一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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サクラの花びらはすぐに分解されてしまうのか?

質問者:   会社員   おばさん
登録番号5032   登録日:2021-03-30
この時期に一斉に咲いたサクラを見て疑問に思ったのですが、散った後の桜の花びらはどこへ行ってしまったのでしょうか?
一本のサクラの木に付くサクラの花びらは相当な量だと思います。花びらが散る様子は綺麗ですし、地面や排水溝などに花びらが溜まっている様子もよく見ます。ただしサクラの時期が終わると、この花びらはすぐに消えてなくなってしまうイメージを持っています。サクラの花びらは、他の花もしくは他の植物器官(枝や葉など)と比べて、土や水の中ですぐに分解してしまうような性質があるのでしょうか?
よろしくお願いいたします。
おばさん様

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。質問を歓迎します。
サクラの花弁が他の植物の花弁より分解されやすいということはないと思います。また、花弁の一般的な性質から考えて、植物にとっては散った花びらを分解させずに長く保つ積極的な理由は無いようです。

花びらの役割
植物は、他家受粉により有性生殖するものが地球上で多数を占めています。他家受粉の利点としては、子孫の遺伝子の組み合わせが多様になるため、変動する外敵や気候条件に対し適応する個体が生じる確率を高めているからだと考えられています(付記参照)。時によりあるいはほとんど常に、自家受粉により有性生殖するもかなりありますが、全体としてみれば他家受粉により子孫を残すものの方が多数派です。

他家受粉の問題点は、胚珠が受粉可能となった時に、同じ種に属する他の花の花粉を受け取る可能性を高く保つために、両者のタイミングを合わせることです。他家受粉をする植物は、花粉を運んでくれる動物をうまく利用しています。利用する動物は、昆虫(蝶、蜂など)、鳥、コウモリなど植物により異なりますが、いずれも運んでくれる動物に蜜や花粉など(動物にとって餌)を準備しており、動物は花を訪れることにメリットがあるので、結果的に受粉に協力することになります。胚珠と花粉の準備ができると、植物は花粉を運んでくれる動物を引き付けるために、目立つ形と色の花びらをつけたり、揮発性成分(動物にとって芳香)を発したりして花粉媒介者にアピールします。たとえて言えば、「さあいらっしゃい、おいしい蜜や花粉をそろえてお待ちしています」というようなものです。

いろいろな色や形の花弁は、動物を引き付けるための広告のようなもので、受粉が済んでしまえば御用済みです。ケーキを包む箱やリボンは無駄だともいえましょうが、販売を増やすには有効で、ケーキを食べた後はそれらを廃棄してもいいという前提で、生産と消費が行われているのに似ています。花弁を作るために植物は有機物を消費することになりますが、花弁を分解してその成分を枝や幹に回収するにもコストがかかるので、多くの植物はそのようなことは積極的には行っていないように見えます。花の時期が過ぎれば散ってしまう花弁をあのように沢山つけるのはもったいないように感じられるかもしれませんが、花弁の成分を回収するコストに比べれば、捨て去る方がコストがかからないのかもしれません。なお、園芸品種のサクラやウメなどの花は、次世代の子孫を残すよりも景観を花やかに見せるために、過剰に花びらをつけるように選抜されているものも多くあるでしょう。落ちた大量の花びらは目につくことがありますが、自然界でも、里山のコナラは、秋には、毎年のように多量のドングリの実を地上に落としています。ずいぶん無駄で非効率なことをしているようにもみえますが、1つの個体が平均的に一生のうちに1個を下回らない子孫を残すためには有効な戦略だとも評価できます。

花粉を運ぶ昆虫では、蝶や蜂が目につきますが、花粉を媒介してくれる動物としては、蛾(蝶と同じ昆虫目)を利用する植物の方が多といわれています(蛾は、昼間は活動が低いので、ヒトの目につきにくい)。蛾を多く利用する植物は、受粉のタイミングを揮発性の匂い物質の放出により花粉媒介者に知らせています。数年前、東京大学付属植物園のショクダイオオコンニャクが、腐った肉のような異臭を発する大きな花序をつけたことがマスコミで報じられました。なお、この花の場合、主な花粉媒介者は、甲虫類だといわれています。

付記:有性生殖をする植物の利点については、みんなのひろば「植物Q&A」で、「有性生殖」を検索語として調べ、下記の登録番号のものが役立つかとおもいます。
 登録番号1654, 2493他多数

植物細胞の外敵からの防御戦略
 植物の周りには、カビ、昆虫、草食哺乳動物等、植物を餌とする(あるいは害を与える)生物がうようよしています。これらに対して、植物は、テルペン類、アルカロイド類、フェノール性化合物などを合成して身を守っていますが、防御力は限定的であり、また、防御物質の合成にはコストがかかります。ヒノキの樹皮などは木にとって長期間利用するのでコストをかけても割に合いますが、花びらは花粉媒介者を必要な時に引き付ける目印になればよいだけなので、用が済めばコストをかけて寿命を延ばす利点はないでしょう。花びらに含まれる防御物質の量は一般的に低いと考えられ、散った花びらは、自然界で速やかに分解されていきます。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-05-03
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