一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物につく酵母について

質問者:   一般   とも
登録番号4768   登録日:2020-06-20
はじめまして。

今ちょうど梅の季節で梅仕事を行っています。今年で4年目になりますが、疑問がありご質問させて頂きます。

梅と砂糖同量で作る梅シロップはアルコール発酵しやすく、何度か失敗してきました。一方でレモンと砂糖同量で作るレモンシロップはアルコール発酵がしにくいです。

この違いは、果物につく酵母の種類が違うのか、数が違うのか、それとも果物の糖分量によるものなのでしょうか?


よろしくお願い致します。
ともさん

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。
質問を歓迎します。
私たちの身の回りの食物、飲み物、食器、空気などには、いたるところに微生物がいて、繁殖の機会を狙っているものだと心得てください。しかし、私たちの体にも、白血球、胃酸、涙などに微生物の増殖を防ぐ仕組みがある程度備わっていますから、食品とともに摂取する微生物の種類と量を許容水準以下に抑えることが実用的目標となります。 

梅ジュースの作りかたの一例として、次の場合を考えてみましょう。
1. 青梅はきれいな水で洗い、乾いた布巾で拭いて、ざるにとる。効果:青梅の表面についている雑菌をできるだけ減らす。
2. ジュースを入れるガラス瓶は、きれいに洗ったものの内面を60-70度の湯ですすぎ、次いで熱湯に変えて10分以上置いたのち、湯を捨て、瓶を逆さにして乾燥させる(一度に熱湯を入れると、ガラスが急激に膨張してガラス瓶が割れる恐れがある)。効果:容器に付着している雑菌を減らす。
3. ガラス瓶に①の青梅を入れ、同重量の氷砂糖(またはグラニュー糖)を加えて、蓋をして保存する。効果:高濃度の砂糖水は浸透圧が高いので、微生物の増殖を相当程度抑制する。白砂糖は微量ながら、不純物として微生物のえさとなる有機物や無機塩類を含んでおり、これらは雑菌(微生物や酵母など)の生育を助ける効果があるので、不純物の少ない氷砂糖を使う。保存中に青梅から水分や、微生物のえさとなる物質がジュースの中に出てくるが、砂糖が高濃度なので、微生物の増殖は許容レベル以下に抑えられる。また、青梅はクエン酸などの有機酸を多く含み、それらが砂糖水に溶け込むことによりpHが酸性側に傾くので、多くの微生物の生育にとって不都合な環境となる。レモンジュースを用いると、pHが一層酸性に傾き、多くの微生物の生育にとって不利に働く。

次に、質問の後半部分[この違いは、果物につく酵母の種類が違うのか、数が違うのか、それとも果物の糖分量によるものなのでしょうか?]について回答します:

梅ジュースとレモンジュースの違いの説明としては、含まれている有機酸の量が後者のほうが大きいことが最大の原因だと考えられます。レモンジュースの場合は、砂糖水のpHが低いので、多くの微生物の生育速度が著しく低下します。自然界には、酵母など多くの微生物が存在しており、ブドウなどの果実の表面に付着している天然酵母がよく知られています。培養した酵母の種菌を利用する近代的醸造技術が確立されるまでは、ブドウをすりつぶした液を桶に入れ、果実表面に付着した酵母の働きで葡萄酒を醸造するという方法が永く用いられていました。ブドウ果汁中の酸素は混在している酵母を含む各種微生物の呼吸により短時間内に低下し、その後は、果実の表面に付着していた天然酵母が酸素なしでアルコール発酵により生存のためのエネルギーを得ることができるので優先的に増殖し、しかも発酵産物のエタノール(エチルアルコール)が他の多くの微生物の生育を抑制するので、ブドウ酒を造ることができました。(余談になりますが、乳酸菌は酸素なしで乳酸発酵により生育でき、産物の乳酸がpHを下げることにより、他の多くの微生物の生育にとって不利に働くので、生きた乳酸菌を含む食品は日持ちがします)。果物ジュースの場合は、砂糖の濃度が高く、さらに果実に含まれる有機酸が砂糖水の中に染み出すことによりpHが下がり、多くの微生物の増殖を抑制していることが食品保存のための最大の鍵だと考えられます。梅ジュースとレモンジュースを比較すると、レモンの方が多量の有機酸を含んでいて多くの微生物の増殖を抑制できます。付着している酵母は、今回の質問との関連は薄いと考えられます。

結論:私たちの身の回りには多くの微生物がいます。缶詰のように、高温高圧で蒸気滅菌してから蓋を完全に密閉すれば、食品を長期保存することができます。しかし、そこまで完全にやらなくても、雑菌(微生物)の増殖を、人の健康や味覚にとって害のない低いレベルに抑えることが保存の実用的目標となります



櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-06-28