質問者:
大学生
lilium
登録番号4988
登録日:2021-02-15
異型花柱性とS遺伝子座について質問させていただきます。異型花柱性
異型花柱性に興味があり、本で調べていたところ、主な植物ではSsが短花柱、ssが長花柱である、S遺伝子座にはおしべの長さ、めしべの長さなどを決める遺伝子がのっており、それらは強く連鎖している、自家和合性の等花柱花などは組み換えによって生じるとありました。
ソバの長等花柱花の自家不和合性がS遺伝子座内の組み換えによるものかを確かめる研究でも、花粉またはめしべのS機能の欠如ではなく、組み換えによるものと説明できる結果が得られたとのことでした。
しかし、最近の研究を調べているうちに、Sハプロタイプのみに存在する遺伝子が複数あり、Sハプロタイプとsハプロタイプで遺伝的な組み換えを起こすことがないとありました。
これまで長く組み換えによるものであるという説が信じられてきた背景には、先程挙げたソバでの実験や、単花柱の花や花粉の形態に組み換えによると考えられる結果が出ていたからではないかと思うのですが、短花柱型がSsではなくヘミ接合体だとすると、なぜこれまで組み換えを裏付けるような結果が出ていたのでしょうか。
遺伝子分野の専門ではないため、認識の違いなどがありましたら、申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
lilium様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問への回答は、自家不和合性の現象について研究を続けておられる東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫教授にお願いし、同研究室の高田美信博士が素案をを作り、渡辺教授にまとめていただきました。詳しく明快な説明ですので、ご納得いただけると思います。
【高田先生・渡辺先生の回答】
植物の生殖の仕組み、それも「異型花柱性」に興味があるというのは素晴らしいですね。ご存じとは思いますが、異型花柱性について簡単に説明しておきます。異型花柱性(Heterostyly)は、チャールズ ダーウィンが1877年にサクラソウ(プリムラ)を用いた花器官形態の違いに関する著書(Different forms of flowers on the plants of the same species)を発表をして以降、多くの研究者が興味を持ち、研究が行われました。遺伝学的には、優性遺伝子(S)は短花柱を表現し、劣性遺伝子(s)は長花柱を表すと仮定すれば、長花柱花(ピン)がssの遺伝子型、短花柱花(スラム)がSsという遺伝子型となります。優性遺伝子(S)が機能型と言うことから、優性遺伝子を持つ花粉と雌ずいでは不和合性を示します。それに対して、劣性遺伝子(s)同士では、不和合性を示さないという遺伝学的モデルが構築されました。交雑実験で時折、遺伝的モデルに反する同形花が出現することから、S遺伝子座上には雌ずい、雄ずいの長さ、花粉の大きさ、雌雄の不和合性因子がひとつの塊として存在していると考え、複合遺伝子と見なされてきました。
そうした古い交雑実験とは独立に、近年、全遺伝子情報であるゲノムの塩基配列を様々な種で決めることが容易になったことから、モデル植物と言われたシロイヌナズナ、イネなどとは異なる性質を持つ植物種でもゲノムの全塩基配列が研究され、公開されつつあります。そうした中には、先述のサクラソウのゲノム解析の論文もあります。そうした論文によると、遺伝子の塩基配列から想像されるタンパク質の機能予測から、優性遺伝子(S)上には、花に関する形態を制御しそうな遺伝子が見つかっていますが、不和合性に関わる因子がどの遺伝子かと言うことについては、詳細は分かっていません。また、劣性遺伝子(s)には、これら一連の遺伝子が欠落しているというのが、ゲノムの塩基配列からの結論です。
