一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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前葉体(植物)の枯死とその判定

質問者:   大学院生   コウ
登録番号4984   登録日:2021-02-10
いつもこの掲示板を楽しく拝見しています。
私は植物栽培が趣味で、特にシダ植物が気に入っています。そのため、道端のシダ植物の観察なども日課になっています。

前述の通り、道端のシダ植物観察をしているとシダ植物の前葉体も見ることができます。そこの前葉体を観察してかなり経つのですが、一向に成長しない個体も複数見られます。それらの前葉体が縮れているため、私はその個体が既に枯死しているのではと考えています。しかし、確実に枯死しているのかどうかの判定方法がわからず、自分の中での結論が出せずにいます。
気になってネットなどで植物の死およびその判定方法について調べましたが、こちらのサイトの登録番号0932および3595に記載されている植物の死の定義等についての質問などが見つかるのみで有力な情報は得られていません。
調べるうちに葉緑素計などの測定方法にたどり着きましたが、前葉体の大きさは1cm以下のため、測定をするのは困難であると考えています。
登録番号0932および3595の質問では、判定方法までは記載されていなかったので、今回の本質問を投稿させていただいた次第です。
植物を破壊しないまたは、植物へのダメージを最小限に抑えつつ、個体死の判定を誰でも簡単にできる方法はありませんか?また、研究者の方はどのような方法で科学的に植物の個体死判定をしているのかご存じでしたらお伺いしたいです。
コウ様

植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
本コーナーの登録番号0932, 3595 を見られておられるとのことですので、植物の個体死の定義はなかなか難しいことをご理解頂いていることと思います。そこで植物体ではなく、葉の老化から死(枯葉)にいたる過程を考えてみますと、ごく初期に葉緑体の分解の過程があります。したがって、葉緑体を含む前葉体に、お考えのように葉緑素計を用いることを考えられたのは妥当だと思います。質問内容には前葉体の大きさ(長軸の直径?)が1cm以下なので測定が困難だろうと推定されていますが、私が葉緑体計の仕様を調べてみましたところ、SPAD-502 Plus (コニカミノルタ)では、2mm x 3mm で測定可能なようです。十分使えるのではないでしょうか?
その他の方法としては、培養細胞やプロトプラストの生死の判別に用いられている色素による染色法があるかと思います。エバンスブルーという色素は、生細胞の細胞膜を透過しませんが、死細胞では透過して細胞が青色に染まります。一方、ニュートラルレッドという色素を生細胞は積極的に取り込みピンク、あるいは赤色に染まり、細胞分裂も行いますが、死細胞は取り込めません。また、蛍光性エステラーゼ基質であるフルオレセインダイアセテートも用いることができます。この基質はそれ自体は蛍光を発しませんが、細胞内にエステラーゼ活性があるとエステル結合が切れて蛍光を発するようになります。生細胞では黄緑色の蛍光を発します。ただし、この場合は蛍光顕微鏡が必要です。これらの方法は、培養細胞やプロトプラストでは行ったことがありますが、前葉体でできるかどうかはわかりません。ぜひ確かめてみて下さい。
染色法以外では、組織片で原形質分離を用いて生死を判別した例もあります。切片を高張液に漬けることで生細胞は原形質分離をおこします。まだ他にも方法があるかもしれませんが、思いついた簡便な方法としてはこれくらいです。以上は、細胞あるいは組織の生死判別法についてであって、ご質問の個体の生死の判別法ではありませんが、前葉体の生死の判別には使えるかもしれません。
しかし、一般的な植物個体の生死判別法になると、登録番号0932, 3595 の回答にありますように個体死の定義が明確でありませんから、作成するのが困難なことは理解して頂けるかと思います。論文に記載するときなど、死という用語を使うときには、褐変して成長が止まったものを死とするとか、萎れてその萎れが回復しないものを死とするとか個別に注釈をつけることになるでしょう。

なお、植物の細胞生存率について、本コーナーの 登録番号4613 にも解説があります。参考になると思いますのでご覧になって下さい。
庄野 邦彦(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-03-01