一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

野菜の再生は無性生殖と呼べますか?

質問者:   教員   吉田
登録番号4828   登録日:2020-08-10
最近、コロナ禍や長梅雨の影響もあって、「再生野菜」が再び脚光を浴びています。再生野菜とは、ニンジンのヘタやコマツナ・ネギなどの根元部分を水栽培して成長させ、最終的には収穫して食べるというものです。
このような生物の殖やし方は「無性生殖(栄養生殖)」と呼んでもよいのでしょうか?ニンジンのヘタは、複数の芽が出た場合はその部分を避けて切断することで数を殖やすことができると思いますが、一部の教員からは「トカゲの尻尾切り→再生と同じで、生殖とは言えない」と否定されてしました。学術的な見解を伺えると幸いです。
吉田 さん

みんなのひろば 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
用語の定義に関するものですが、もともと生物学の用語は、自然に生育する生物が示す事象を定義したものと理解しています。実験生物科学では自然ではおこらない環境の下においたときに示す生物の応答反応をも解析して生物の挙動の仕組みを探ろうとします。
このご質問で問題となる用語は「生殖」と「再生」です。どちらも多細胞生物に見られるもので、「生殖」は自然の状態で個体数が殖える(殖やす)現象、「再生」は失った組織、器官を「再び発生、分化させる(発生、分化する)現象、と言うのが動物学、植物学共通の理解だと思います。生殖はその方法、手段の違いで有性生殖、無性生殖、単為生殖などと分けられてはいますが何れも「増殖、個体数の増加」をともなっています。
「再生」では動物と植物とでかなり大きな違いがあります。ある種の動物(プラナリア、ミミズの一種、イモリなど)では外力で切断されると、各断片は完全な体に再生します。ご質問にあるようにトカゲは尾を失えば、完全な尾を再生しますし。高等動物では角や牙を失えば再生する例もありますが個体を再生することはありません。高等植物では構造的に茎と葉柄の接合部の茎側に必ず芽(腋芽、脇芽)が形成され、多くの場合休眠状態にあります(登録番号4508参照)。腋芽より上部にある茎葉を失うと、腋芽が発芽して失った部分の機能を代替します。また、樹木などではひこばえ、胴ぶき(登録番号3844参照)と言った発芽、再生現象がありますが、これらは何れも個体数が増加せず失った(あるいは失うであろうー老齢でやがて本体が枯死したときの)機能を代替あるいは確保するもので、個体が殖えること(生殖)とは別に扱うべきものです。植物の枝は腋芽が成長したものですが、「枝は無性生殖で殖えた」とは言いません。
そこで、「再生野菜」ですが、ニンジン、ネギ、ダイコン、キャベツなどの「本来は捨てる部分」を水に漬けておくと発生してくる茎葉部を意味しています。その多くは、すでに出来ていた腋芽が発芽してきたものです。ニンジンにしろ、ネギにしろすべて葉柄部が残っています。つまり、茎の一部に葉の基部がついたもので、葉柄の基部には腋芽があり、それが発芽、生長してきたものです。稲刈りを終わった田において切株から、腋芽が発芽して小型のイネが生長し、種子さえつけている光景は秋によく見かけます。これらの現象は個体の一部が外力によって除去されたときに見られる緊急避難的に個体の生存を確保する応答反応で、繁殖のための生理現象とは異なるものと考えられます。したがって、無性生殖の一形式とは言えません。
これらに関連して植物、動物組織では、切断傷害を受けたときに周辺の細胞が分裂を開始してカルスと言う細胞塊を形成する特徴があります。カルスは「癒傷組織」で組織が切断されたときの傷口を修復、保護するための組織です。しかし、植物組織片をオーキシンとサイトカイニンを適当な濃度を含む培地で培養すると細胞分裂が継続して無定型の細胞からなる細胞塊が形成されます。動物組織片には起こらない現象です。これもカルスと読んでいますがかなり便宜的な呼称です。植物カルスをさらに適当な培地上で培養するとカルスから茎葉部や根を形成します。その形成の難易は種によって異なりますが、茎葉部や根を取り分けて培養すると個体を形成させることが出来ます。つまり人工的に「無性的に増殖」させることが出来ます。また、茎頂分裂組織や腋芽を無菌的に切り出して培養し、発根を促して個体を増産することも可能です。
メリクローン培養で、実際にランなどでは増殖の実用的技術となっています。しかし、これらの人工的な増殖現象も「無性生殖」とは称してはいません。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-08-24