素の消失なそ)や物理的変化(膨圧低下、つまり萎れ)が余りないのが特徴です。モデル植物シロイヌナズナの花で多くの分子レベルの研究が進んでいますが、離層形成、細胞分離にともなって200から300の遺伝子発現が上昇すること、その中には前記の生化学変化に関わる酵素群や転写因子群(例えばロイシン-リッチの受容体型キナーゼである遺伝子 HAESA)が含まれており脱離に関連する遺伝子群の発現調節は複雑な網目構造になっているらしいと言うのが現段階での知見です。
器官脱離の基本的仕組みの分子レベルでもある程度明らかにされていますが、花弁の場合、果実の場合、葉の場合の離層の出来方や仕組みがすべて同じとは言えません。
例えば、葉の場合は葉を落とす前に葉の中にある窒素や鱗を母体に回収することがわかっていますが、早期落果(一般にJune Dropと言われている現象)や熟果の落果などの場合には脱離器官から母体への資源回収はみられません。各器官脱離の仕組み解明にはまだ多くの課題が残されています。



今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-04-16
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