これらの状況を踏まえて、S遺伝座内での対立遺伝子間の組換えがあるのか、ないのかと言うことになります。ダーウィンの発表以降の精力的な交雑実験に用いられたソバやプリムラ等では、短花柱花(Ss)と長花柱花(ss)の交雑後代から組換え体を探そうとした実験は多くありますが、組変わらない、つまりhomostyly(同型花)の植物個体が出現しなかったという報告も多く存在しています。一方で、長等花柱花は稀に出現しましたが、短等花柱花個体は実験的に出現する頻度は極めて稀であったようです。このように、実験をした人によって結果が異なることについては、それぞれの実験で材料に用いた植物種、系統、品種が異なることが原因として考えられます。植物は近縁種との間で雑種を得ることが容易であることから、実験を行った当時は同種と思って交雑していても、実は異なる種であったとか、その逆と言うこともあると思います。このような実験により、遺伝学実験の結果が必ずしも、異なる実験者で同じにならないということではないかと思います。また、今から100年近く前の実験も多くあり、そうした実験に用いた実験材料が現在、同一のものを手に入れられないという問題もあり、過去の実験を厳密に再現できないのも現状です。
では、ご質問のようにS遺伝子座内で組換えがあったような結果の解釈になったのかと言うことですが、実験を行った当時、遺伝的結果にあわないようなものが出たときに解釈可能なモデルは、突然変異、あるいは遺伝的な組換えということだったので、そのような解釈をしたと推察されます。ここまでの議論は基本、花の形についてです。花の形を制御する遺伝子は、一般的にS遺伝子座とは異なるところに、多数存在しています。そうした遺伝子との相互作用を説明する上で、遺伝的な組換えという解釈が説明しやすかったこともあったのかも知れません。いずれ、現時点では、優性遺伝子(S)と劣性遺伝子(s)の間で組換えは起きてないと考えることが、ゲノム情報からの解釈になります。また、優性遺伝子(S)上の花形態、自家不和合性等を制御する個別の遺伝子には、対立遺伝子間で遺伝的な多様性があり、個別の遺伝子ごとに正常に機能したり、弱く機能するなどの違いを生じさせている可能性があり、そうしたことから、優性遺伝子(S)にも完全なものから弱い表現型のものがあり、そうしたことも遺伝的な組換えを想起させるような結果になったのではないかと、考えます。
先達の実験に興味を持ち、検証することはとても大事なことであり、そうしたことが現在の遺伝子、ゲノムが分かるようになった時代にどの様に解釈することができるのか、是非、この異形花型自家不和合性だけでなく、様々な生命現象で考えて見てください。そうすることで先達が何を考えて実験し、どの様に解釈しようとしたのか、そうした観察結果、解釈を今のことばでどの様に説明できるのか、そんなことをすることで過去の実験を行った先達も喜んでいるのだと思います。自然への興味、先達への心を忘れず、植物を観察してみてください。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ご質問への回答は、自家不和合性の現象について研究を続けておられる東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫教授にお願いし、同研究室の高田美信博士が素案をを作り、渡辺教授にまとめていただきました。詳しく明快な説明ですので、ご納得いただけると思います。
【高田先生・渡辺先生の回答】
植物の生殖の仕組み、それも「異型花柱性」に興味があるというのは素晴らしいですね。ご存じとは思いますが、異型花柱性について簡単に説明しておきます。異型花柱性(Heterostyly)は、チャールズ ダーウィンが1877年にサクラソウ(プリムラ)を用いた花器官形態の違いに関する著書(Different forms of flowers on the plants of the same species)を発表をして以降、多くの研究者が興味を持ち、研究が行われました。遺伝学的には、優性遺伝子(S)は短花柱を表現し、劣性遺伝子(s)は長花柱を表すと仮定すれば、長花柱花(ピン)がssの遺伝子型、短花柱花(スラム)がSsという遺伝子型となります。優性遺伝子(S)が機能型と言うことから、優性遺伝子を持つ花粉と雌ずいでは不和合性を示します。それに対して、劣性遺伝子(s)同士では、不和合性を示さないという遺伝学的モデルが構築されました。交雑実験で時折、遺伝的モデルに反する同形花が出現することから、S遺伝子座上には雌ずい、雄ずいの長さ、花粉の大きさ、雌雄の不和合性因子がひとつの塊として存在していると考え、複合遺伝子と見なされてきました。
