質問者:
高校生
まるまる
登録番号4795
登録日:2020-07-09
高校生物です。みんなのひろば
脱分化と植物ホルモン
授業でスチュワードの実験について学習しました。
脱分化に関して、植物片にオーキシンとサイトカイニンを加えると、カルスが生じるようなのですが、なぜこの二つの植物ホルモンが脱分化に用いられているのかが分かりません。
サイトカイニンは、分化の働きをもっているかと思いますが、このはたらきは脱分化とは逆の反応なのではないかと、混乱しています。
オーキシンとサイトカイニンがどのように働いて脱分化がおきるのか教えていただきたいです。よろしくお願い致します。
まるまる さん:
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
植物ホルモンと言われる物質には、その発見の経緯に従って「植物細胞への主な働き」を中心に説明する傾向があります。発見(認識)がなされた時代は主に顕微鏡的以上の巨視的変化を中心に研究されていたのでやむを得ない事情はあります。高校の生物教科書の説明は主としてこの方針のようです。オーキシンやジベレリンは細胞伸長を促進、サイトカイニンは細胞分裂の促進と言った主な(発見、認識されたときの)働きを中心に説明されていると思います。その結果、ご質問の様な疑問をもたれるのではないかと推察されます。
ところが、過去半世紀の間に生物学では画期的な発見や技術革新が進み植物ホルモンの働き方が生化学、遺伝子のレベルで研究されるようになり、働き方の理解が飛躍的に進んで、植物ホルモンとしてあげられている物質の働き方はとても多様であることが判ってきました。
その1つが、植物ホルモンの中でオーキシン(インドール-3-酢酸、IAA)は細胞成長(伸長)だけでなく、細胞分裂、細胞分化、器官形成など「成長現象」全般で中心的働きをすることが判ってきました。さらに、ほかの植物ホルモンとの相互作用で、他の植物ホルモンの働き方を強めたり、変えたりすることも判ってきました。
ご質問にあるカルス形成おけるオーキシン、サイトカイニンの働き方は、巨視的な組織片、顕微鏡的な細胞形態への主な作用性と違っていますね。カルスと言われる細胞塊にもいろいろな成因があり、できあがったカルスの生理的性質も一様ではありません。高校生物では、組織片(切り取った組織の一部)から形成されるカルスを取り上げているようですので、組織に傷害を与える(傷をつける)ことが必要条件になっています。これは、植物でも動物でも組織に傷をつけると傷を治そうとする作用が始まります。このときは必ず傷周辺の細胞が分裂を開始して癒傷組織(カルス)を作り、傷を治します。F. C. Stewardはニンジン根の切片を使ったのですが、後に判ってきたことは、ニンジンは傷害誘導の細胞分裂を特に起こしやすい種(これの起こりにくい種もあります)で、植物ホルモンを与えなくても(組織片自体がすでにもっている植物ホルモンで)非常にゆっくりとですがカルス形成を開始しはじめます。これにオーキシンを与えると細胞分裂が盛んになってカルスの成長が早まります。つまり、ある濃度のオーキシンは植物細胞の細胞分裂を促進する(あるいは今まで分裂していなかった細胞に分裂を起こす能力を与える)からです。さらに,1940年から50年にかけてF. Skoog(スクーグ)らが植物のカルス形成(細胞分裂)を促進する物質としてサイトカイニンを発見しました。つまりオーキシンもサイトカイニンもともにカルス形成を促進するのですが、その根拠となる実験では「生きた器官の切片」にオーキシンかサイトカイニンを与えています。実際にはこの「生きた器官切片」には内在的にオーキシンもサイトカイニンも濃度は低いですがすでに存在しているのです。つまり、オーキシンやサイトカイニンだけを与えてもその結果は、両者がある一定濃度で共存する状態での結果を観察していたことになります。現在では両者の濃度比によってカルスのままであったり、カルスから根だけが分化したり、茎葉だけが分化したりすることが判っています。オーキシンが多いとき(少ないとき)、サイトカイニンが多いとき(少ないとき)で、それぞれが生化学、遺伝子のレベルどんな働きをしているのか(つまり相互作用の実体)はまだ明確にされていません。
「サイトカイニンは、分化の働きをもっているかと思いますが」と言うように1つだけの働きではなく、サイトカイニンとオーキシンとの濃度比によって細胞の分裂、分化の方向(この中には脱分化も含まれます)が決まっていることになります。1種類の植物ホルモンだけしか存在しない植物組織はおそらく無いでしょう。
「なぜこの二つの植物ホルモンが脱分化に用いられているのか」は相互作用によって効率がよいからです、と言うことなります。あえて付け加えるならば、オーキシンがなければサイトカイニンは働くことができないとも言えるかも知れません。
実際には、植物ホルモンによっていろいろな遺伝子が発現誘導(遺伝子が働いてその直接の産物であるタンパク質が合成されること)されたり、抑制(今まで働いていたものが働きを停止、低下すること)されたりして巨視的な分化(形態変化)がおこると考えているのが現状です。しかも、遺伝子の働きでできたタンパク質の相互作用や働きのネットワークと分化までの間はまだまだ遠い道のりでこれからの研究の重要な課題の1つです。
