質問者:
大学生
皐月
登録番号4839
登録日:2020-08-17
現在光合成について勉強している大学生です.みんなのひろば
陽葉と陰葉か,表か裏か
陽葉ではより光合成速度を上げるためルビスコ含量が多く,陰葉では光吸収を優先させるべくクロロフィル含量が多い……など様々な構造・含量割合の差がありますが,これは1枚の葉の表側,裏側でもいえることなのではないのかと思いました.
そうだとしたら,このような葉緑体の性質の分化というものが,葉の表か裏か,という発生的なものによって起きたものなのか,それとも光環境の強弱によって起きたものなのか,それを判定する方法はなにかあるのでしょうか?
もしくは,葉の表裏と光環境の違いで,それぞれの葉緑体の性質の分布(割合?)にはどこか決定的に異なる部分があるのでしょうか.
皐月 様
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
回答は植物生理生態学、植物生理解剖学を専門として、素晴らしい研究をされておられる寺島一郎先生にお願いいたしました。大学生なら、ぜひ原著論文を読んで欲しいとのことです。
【寺島先生の回答】
ご明察の通りです。1枚の葉の中でも表側(向軸側)は明るいし、裏側(背軸側)まで透過してくる光は少ないので、向軸側にはクロロフィルは少なくルビスコをたくさん持った「陽葉緑体」が、背軸側にはクロロフィルを沢山もった「陰葉緑体」が分化します。もっともこれらは「陽」か「陰」かという二分的なものではなく、葉の一番明るいところの典型的な陽葉緑体から、最も暗いところにある典型的な陰葉緑体に連続的に変化します。
葉の表側には柵状組織が、裏側には海綿状組織が分化しますし、葉の表側(向軸側)と裏側(背軸側)を決める遺伝子もわかっていますので、柵状組織と陽葉緑体、海綿状組織と陰葉緑体が結びつくかもしれないという、「発生学的」な推論も成り立ちます。しかし、葉が展開し始めたころから向軸側を暗くして背軸側から光を照射すると、背軸側に陽葉緑体が、向軸側に陰葉緑体が分化するという実験事実があります。光が強いところでは葉緑体の電子伝達系は還元的に、弱いところでは酸化的になります。陽葉緑体ができるか陰葉緑体ができるかは、電子伝達系の酸化還元状態に依存した「レドックス制御」によっています。インゲンやダイズのようなマメ科植物の葉の背軸側から光を当てようとすると、葉柄の付け根の葉枕のところでまるでイナバウアーのように葉はのけぞり、向軸側に光を受けようとします。安定して背軸側から光を照射するためには、葉を縛り付けて固定する必要があります。
柵状組織と海綿状組織の分化、陽葉緑体〜陰葉緑体の連続的な勾配はどんな事に役立つと思いますか? 一枚の葉に向軸側から光を照射した場合と、背軸側から光照射した場合には、光合成速度の光強度依存性(光ー光合成曲線の形)が異なります。光がごく弱いところでは、向軸側から光を照射しても背軸側から照射しても光合成速度は同じ程度、全ての葉緑体が光飽和する強光下でも光合成速度は同程度になります。中くらいの光強度の時には、向軸側から光を照射する方が光合成速度が大きいのです。背軸側から光を照射した場合の方が光合成速度が低いのは、以下のような理由によります。背軸側から照射した場合には、海綿状組織にまず光があたります。細胞の形が入り組んでいますので、光は屈折に屈折を重ねて海綿状組織で吸収されてしまい、なかなか向軸側に達しません。海綿状組織の葉緑体は陰葉緑体ですからすぐに光飽和に達しますが、光飽和に強い光を要求する柵状組織の陽葉緑体にはなかなか光が到達しません。これらの陽葉緑体の光合成を光飽和させるためには、うんと強い光を当てなければなりません。一方、向軸側から光を当てるとこの逆のことが起こります。葉の内部の全ての葉緑体がほぼ同時に光飽和に達するのです。柵状組織と海綿状組織の分化、陽葉緑体〜陰葉緑体の連続的な勾配は、光が向軸側から当たるときにうまく光合成をするのに役立っています。付け加えると、柵状組織を透過して弱くなった光はおもに緑色光です。緑色光は、本来クロロフィルに吸収されにくいのですが、海綿状組織で屈折を重ねることによって、葉緑体に何度も遭遇してかなりの量が吸収されます。緑色光の問題については、みんなのひろば登録番号1855に詳しく解説しています。
