質問者:
自営業
malo
登録番号4859
登録日:2020-09-02
自然における生物の変容が面白いです。その中でも植物について知りたいです。胚や種子から発芽成長し、次世代を複製するサイクルに区切りは、つくのでしょうか。ソテツとヤシについては、その区切りさえも分かりません。人間の生死観とはかけ離れているようです。教えてください。みんなのひろば
ソテツとヤシの寿命を教えてください
補足:
つい先日、仲間たちと海浜へ植物観察に行きました。そこには多くのヤシとソテツが植えられていました。みずからの枯死を目前にして参加の老人たちは、それらの寿命に興味津々です。発芽から枯死までを生命体の1サイクルとする理解が、微生物や生命の存在態の解明とともに変化しているのではないかと。ヤシ・ソテツを木本とする定義にも疑問。そもそも木とは何かとも。死神が目の前にくると、湧き上がる想念に攻められるようです。さしあたり、ヤシ・ソテツなどの個体寿命が図鑑などをめくっても、十分な説明が見当たらないので、知りたいのがみんなの願いです。できれば年寄りの繰り言に、救いの手をお願いします。
malo様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問は自然科学の問題というよりは、どちらかというと「いのちの問題」という、学問的に取りあげれば哲学が論じる「死生論」のような気もしないではないですが、植物科学の見地から、植物の寿命について説明いたします。
寿命というのは個体が生まれてから死ぬまでの期間をいうわけですが、この長さはまず、それぞれの種によって遺伝的に決まっています。つまり遺伝子の情報に組み込まれています。しかし、実際には、その個体が生存する条件によって長くなったり、短くなったりします。これは植物も動物(勿論人間も)も同じです。植物の場合は、光、温度、水分、栄養などの環境要因の他、病虫害、獣害などの外部要因が大きく影響します。植物では一般に草本植物は寿命が短いですね。多くの草本は1年以内で寿命を終えます。このような植物は一年草と呼ばれています。中には1ヶ月ほどの短い期間で一生を終えるエフェメラル(短命)植物もあります。春の林間の植物には多いですね。翌年にまたがるものは2年(越年)草、毎年芽が出てくるものを多年草と呼んでいます。一年草は一年で個体が死んでしまい、次世代は種子から始まります。多年草も地上部は死んでしまいますが、地下部が生きていて、翌年そこから新しい地上部ができてきます。このように、一部の植物では地上部が死んでしまっても地下部が生きているので、寿命は尽きていないということになります。
これはどういうことかというと、動物では受精卵から胚が形成され、成長して成体になると、あとはその生体を作っている細胞が古くなると(細胞の寿命が来ると)作り替えられて、身体全体の機能を維持しようとします。他方、どんどん壊れていく細胞もあります。最終的には身体の細胞機能は衰えて、個体は老化し、死に至ることになります。ところが、植物の成長発生は動物とは全く異なって、身体の一部に常に胚と同じ状態の細胞群を保持しているのです。普通それは茎や枝の先端の茎頂にあり、茎頂分裂組織と呼んでいます。名前のように、細胞分裂で新しい細胞が常に作られています。これらの新しくできる細胞は茎軸の下方へ押しやられるに従って茎を作っている表皮細胞、皮層細胞、維管束細胞などのいろいろな細胞に分化していきます。また、茎頂の直下では外側に将来葉となる「葉原基」が作られます。このような分化が植物の一生を通じて繰り返されるのです。このような成長を栄養成長と言います。その結果植物の地上部は茎の基部が一番年をとった組織からできており、上に向かって若いという年齢の勾配ができているのです。そしててっぺんの茎頂は胚と同様のまだ分化しない組織ということになります。ですから、もし、この茎頂の分裂組織の活性がいつまでも続いていれば、植物はいつまでも栄養成長を続けることができることになります。しかし、草本植物では、茎頂で葉原基を作ることを指令している遺伝子のスウィッチが切り替わって、花芽を作る遺伝子が働くようになりますと、植物の栄養成長は止まり、生殖成長に入って、花が咲き、種子が出来て、個体は枯死することになります。一年草でも人為的に花芽ができないように育ててやると、寿命を延ばすことができます。多年草の場合は地下部に茎頂に相当する分裂組織が残されていて、環境条件が整うと、それが成長を開始して新しい地上部を作ることになります。
