一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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異なる科での似たような花の香りについて

質問者:   会社員   キビタキ
登録番号4981   登録日:2021-02-08
いつもわからないことをこちらで拝見し解決しています。ありがとうございます。

植物の香りについて疑問があります。
花の香りが近縁ではない種同士で似ていることがあります。
例えば日本水仙と蝋梅、ヤマユリとクサギ。多分同じ化学成分が多く含まれているのだと思っています。
疑問なのは、植物が異なる科で似た香りになった理由がなぜなのかです。訪花昆虫には同じ植物に来てもらいたいはずなのに。。
香りを真似すればお得意さんの昆虫が来てくれるかも?作戦なんでしょうか?
教えていただけたら嬉しいです。
キビタキ様

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問への回答はこの分野で研究をされている岐阜大学教育学部教授三宅崇先生にお願いして書いていただきました。なお、さらなる勉強のために参考文献を挙げていただきましたので、図書館ででも見つけて読んでいただけたらと思います。

【三宅先生の回答】
花の特徴を訪花昆虫と結びつけて考えているのは、さすが普段から植物を観察されている方の発想だと感心します。訪花昆虫が花を探す上での手がかりとして花の香りは機能していますから、香りを手がかりに昆虫が花を探索している場合、同じ香りを出すことで同種間の花粉移動が促進されます。これは香りに限らず、花の色や形も同様の効果を持っています。
さて、動物(昆虫以外の場合もあります)が花を探索する上で、どのような特徴を手がかりとするかは、動物によって異なります。ですので、逆に言えば、同じような種類の動物に送粉を依存している植物の花は、分類群が異なっていても同じような特徴を持つように進化していることがしばしばあります。これを送粉シンドロームといい、収斂進化の一つといえます。例えば、鳥が送粉する花は赤くてあまり匂いがないものが多く、一方で夜行性のスズメガという蛾に送粉される花は白っぽい色でいい香りがするものが多くみられます。ただし、香りが似ていると感じられても、必ずしも同一の化学物質が放出されているというわけではなく、スズメガが送粉する植物の花ではテルペン類に属する化学物質が主成分であることが多いようです。
ヤマユリとクサギはいずれも昼間はチョウ、夕方から夜にはスズメガに送粉されており(Miyake & Inoue, 2003; Nakajima et al., 2018)、香りの類似はまさにスズメガの送粉に適応した結果ではないかと思われます。ヤマユリではβ-オシメン、クサギではリナロールといったどちらもテルペンの一種が主成分です(Miyake et al., 1998; Morinaga et al., 2009)。
一方で、ニホンズイセンとロウバイの香りの類似の理由はよくわかりません。ニホンズイセンはイスラエルの方ではスズメガが送粉しているという報告もありますが、ロウバイに関してはハエが主たる送粉者のようです。送粉者は異なっていますが、香りの物質としては酢酸ベンジルやβ-オシメンが主成分ということで共通しており(Azuma et al., 2005; Chen et al., 2013)、確かに化学物質レベルでよく似ています。植物の揮発性化学物質は、送粉者誘引以外にも、食害防御など別の用途にも関わっており、別の理由により同じような香りになったのかもしれません。
「香りを真似すれば」というのは、花粉や花蜜といった報酬を送粉動物に提供しない“騙し花”ではありうる作戦です。ただし、特定の別種の花に似た香りを出す、というよりも、産卵場所に似た腐敗臭を出してハエを誘引する(コンニャクなど)とか、雌バチのフェロモンに似た匂いを出して雄バチを誘引する(オーストラリアのハンマーオーキッドなど)といった例がよく知られています。“騙し花”が特定の別種の花を真似する、という例はあまり多くなく、「なんとなく一般的に花っぽい見た目や香りをする」ことで経験の浅い昆虫の訪花を期待する例が多い(花蜜を出さない多くのランなど)ようです。

石井 博(2020)花と昆虫のしたたかで素敵な関係―受粉にまつわる生態学. ベレ出版.
種生物学会 (編)(1999)花生態学の最前線―美しさの進化的背景を探る. 文一総合出版.
三宅 崇(岐阜大学教育学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2021-02-23