植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
回答は植物生理生態学、植物生理解剖学を専門として、素晴らしい研究をされておられる寺島一郎先生にお願いいたしました。大学生なら、ぜひ原著論文を読んで欲しいとのことです。
【寺島先生の回答】
ご明察の通りです。1枚の葉の中でも表側(向軸側)は明るいし、裏側(背軸側)まで透過してくる光は少ないので、向軸側にはクロロフィルは少なくルビスコをたくさん持った「陽葉緑体」が、背軸側にはクロロフィルを沢山もった「陰葉緑体」が分化します。もっともこれらは「陽」か「陰」かという二分的なものではなく、葉の一番明るいところの典型的な陽葉緑体から、最も暗いところにある典型的な陰葉緑体に連続的に変化します。
葉の表側には柵状組織が、裏側には海綿状組織が分化しますし、葉の表側(向軸側)と裏側(背軸側)を決める遺伝子もわかっていますので、柵状組織と陽葉緑体、海綿状組織と陰葉緑体が結びつくかもしれないという、「発生学的」な推論も成り立ちます。しかし、葉が展開し始めたころから向軸側を暗くして背軸側から光を照射すると、背軸側に陽葉緑体が、向軸側に陰葉緑体が分化するという実験事実があります。光が強いところでは葉緑体の電子伝達系は還元的に、弱いところでは酸化的になります。陽葉緑体ができるか陰葉緑体ができるかは、電子伝達系の酸化還元状態に依存した「レドックス制御」によっています。インゲンやダイズのようなマメ科植物の葉の背軸側から光を当てようとすると、葉柄の付け根の葉枕のところでまるでイナバウアーのように葉はのけぞり、向軸側に光を受けようとします。安定して背軸側から光を照射するためには、葉を縛り付けて固定する必要があります。
柵状組織と海綿状組織の分化、陽葉緑体〜陰葉緑体の連続的な勾配はどんな事に役立つと思いますか? 一枚の葉に向軸側から光を照射した場合と、背軸側から光照射した場合には、光合成速度の光強度依存性(光ー光合成曲線の形)が異なります。光がごく弱いところでは、向軸側から光を照射しても背軸側から照射しても光合成速度は同じ程度、全ての葉緑体が光飽和する強光下でも光合成速度は同程度になります。中くらいの光強度の時には、向軸側から光を照射する方が光合成速度が大きいのです。背軸側から光を照射した場合の方が光合成速度が低いのは、以下のような理由によります。背軸側から照射した場合には、海綿状組織にまず光があたります。細胞の形が入り組んでいますので、光は屈折に屈折を重ねて海綿状組織で吸収されてしまい、なかなか向軸側に達しません。海綿状組織の葉緑体は陰葉緑体ですからすぐに光飽和に達しますが、光飽和に強い光を要求する柵状組織の陽葉緑体にはなかなか光が到達しません。これらの陽葉緑体の光合成を光飽和させるためには、うんと強い光を当てなければなりません。一方、向軸側から光を当てるとこの逆のことが起こります。葉の内部の全ての葉緑体がほぼ同時に光飽和に達するのです。柵状組織と海綿状組織の分化、陽葉緑体〜陰葉緑体の連続的な勾配は、光が向軸側から当たるときにうまく光合成をするのに役立っています。付け加えると、柵状組織を透過して弱くなった光はおもに緑色光です。緑色光は、本来クロロフィルに吸収されにくいのですが、海綿状組織で屈折を重ねることによって、葉緑体に何度も遭遇してかなりの量が吸収されます。緑色光の問題については、みんなのひろば登録番号1855に詳しく解説しています。
寺島 一郎(東京大学大学院理学研究科生物科学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2020-08-28
庄野 邦彦
回答日:2020-08-28