脱分化について登録番号2435も参考になさって下さい。その他、植物ホルモン名で検索されるとたくさんの問題が取り上げられています。
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
植物ホルモンと言われる物質には、その発見の経緯に従って「植物細胞への主な働き」を中心に説明する傾向があります。発見(認識)がなされた時代は主に顕微鏡的以上の巨視的変化を中心に研究されていたのでやむを得ない事情はあります。高校の生物教科書の説明は主としてこの方針のようです。オーキシンやジベレリンは細胞伸長を促進、サイトカイニンは細胞分裂の促進と言った主な(発見、認識されたときの)働きを中心に説明されていると思います。その結果、ご質問の様な疑問をもたれるのではないかと推察されます。
ところが、過去半世紀の間に生物学では画期的な発見や技術革新が進み植物ホルモンの働き方が生化学、遺伝子のレベルで研究されるようになり、働き方の理解が飛躍的に進んで、植物ホルモンとしてあげられている物質の働き方はとても多様であることが判ってきました。
その1つが、植物ホルモンの中でオーキシン(インドール-3-酢酸、IAA)は細胞成長(伸長)だけでなく、細胞分裂、細胞分化、器官形成など「成長現象」全般で中心的働きをすることが判ってきました。さらに、ほかの植物ホルモンとの相互作用で、他の植物ホルモンの働き方を強めたり、変えたりすることも判ってきました。
ご質問にあるカルス形成おけるオーキシン、サイトカイニンの働き方は、巨視的な組織片、顕微鏡的な細胞形態への主な作用性と違っていますね。カルスと言われる細胞塊にもいろいろな成因があり、できあがったカルスの生理的性質も一様ではありません。高校生物では、組織片(切り取った組織の一部)から形成されるカルスを取り上げているようですので、組織に傷害を与える(傷をつける)ことが必要条件になっています。これは、植物でも動物でも組織に傷をつけると傷を治そうとする作用が始まります。このときは必ず傷周辺の細胞が分裂を開始して癒傷組織(カルス)を作り、傷を治します。F. C. Stewardはニンジン根の切片を使ったのですが、後に判ってきたことは、ニンジンは傷害誘導の細胞分裂を特に起こしやすい種(これの起こりにくい種もあります)で、植物ホルモンを与えなくても(組織片自体がすでにもっている植物ホルモンで)非常にゆっくりとですがカルス形成を開始しはじめます。これにオーキシンを与えると細胞分裂が盛んになってカルスの成長が早まります。つまり、ある濃度のオーキシンは植物細胞の細胞分裂を促進する(あるいは今まで分裂していなかった細胞に分裂を起こす能力を与える)からです。さらに,1940年から50年にかけてF. Skoog(スクーグ)らが植物のカルス形成(細胞分裂)を促進する物質としてサイトカイニンを発見しました。つまりオーキシンもサイトカイニンもともにカルス形成を促進するのですが、その根拠となる実験では「生きた器官の切片」にオーキシンかサイトカイニンを与えています。実際にはこの「生きた器官切片」には内在的にオーキシンもサイトカイニンも濃度は低いですがすでに存在しているのです。つまり、オーキシンやサイトカイニンだけを与えてもその結果は、両者がある一定濃度で共存する状態での結果を観察していたことになります。現在では両者の濃度比によってカルスのままであったり、カルスから根だけが分化したり、茎葉だけが分化したりすることが判っています。オーキシンが多いとき(少ないとき)、サイトカイニンが多いとき(少ないとき)で、それぞれが生化学、遺伝子のレベルどんな働きをしているのか(つまり相互作用の実体)はまだ明確にされていません。
「サイトカイニンは、分化の働きをもっているかと思いますが」と言うように1つだけの働きではなく、サイトカイニンとオーキシンとの濃度比によって細胞の分裂、分化の方向(この中には脱分化も含まれます)が決まっていることになります。1種類の植物ホルモンだけしか存在しない植物組織はおそらく無いでしょう。
「なぜこの二つの植物ホルモンが脱分化に用いられているのか」は相互作用によって効率がよいからです、と言うことなります。あえて付け加えるならば、オーキシンがなければサイトカイニンは働くことができないとも言えるかも知れません。
実際には、植物ホルモンによっていろいろな遺伝子が発現誘導(遺伝子が働いてその直接の産物であるタンパク質が合成されること)されたり、抑制(今まで働いていたものが働きを停止、低下すること)されたりして巨視的な分化(形態変化)がおこると考えているのが現状です。しかも、遺伝子の働きでできたタンパク質の相互作用や働きのネットワークと分化までの間はまだまだ遠い道のりでこれからの研究の重要な課題の1つです。
脱分化について登録番号2435も参考になさって下さい。その他、植物ホルモン名で検索されるとたくさんの問題が取り上げられています。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-07-17