さて、次は木本植物(樹木)について説明します。樹木でも茎頂があって、そこに分裂組織があるのは草本植物と同じです。また、茎軸に沿って年齢勾配があるのも同じですし、茎頂での細胞分化、葉原基分化の仕組みも同じです。形態的に大きく違うのは、樹木では茎の古い部分(加齢した部分)の細胞・組織の大部分は木質化して硬くなり、死んだまま残り、骨格のように植物体を支持する組織になります。また、茎も内部(樹皮のすぐ内側)にある維管束分裂組織の働きで肥大成長が起こり、樹幹は太くなります(二次成長と言います)。しかし、茎頂での分裂組織の働きはいつまでも残されていて、栄養成長を続けます。従って、樹木は土壌の変化、異常気象、病気、虫害、獣害、水不足、などの外部要因に曝されるのでなく、もっとも適正な生育条件下で育てれば、寿命は限りがないとも言えます。草本植物の寿命が短いことは、草本の茎は強固な支持構造になっていないので、大きくなるには限度があるということと関係あるかもしれません。
すでにいろいろ調べておられることとは思いますが、世界にはかなり長生きの樹木があることが知られています。地上部で一番古い樹は樹齢約5000年と推定されている、米国カリフォルニア州のホワイトマウンテンに生えているBristlecone Pine(Pinus longaeva)と言うマツだと言われています。また、スェーデンで発見されたドイツトウヒは、地上部は600年くらいですが、地下部(根系)は9550年という古い例も報告されています。日本でも樹齢2000年前後の樹が各地で知られていますね。
maloさんがどうしてヤシとソテツにだけ目が止まったのかわかりませんが、実はどちらも長生きの木本植物です。しかし、両者はまったくかけ離れた植物です。ヤシと呼ばれているものは世界中で2500種以上ありますが、maloさんが見たのはどれでしょうか。日本では暖かい地方でよく植樹されている通称フェニックス(カナリーヤシ:Phoenix canariensis)でしょうかね。ヤシの寿命は種によりけりですが、大体60年から100年と言われています。ヤシは他の樹木と異なって木本性の単子葉植物です。近年報告された論文によると、ヤシの体を構成している細胞は芽生えた時からずっとそのまま生き続けている、つまり細胞の老化が起こらないそうです。普通の樹木では老化が起こらない細胞は茎頂分裂組織の細胞で、これは未分化の細胞です。しかし、体を構成している細胞は分化した細胞です。どうして老化が起きないのかということで、老人学の研究者も関心を持っているようです。ソテツはやはり木本ですが、裸子植物という被子植物が現れる前の古い時代の植物です。イチョウ、マツなどの仲間です。ソテツは成長が極めてゆっくりなので、そんなに大木にはなりません。寿命は長く、長い例は1000年という記載があります。
植物の細胞は動物の細胞と異なって、分化した細胞でも、条件さへ整えば幹細胞のように振る舞うことができるので、例えば、葉の細胞1個からでも全個体を再生することができます。だから、全能性を持つといわれます。植物のいろいろな生活スタイルや繁殖様式などを知ると、植物は実に柔軟性に富んだ生命体だと思います。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問は自然科学の問題というよりは、どちらかというと「いのちの問題」という、学問的に取りあげれば哲学が論じる「死生論」のような気もしないではないですが、植物科学の見地から、植物の寿命について説明いたします。
寿命というのは個体が生まれてから死ぬまでの期間をいうわけですが、この長さはまず、それぞれの種によって遺伝的に決まっています。つまり遺伝子の情報に組み込まれています。しかし、実際には、その個体が生存する条件によって長くなったり、短くなったりします。これは植物も動物(勿論人間も)も同じです。植物の場合は、光、温度、水分、栄養などの環境要因の他、病虫害、獣害などの外部要因が大きく影響します。植物では一般に草本植物は寿命が短いですね。多くの草本は1年以内で寿命を終えます。このような植物は一年草と呼ばれています。中には1ヶ月ほどの短い期間で一生を終えるエフェメラル(短命)植物もあります。春の林間の植物には多いですね。翌年にまたがるものは2年(越年)草、毎年芽が出てくるものを多年草と呼んでいます。一年草は一年で個体が死んでしまい、次世代は種子から始まります。多年草も地上部は死んでしまいますが、地下部が生きていて、翌年そこから新しい地上部ができてきます。このように、一部の植物では地上部が死んでしまっても地下部が生きているので、寿命は尽きていないということになります。
