一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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原核細胞の細胞壁について

質問者:   高校生   ほし。
登録番号4738   登録日:2020-05-24
高校一年生です。
新型コロナウイルスによってなかなか授業が始まらない中、予習を進めているのですが、疑問に思ったことを聞くことも出来ないので、質問することにしました。
細胞には、真核細胞と原核細胞がありますが、生物の教科書には、原核細胞について詳しく書かれていません。
植物細胞の細胞壁は、張力や圧力にも耐えられる構造で、細胞を保護し、形を保持する役割がありますが、原核細胞に見られる細胞壁にはどのような役割があるのでしょうか。そのような構造が生まれた経緯と一緒に教えてください。
ほし。様

 植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。新型コロナウイルスの拡大で高校生活がなかなか始まらないのは残念ですね。休みの期間を活用して、いろいろじっくり考える期間にされておられるのは良いことだと思いました。

 細胞膜は半透性の膜ですから、水は通しますが水に溶けている物質(溶質)は通しません。半透膜で仕切られている場合、水の分子の少ない方(溶質の濃度の高い方)へ水は移動します。細胞内は糖やアミノ酸などを多く含み溶質濃度が高い(浸透圧が高い)ので、細胞を水に漬けると、水が入り込んできます。細胞膜は脂質を主体とした柔らかい構造ですので、植物の細胞壁を酵素で処理して分解すると、水が入り込んで、どんどん膨らみ、最後は破裂してしまいます。植物細胞の細胞壁は硬い構造で、水が入り込んで膨らもうとする圧力に耐え、ある程度以上水が入ることを抑えることができます。カビやキノコなどの菌類、原核生物の細菌も細胞壁を持っていますが、はたらきは基本的には植物の場合と同じです。しかし、細胞壁を構成している物質が異なります。植物の細胞壁はセルロース繊維を主体として、その間をヘミセルロースやペクチンが埋めているという構造ですが、細菌の細胞壁はペプチドグリカンからできています。ペプチドグリカンはペプチド(アミノ酸が連なった構造)とグリカン(糖が連なった構造)が結合してできている物質です。
 ところで、抗生物質のペニシリンは細菌の増殖を抑えます。ペニシリンの働きはペニシリン結合たんぱく質というペプチドグリカン合成酵素に結合することで、酵素活性を阻害することによります。細胞壁の構成物質であるペプチドグリカンが作られなくなるために増殖できなくなります。また、リゾチームというペプチドグリカンを分解する酵素で処理しても、細胞膜が破れて死滅します。細菌の生存に細胞壁が必要なことがわかります。
 しかし、中にはマイコプラズマやサーモプラズマのように細胞壁を持たない微生物もいます。マイコプラズマは動物に完全寄生している微生物です。動物では、血液など体液の浸透圧を一定に調節するしくみが発達していますので、そこに寄生しているマイコプラズマは細胞壁をもつ必要がなくなったのではないかと考えられています。サーモプラズマは、古生物という生物の仲間で、温泉のような高温で酸性の強いところを好んで成育する微生物(好熱性好酸性細菌)です。このような好熱細菌は、細胞壁を持っているものも含めて、脂質の成分が細菌と異なり、浸透圧に強い細胞膜をもっています。

 長い生物の歴史の中で、強固な細胞壁をもつことで大きく発展したグループ(系統)があります。細菌、植物、菌類です。細菌は古細菌と共通の祖先から分かれた系統です。古細菌の細胞壁が主としてたんぱく質で、熱に強いが浸透圧などに弱いのに対し、前述のように細菌は浸透圧に強いペプチドグリカンからなる細胞壁をもっています。熱かった原始地球がだんだん冷えてきて、新たに生じた環境への分布の拡大に、強固な細胞壁は寄与したものと思われます。2番目は植物の細胞壁です。古細菌と共通な祖先から分かれた真核生物から、動物と植物が分かれます。真核生物になると細胞内にいろいろな機能を持った細胞小器官が分化し細胞が細菌に比べて巨大化します。植物は細胞の巨大化に対応し伸長する柔軟性と地上に進出した際に要求される重力に対抗して伸びることのできる強固さを兼ね備えた細胞壁を持っています。3番目は動物との共通祖先から分かれ、腐生生活、あるいは、寄生生活の方向に向かった菌類です。菌類は動物と異なり、強固な細胞壁をもっていますので、細胞として浸透圧に対応して生活できます。菌類の細胞壁は水を通しにくいキチンを主な成分としています。キチンはまた、細菌によって分解されにくい物質です。菌類は乾燥や細菌に強い生物です。
           

庄野 邦彦(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-06-04