一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物での銀染色法について

質問者:   大学生   川上
登録番号0500   登録日:2006-02-02
今、ネギ科の植物を用いて銀染色法で染色体の活性NOR部位を染めるということをやっています。

私は

1. 0.02gのクエン酸ナトリウム(C6H5Na3O7・2H2O)を500mlの蒸留水に溶解した後,蟻酸でpH3.0に調製した溶液1mlに硝酸銀を0.6g溶かす。
2. 1,2滴,1.の硝酸銀溶液をスライドグラス上に滴下し,55℃で30分〜2数時間incubate。
3. 染色体が黄色に染色されたら,ただちに蒸留水に浸してよく洗い,乾燥させ検鏡。

というような流れでやっています。

しかし、私はどのようなしくみで活性NORが染まるのかということがわかりません。
調べても「転写産物と反応する」だとか「酵素タンパクと反応する」としか書いていないので詳しいことがわかりません。
どんな官能基とどんな結合が行われているのでしょうか?
そして、そもそも銀でなくてはいけないのでしょうか?

かなり困っています。お手数ですが、教えていただければうれしいです。

川上 さん

この質問については、染色体の染色に詳しい松永幸大先生(大阪大学大学院)にお答えを頂きました。ご参考にして下さい。

 
銀染色は植物染色体に限らず、真核生物の染色体における活性NOR(rRNA遺伝子が活発に転写されているnucleolus organizer region)を検出される手法として用いられます。実験のやり方はこれでOKです。染色体の銀染色は、銀の染色特異性を最大限に利用した方法です。特に銀染色で染まるタンパク質は好銀タンパク質と呼ばれ、そのタンパク質はNORに集積しています。最近、このタンパク質がどんなタンパク質か同定されて、NucleolinとB23というタンパク質であることがわかりました。このタンパク質はrRNA転写とともに量が変動します。つまり、rRNA転写が活発な場合、好銀タンパク質のNucleolinとB23の蓄積量が増えるので、間接的に活性NORと判断できるわけです。調べてみると、銀染色の染色物質に関して色々な記述があったんですね。こういう場合は定説がなかった、もしくは、はっきり結論がでてなかった良い例ですね。また教科書に書いてあることが必ずしも正しいとは限らない良い例でしょう。この染色体の銀染色もあまりにも転写活性と一致するので昔から「RNAポリメラーゼ1を染める」とか「転写産物であるRNAを染める」とか間違った仮説が立てられていたんですね(今でも信じている先生がいるかも)。実はRNAポリメラーゼIも好銀タンパク質の一種なのですが、その相対的存在量はNucleolinとB23に比較して極めて低いので、RNAポリメラーゼIの増減が染色の濃淡に影響することはありません。それではさらに、NucleolinとB23のどの領域が銀と反応しているかというと、NucleolinとB23のN末端にある酸性アミノ酸領域(B23の場合はアスパラギン酸の連なった領域)と銀が結合することが分かっています。単純に、ある官能基があれば銀と結合すると言うわけでもなく、タンパク質の3次元構造を考えて銀の錯体の配位を考える必要があることが示唆されています。銀染色の原理について現状の理解はここまでです。またさらに、銀染色原理の解明について進展があるかもしれませんね。

実は染色法の中には、「なぜ染色されるのか?」原理がわかっていない染色法が多いんですよ。実は、「やってみると染まったから使っている」という方法がたくさんあります。植物の細胞を染めるときにも様々な染色物質を使います。今後、様々な染色法の原理が科学的に解明されて、新しい染色法や染色物質が創製される時代が来ると思います。

 松永 幸大(大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
 佐藤 公行
回答日:2006-02-07