そうした古い交雑実験とは独立に、近年、全遺伝子情報であるゲノムの塩基配列を様々な種で決めることが容易になったことから、モデル植物と言われたシロイヌナズナ、イネなどとは異なる性質を持つ植物種でもゲノムの全塩基配列が研究され、公開されつつあります。そうした中には、先述のサクラソウのゲノム解析の論文もあります。そうした論文によると、遺伝子の塩基配列から想像されるタンパク質の機能予測から、優性遺伝子(S)上には、花に関する形態を制御しそうな遺伝子が見つかっていますが、不和合性に関わる因子がどの遺伝子かと言うことについては、詳細は分かっていません。また、劣性遺伝子(s)には、これら一連の遺伝子が欠落しているというのが、ゲノムの塩基配列からの結論です。
これらの状況を踏まえて、S遺伝座内での対立遺伝子間の組換えがあるのか、ないのかと言うことになります。ダーウィンの発表以降の精力的な交雑実験に用いられたソバやプリムラ等では、短花柱花(Ss)と長花柱花(ss)の交雑後代から組換え体を探そうとした実験は多くありますが、組変わらない、つまりhomostyly(同型花)の植物個体が出現しなかったという報告も多く存在しています。一方で、長等花柱花は稀に出現しましたが、短等花柱花個体は実験的に出現する頻度は極めて稀であったようです。このように、実験をした人によって結果が異なることについては、それぞれの実験で材料に用いた植物種、系統、品種が異なることが原因として考えられます。植物は近縁種との間で雑種を得ることが容易であることから、実験を行った当時は同種と思って交雑していても、実は異なる種であったとか、その逆と言うこともあると思います。このような実験により、遺伝学実験の結果が必ずしも、異なる実験者で同じにならないということではないかと思います。また、今から100年近く前の実験も多くあり、そうした実験に用いた実験材料が現在、同一のものを手に入れられないという問題もあり、過去の実験を厳密に再現できないのも現状です。
では、ご質問のようにS遺伝子座内で組換えがあったような結果の解釈になったのかと言うことですが、実験を行った当時、遺伝的結果にあわないようなものが出たときに解釈可能なモデルは、突然変異、あるいは遺伝的な組換えということだったので、そのような解釈をしたと推察されます。ここまでの議論は基本、花の形についてです。花の形を制御する遺伝子は、一般的にS遺伝子座とは異なるところに、多数存在しています。そうした遺伝子との相互作用を説明する上で、遺伝的な組換えという解釈が説明しやすかったこともあったのかも知れません。いずれ、現時点では、優性遺伝子(S)と劣性遺伝子(s)の間で組換えは起きてないと考えることが、ゲノム情報からの解釈になります。また、優性遺伝子(S)上の花形態、自家不和合性等を制御する個別の遺伝子には、対立遺伝子間で遺伝的な多様性があり、個別の遺伝子ごとに正常に機能したり、弱く機能するなどの違いを生じさせている可能性があり、そうしたことから、優性遺伝子(S)にも完全なものから弱い表現型のものがあり、そうしたことも遺伝的な組換えを想起させるような結果になったのではないかと、考えます。
先達の実験に興味を持ち、検証することはとても大事なことであり、そうしたことが現在の遺伝子、ゲノムが分かるようになった時代にどの様に解釈することができるのか、是非、この異形花型自家不和合性だけでなく、様々な生命現象で考えて見てください。そうすることで先達が何を考えて実験し、どの様に解釈しようとしたのか、そうした観察結果、解釈を今のことばでどの様に説明できるのか、そんなことをすることで過去の実験を行った先達も喜んでいるのだと思います。自然への興味、先達への心を忘れず、植物を観察してみてください。
高田美信/ 渡辺正夫(東北大学大学院生命科学研究科植物分子育種分野)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2021-02-28
勝見 允行
回答日:2021-02-28