一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉面散布剤の吸収と代謝について

質問者:   大学院生   ぽんず
登録番号4969   登録日:2021-01-20
葉面散布剤は吸収が良い朝夕に散布するべきだと聞き、吸収の仕組みと時間帯について疑問を感じました。

登録番号3169の回答に、朝夕は植物の代謝活性がよくなるため吸収が良いとありました。しかし、登録番号3694に細胞内の液の濃度が高いほど(昼夕など)吸収されやすいともありました。

実際、葉面散布剤は朝昼夕夜のどの時間帯がもっとも吸収されやすいのでしょうか?
また、葉面からの吸収に関わっている代謝活性とは具体的にどのようなもので、なぜ朝夕に活発になるのでしょうか。

よろしくお願いします。
ぽんず さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
登録番号3694は、回答の冒頭にも明記されていますが植物細胞の水の吸収、移動について解説されたものでイオン、物質の移動や取り込みについては触れられていません。細胞が、その細胞質の溶質濃度より低い溶質濃度の外液と接した場合に、水は外液から細胞内へと移動することを説明しています。溶質の移動ではありません。
葉面散布液を1日のいつ頃散布したときに、散布剤はもっともよく吸収されるのか、と言うのがご質問の要点と理解します。すでに登録番号3169に述べられているように日中の葉面温度が高いときは避けるのがよいとされています。朝は、これから気温の上昇にともなって細胞活性が高くなるときです。一方夕方は、気温が下がり細胞活性が低下に向かうときですから朝の散布の方が吸収効率はよいと予想されています。日中は、照度も高く、葉面温度も上がり、ある程度になると光合成活性も低下するいわゆる「昼寝現象」が起こります。また、散布液の蒸発がおき、散布薬剤の濃度が上がり(散布剤の吸収より水の蒸発の方がはやいため)、水ポテンシャルが低下するので水は細胞から外へ移動して、細胞には水ストレスがかかるためむしろ有害です。したがって、敢えて言うならば朝がより適当と言えます。しかし、散布の目的が何かによって散布の仕方は異なります。栄養素の補完とするのか、病害予防、殺菌を目的とするか、成長調節を目的とするか,品質向上を図るかなどによって散布方法は異なります。
葉面散布は、物質(栄養素)を陸上植物に吸収させる主要な方法では無く、根の機能が何らかの条件で低下して根からのイオン吸収が低下したり、病原体感染により植物全体の機能が低下したり、あるいは特定の栄養素が欠乏したときの緊急措置として取られる手法でした。植物栄養の観点からは根からの栄養吸収が正常な姿ですが、近年では品質向上を目指す栽培技術としても注目されつつあります。
「葉面からの吸収に関わっている代謝活性とは具体的にどのようなものか」に関して判っていることは根からの栄養吸収に関わるもので、葉面散布においても同じような仕組みが働くと予想されます。吸収は、細胞膜を物質が通過する現象です。大学院生とのことですから、おそらく農学、生物学を専攻されているのでしょう。とすれば細胞膜の構造の概要はご存じと思います。細胞膜は、脂質二重層からなり、その中にいろいろなタンパク質が埋め込まれています。脂溶性の物質、極性のない物質(糖類など)は脂質二重層を移動できます(物質によりその効率は大きく異なります)が極性物質(水、アミノ酸など)や植物の栄養素である金属イオン類は移動できません。これらの移動(膜通過)は、タンパク質で構成される、それぞれに固有のチャンネル、輸送体(トランスポーター)があります。これらのチャンネル、トランスポーターは脂質二重層の中にはめこまれています。水の移動にはアクアポリンと言うチャンネルが、その他のイオンなどには固有のトランスポーター類があります。アクアポリンも細胞の状態によりチャンネルの太さを変えて流れる水の量を調節しますし、トランスポーター類はエネルギーを使い細胞の生理状態にしたがって機能を調節しています。
参考書、ネットでは図入りの解説がありますのでイメージをつかんで下さい。
植物Q&Aには関連するものが沢山あります。登録番号1155のほか「イオン輸送」「葉面散布」をキーとして検索して参考になさって下さい。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-02-11