質問者:
教員
KTN
登録番号4816
登録日:2020-08-01
オオカナダモの光合成と水温の関係を調べる実験をしました。蛍光灯の照明下でオオカナダモを含む試験管内の水で光合成が進めば炭酸水素イオン濃度が低下し、逆に呼吸が進めば炭酸水素イオン濃度が上昇すると考え、pHメーターで測定し続けました。細胞が崩壊する温度
常温(25℃前後)ではpHが上昇し、アルミホイルを巻いた状態ではpHが低下したことから、BTB溶液を用いた光合成・呼吸の実験と同様の結果が得られたと考えています。
照明下で70℃前後の熱湯に入れるとpHが大きく下がるという結果が得られており、これは液胞内の酸性の液体が細胞外に出たためではないかと予想しています。
疑問に思ったのは、いったい何℃まで植物細胞(液胞)は崩壊せずに耐えられるのか、ということです。
10分間さまざまな温度の水に漬けた時の植物細胞の変化を調べたような先行研究を探しているのですが、現時点では見つかりません。
また、オオカナダモの液胞内の有機酸の組成についても、調べましたがよくわかりません。
何かヒントになるものを教えて頂きたいです。
KTN様
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。回答はオオカナダモの研究をされておられる原田先生にお願い致しました。
種子や花粉のように成長していない細胞や乾燥している組織は45℃以上の温度でも生き延びることができますが、水分を含んだ組織や成長しているたいていの組織は生存できません。水中ではありませんが、10分間いろいろな温度に組織をさらした場合、ほぼ50℃で死滅することが、カボチャ、トウモロコシ、ナタネ、野生のタバコ、タバコ培養細胞BY-2株などで知られています。ハマアカザの1種では光合成は40℃を、また呼吸は50℃を越すと低下し始め、それぞれ48℃、52℃で完全に阻害されます。葉を水に漬けてイオンの漏出を調べると52℃で急速なイオンの漏出がはじまり、膜の損傷が始まったことがわかります。これらの障害は高温により膜が過度に流動的になることと相関関係があります(テイツ、ザイガ―の「植物生理学」第三版)。これらの結果は、原田先生の解説ともよく合っています。また、植物によって脂質組成は異なりますから、脂質の流動性も異なり、イオンの漏出、組織の死滅温度も異なります。高温に適応したアリゾナハニースウィートという植物では、イオンの急速な漏出が55℃と報告されています。
【原田先生の回答】
私は、琵琶湖に分布しているオオカナダモの金属集積性について調査しており、形態が類似した植物(トチカガミ科沈水植物のコカナダモ、クロモ)との分類法についても検討しています。その過程で、栽培実験も行っていますが、適温である25-28℃より温度を上げて栽培したことはありません。
また、液胞の内容物についても、自分では調べていないため、一般的な文献検索の結果しかお示しすることができません。
以上を踏まえて、調べた結果では、以下のようになります。
1)植物細胞(液胞)が崩壊する温度について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys1961/15/4/15_4_164/_pdf
→無水レシチンの体積ー温度曲線(図5)によると、50℃前後で構造が変化していることが示されています。これ以上温度を上げると、脂質二重膜(液胞)の崩壊が起こると考えてもよいのではないでしょうか。
一方、ジステアロイルホスファチジルコリンとジパルミトイルホスファチジルコリンの1:1混合物を人工生体膜モデル系として用いた実験では、相転移温度(Tc, この温度よりも高温になると、構造変化が起こって膜の流動性が高い状態になる)が41℃と示されています。
また、植物細胞はご存知のように、細胞壁を持っています。
http://www.netsubussei.jp/group/kousai.pdf
→食品科学分野の資料によると、細胞壁の熱変性については、「細胞壁および細胞間隙にあるペクチンが加熱によりβ脱離を起こし、細胞間の緩み、分離が起こりやすくなる」と18ページ目に記載されており、80℃から粘度が変化するとされています。ただ、酸性に傾いていると反応が起こりにくいようです。
以上要約しますと、高温に晒された植物細胞は、Tc(細胞の脂肪酸の組成によって異なるが、おおむね40度から50度)に達すると膜の構造が変化して、内容物(有機酸など)が漏れ出し、その状態が続くと細胞死に至ると考えられます。
2)液胞内の有機酸の組成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/43/10/43_10_642/_pdf/-char/ja
