一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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窒素固定

質問者:   会社員   ぱくちー
登録番号4751   登録日:2020-06-05
こんにちは、普段農家をしているものです。この度友人と植物について話しているときに、本当かうそかわからない事があったので質問させてください。

植物は成長する過程で、アミノ酸等を作る為に窒素が必要となると思うのですが、植物は大気中の窒素は利用できなくて、アンモニア態窒素であったり、硝酸態窒素を根から吸収して窒素を利用していくものだと、私は本で勉強しました。

しかし友人は、植物は大気中の窒素を利用できるといっているのです。
そんなことはないと思うけどなぁ、って言うと、山に育っている木に誰が肥料をやった?そんなん入れんでも植物は育つと言われ何も言い返すことができませんでした。

仮に大気中の窒素を利用できるとしても、
植物の体内に取り込まれる以上、イオン化して入るはずですし、直接大気中の窒素を使うことなんて出来ないと思うのです。

ただやはり、友人の言う山の木がしっかり成長しているのが不思議に思えてきました。なぜ、山の木は肥料がなくても元気にしてきるのでしょうか?
ぱくちーさん

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
質問を歓迎します。
ぱくちーさんが書いたように、「植物は成長する過程で、アミノ酸等を作る為に窒素が必要となると思うのですが、植物は大気中の窒素は利用できなくて、アンモニア態窒素であったり、硝酸態窒素を根から吸収して窒素を利用していくものだ」は正しい認識で、友人の言う、「植物は大気中の窒素を利用できるといっているのです。」は誤りです。

では、山に育つ木は肥料をやらなくてもなぜ育つかというと、視野を広げて生態学的にみれば、山に生きている生物全体の働きによって植物が利用できる窒素栄養が循環的に利用されているからです。生きている動物や植物は窒素化合物をタンパク質、核酸、などの形で持っており、植物のクロロフィルも窒素を含んだ化合物です。植物が食べられると、窒素化合物は動物に移行し、動物の排泄物や死骸、植物の枯葉は微生物などの働きによって分解されて、硝酸塩やアンモニアなどの無機窒素化合物となって、植物に循環的に利用されています。山に育つ木が肥料をやらなくても育つのは、窒素栄養が森林の中でほぼ循環的に利用されているからです。

火山が噴火してできた裸地では、循環によって利用できる窒素化合物もありませんから、しばらくの間は植物も生えません。時間がたつにつれて岩の表面に菌類が付着し、その菌類は窒素固定ができるシアノバクテリア(別名:ラン藻、ラン色細菌)を共生させているので、増殖できますが、生育速度はとても低いです(シアノバクテリアを共生させた菌類は地衣類と呼ばれます)。普通の植物は空気中の窒素を利用することができませんが、シアノバクテリアは窒素固定ができるので、裸地生態系中で利用できる窒素栄養は時間をかけて増大していきます。すると、土壌中の窒素栄養分も次第に上昇し、草や、次いで時間をかけて木が侵入し、生存できるようになります。

植物自身は窒素固定ができませんが、マメ科植物は共生している根粒菌が、ハンノキでは共生している放線菌が、また、上記の地衣類として共生したり単独で生活しているシアノバクテリアや他の窒素固定細菌などが、窒素固定を行うので、生態系中の窒素栄養は次第に増大します。逆に、地中には、嫌気的条件下で硝酸塩を還元して窒素ガスなどとして放出してしまう脱窒菌もいて、窒素栄養損失の方向に働くので、地中の窒素栄養はバランスがとれており、むやみに増えるというようなことはありませんでした。

しかし、近年になって、石炭や石油なのどの化石燃料の燃焼によって窒素酸化物が大気中に放出され、それが地表に吸収されて森林の窒素栄養分が増加し、植物種の間の生存競争に影響を与えることが懸念されようになりました。

(附記:大気中の窒素酸化物について興味がありましたら、本Q&Aで「窒素固定」で検索し、登録番号4637を参考にしてください。)


櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-06-12