これはどういうことかというと、動物では受精卵から胚が形成され、成長して成体になると、あとはその生体を作っている細胞が古くなると(細胞の寿命が来ると)作り替えられて、身体全体の機能を維持しようとします。他方、どんどん壊れていく細胞もあります。最終的には身体の細胞機能は衰えて、個体は老化し、死に至ることになります。ところが、植物の成長発生は動物とは全く異なって、身体の一部に常に胚と同じ状態の細胞群を保持しているのです。普通それは茎や枝の先端の茎頂にあり、茎頂分裂組織と呼んでいます。名前のように、細胞分裂で新しい細胞が常に作られています。これらの新しくできる細胞は茎軸の下方へ押しやられるに従って茎を作っている表皮細胞、皮層細胞、維管束細胞などのいろいろな細胞に分化していきます。また、茎頂の直下では外側に将来葉となる「葉原基」が作られます。このような分化が植物の一生を通じて繰り返されるのです。このような成長を栄養成長と言います。その結果植物の地上部は茎の基部が一番年をとった組織からできており、上に向かって若いという年齢の勾配ができているのです。そしててっぺんの茎頂は胚と同様のまだ分化しない組織ということになります。ですから、もし、この茎頂の分裂組織の活性がいつまでも続いていれば、植物はいつまでも栄養成長を続けることができることになります。しかし、草本植物では、茎頂で葉原基を作ることを指令している遺伝子のスウィッチが切り替わって、花芽を作る遺伝子が働くようになりますと、植物の栄養成長は止まり、生殖成長に入って、花が咲き、種子が出来て、個体は枯死することになります。一年草でも人為的に花芽ができないように育ててやると、寿命を延ばすことができます。多年草の場合は地下部に茎頂に相当する分裂組織が残されていて、環境条件が整うと、それが成長を開始して新しい地上部を作ることになります。
さて、次は木本植物(樹木)について説明します。樹木でも茎頂があって、そこに分裂組織があるのは草本植物と同じです。また、茎軸に沿って年齢勾配があるのも同じですし、茎頂での細胞分化、葉原基分化の仕組みも同じです。形態的に大きく違うのは、樹木では茎の古い部分(加齢した部分)の細胞・組織の大部分は木質化して硬くなり、死んだまま残り、骨格のように植物体を支持する組織になります。また、茎も内部(樹皮のすぐ内側)にある維管束分裂組織の働きで肥大成長が起こり、樹幹は太くなります(二次成長と言います)。しかし、茎頂での分裂組織の働きはいつまでも残されていて、栄養成長を続けます。従って、樹木は土壌の変化、異常気象、病気、虫害、獣害、水不足、などの外部要因に曝されるのでなく、もっとも適正な生育条件下で育てれば、寿命は限りがないとも言えます。草本植物の寿命が短いことは、草本の茎は強固な支持構造になっていないので、大きくなるには限度があるということと関係あるかもしれません。
すでにいろいろ調べておられることとは思いますが、世界にはかなり長生きの樹木があることが知られています。地上部で一番古い樹は樹齢約5000年と推定されている、米国カリフォルニア州のホワイトマウンテンに生えているBristlecone Pine(Pinus longaeva)と言うマツだと言われています。また、スェーデンで発見されたドイツトウヒは、地上部は600年くらいですが、地下部(根系)は9550年という古い例も報告されています。日本でも樹齢2000年前後の樹が各地で知られていますね。
maloさんがどうしてヤシとソテツにだけ目が止まったのかわかりませんが、実はどちらも長生きの木本植物です。しかし、両者はまったくかけ離れた植物です。ヤシと呼ばれているものは世界中で2500種以上ありますが、maloさんが見たのはどれでしょうか。日本では暖かい地方でよく植樹されている通称フェニックス(カナリーヤシ:Phoenix canariensis)でしょうかね。ヤシの寿命は種によりけりですが、大体60年から100年と言われています。ヤシは他の樹木と異なって木本性の単子葉植物です。近年報告された論文によると、ヤシの体を構成している細胞は芽生えた時からずっとそのまま生き続けている、つまり細胞の老化が起こらないそうです。普通の樹木では老化が起こらない細胞は茎頂分裂組織の細胞で、これは未分化の細胞です。しかし、体を構成している細胞は分化した細胞です。どうして老化が起きないのかということで、老人学の研究者も関心を持っているようです。ソテツはやはり木本ですが、裸子植物という被子植物が現れる前の古い時代の植物です。イチョウ、マツなどの仲間です。ソテツは成長が極めてゆっくりなので、そんなに大木にはなりません。寿命は長く、長い例は1000年という記載があります。
植物の細胞は動物の細胞と異なって、分化した細胞でも、条件さへ整えば幹細胞のように振る舞うことができるので、例えば、葉の細胞1個からでも全個体を再生することができます。だから、全能性を持つといわれます。植物のいろいろな生活スタイルや繁殖様式などを知ると、植物は実に柔軟性に富んだ生命体だと思います。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2020-09-12