→オオカナダモはC3植物ですが、生育環境によってC4光合成系が活性化します(p644参照)。C4状態になっている時には、リンゴ酸が多量に液胞に蓄積されていることが推察されます。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4351012/pdf/pone.0118965.pdf
→近年の論文で、オオカナダモの idioblastの存在が示されており、フェノール基を持つ有機酸が含まれているのではないかと考えられています。
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。回答はオオカナダモの研究をされておられる原田先生にお願い致しました。
種子や花粉のように成長していない細胞や乾燥している組織は45℃以上の温度でも生き延びることができますが、水分を含んだ組織や成長しているたいていの組織は生存できません。水中ではありませんが、10分間いろいろな温度に組織をさらした場合、ほぼ50℃で死滅することが、カボチャ、トウモロコシ、ナタネ、野生のタバコ、タバコ培養細胞BY-2株などで知られています。ハマアカザの1種では光合成は40℃を、また呼吸は50℃を越すと低下し始め、それぞれ48℃、52℃で完全に阻害されます。葉を水に漬けてイオンの漏出を調べると52℃で急速なイオンの漏出がはじまり、膜の損傷が始まったことがわかります。これらの障害は高温により膜が過度に流動的になることと相関関係があります(テイツ、ザイガ―の「植物生理学」第三版)。これらの結果は、原田先生の解説ともよく合っています。また、植物によって脂質組成は異なりますから、脂質の流動性も異なり、イオンの漏出、組織の死滅温度も異なります。高温に適応したアリゾナハニースウィートという植物では、イオンの急速な漏出が55℃と報告されています。
【原田先生の回答】
私は、琵琶湖に分布しているオオカナダモの金属集積性について調査しており、形態が類似した植物(トチカガミ科沈水植物のコカナダモ、クロモ)との分類法についても検討しています。その過程で、栽培実験も行っていますが、適温である25-28℃より温度を上げて栽培したことはありません。
また、液胞の内容物についても、自分では調べていないため、一般的な文献検索の結果しかお示しすることができません。
以上を踏まえて、調べた結果では、以下のようになります。
1)植物細胞(液胞)が崩壊する温度について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys1961/15/4/15_4_164/_pdf
→無水レシチンの体積ー温度曲線(図5)によると、50℃前後で構造が変化していることが示されています。これ以上温度を上げると、脂質二重膜(液胞)の崩壊が起こると考えてもよいのではないでしょうか。
一方、ジステアロイルホスファチジルコリンとジパルミトイルホスファチジルコリンの1:1混合物を人工生体膜モデル系として用いた実験では、相転移温度(Tc, この温度よりも高温になると、構造変化が起こって膜の流動性が高い状態になる)が41℃と示されています。
また、植物細胞はご存知のように、細胞壁を持っています。
http://www.netsubussei.jp/group/kousai.pdf
→食品科学分野の資料によると、細胞壁の熱変性については、「細胞壁および細胞間隙にあるペクチンが加熱によりβ脱離を起こし、細胞間の緩み、分離が起こりやすくなる」と18ページ目に記載されており、80℃から粘度が変化するとされています。ただ、酸性に傾いていると反応が起こりにくいようです。
以上要約しますと、高温に晒された植物細胞は、Tc(細胞の脂肪酸の組成によって異なるが、おおむね40度から50度)に達すると膜の構造が変化して、内容物(有機酸など)が漏れ出し、その状態が続くと細胞死に至ると考えられます。
2)液胞内の有機酸の組成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/43/10/43_10_642/_pdf/-char/ja
→オオカナダモはC3植物ですが、生育環境によってC4光合成系が活性化します(p644参照)。C4状態になっている時には、リンゴ酸が多量に液胞に蓄積されていることが推察されます。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4351012/pdf/pone.0118965.pdf
→近年の論文で、オオカナダモの idioblastの存在が示されており、フェノール基を持つ有機酸が含まれているのではないかと考えられています。
原田 英美子(滋賀県立大学環境科学部 生物資源管理学科)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2020-08-18
庄野 邦彦
回答日:2020-08-18