一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物細胞の物質輸送

質問者:   教員   k
登録番号5048   登録日:2021-04-17
授業で生体膜と物質の出入りについて取り扱うのですが、準備の段階で疑問が出ましたので質問させていただきます。
細胞膜では膜貫通タンパク質が存在し、物質の輸送やシグナルの受容、細胞の結合などをしているのはわかるのですが、細胞壁を持つ植物ではどのように隣の細胞壁へ物質の輸送をしているのでしょうか。原形質連絡が細胞壁にはありますが、大きくても分子量800ほどしか通過できないと書かれていました。それ以上の物質は隣の細胞への輸送でも、すべて師管を用いた輸送になるのでしょうか?
さらに、葉の細胞と師管がどのようにつながっているのかわかりません。細胞内で作られた分子量800以上の物質がどのように師管の細胞までたどり着けるのかも教えていただけると幸いです。
また、植物ホルモンは細胞膜にある受容体に結合するという記載をしている教科書をみましたが、これは師管を通って運ばれたホルモンが原形質連絡を通って細胞膜にたどり着くと解釈していいのでしょうか?
kさん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
多細胞陸上植物内の物質の移動を整理してみます。細胞は細胞壁同士で接着されています。そのため、細胞壁は植物個体全体に一連の編み目状に連結しています。細胞壁にはいろいろな酵素、たんぱく質が分泌されていますが、セルロースを主体とする高分子多糖類から構成されていますので親水的であり水溶液で満たされています。つまり、個体の水路はすべてつながっていることになります。これがアポプラストです。
細胞壁の内壁に密着して細胞膜があり、細胞膜内が呼吸や物質代謝の場で、隣同士の細胞の細胞膜は特殊な場合を除き直接接触していません。細胞膜(細胞小器官の膜を含め)はご存じの様に脂質二重層から出来ていて、その中にいろいろな蛋白質がはさまっています。前記した細胞膜連絡の特殊な場合とは、隣同士の細胞質が原形質連絡(Plasmadesmata, PD)を介し細胞壁を貫通して細胞質同士がつながっていることです。細胞壁の場合と同様に、細胞質はPDを介してすべて連絡しています。これがシンプラストです。個体内の物質の移動の観点から見ると、細胞質と細胞壁間の移動とPDを介した細胞質間の移動に大別されます。これに、維管束系による長距離移動がありますが、維管束系に物質が移動することは前記の2つによります。
前置きが長くなりましたが、ご質問は次の3点ですので順にお答えします。

(1)「細胞壁を持つ植物ではどのように隣の細胞壁へ物質の輸送をしているのでしょうか」
多くの農薬のような脂溶性低分子物質は細胞膜の脂質膜を濃度勾配に従って直接通り吸収されます。水溶性の低分子物質、無機イオン類は細胞膜にある膜貫通型の蛋白質であるトランスポーターと細胞膜を貫通して形成されたチャンネル(トンネルのようなもの)で細胞質と細胞壁の間の移動に携わっています。細胞壁側に排出された物質はアポプラスト系での中距離移動も可能ですが長距離には維管束系が主要なものです。水はアクアポリンと言う細胞膜に局在する蛋白がチャンネルを通ります。チャンネルの太さは細胞質側の必要度によって変化し、水の濃度(つまり浸透圧)の差で物理的に移動します。外から与えた栄養素(肥料塩)はアポプラストからそれぞれ特異なトランスポーターで細胞質へ取り込まれます。トランスポーターの多くはエネルギー(ATP)を利用します(ABCトランスポーターがその例です。ATP Binding Cassetteの略号)。

(2)「原形質連絡が細胞壁にはありますが、大きくても分子量800ほどしか通過できないと書かれていました。それ以上の物質は隣の細胞への輸送でも、すべて師管を用いた輸送になるのでしょうか」
原形質連絡は隣同士の細胞膜が細胞壁を貫通して連絡したトンネルのようなものでその中を小胞膜(ER)も通っています。その物理的サイズから考えると分子量800程度が通過限界と言われていますが(いろいろなサイズの多糖類を用いた実験値でもあります)、アクチンとかミオシンと言った伸縮に関わる蛋白やその他未知の蛋白質などもある複雑な構造ですので通過する分子の大きさや性質によってトンネルの太さは大きく変化します。したがって、多くのタンパク質が支障なく通過することが出来ます。花成ホルモンであるFT蛋白質はおよそ20kDa、転写因子の多くは50~500kDaの範囲ですがPDを通過します。また、ウイルスゲノムは移行蛋白質(Movement Proteins)の遺伝子をもっており、宿主細胞の蛋白合成系を借用して移行蛋白を作り、これがウイルスゲノムと結合することでPDを通過できるようになります。この仕組みで局所的に感染しても全身に感染が広がります。

(3)「植物ホルモンは細胞膜にある受容体に結合するという記載をしている教科書をみましたが、これは師管を通って運ばれたホルモンが原形質連絡を通って細胞膜にたどり着くと解釈していいのでしょうか」
植物ホルモン類の細胞内への移行はトランスポーターやパーミアーゼ(permease)などにより、長距離移行は維管束系を介しています。維管束系から隣接細胞への移行は前記(1)のとおりです。植物ホルモン活性を開始する最初の関与分子が「受容体」で、その多くは細胞質内にあります。受容体は細胞質内で植物ホルモンと結合して活性化され、信号を固有の信号伝達系に送ります。ただし、サイトカイニンは細胞膜にあるヒスチジンキナーゼの一種が受容体で、これがサイトカイニンとの結合で活性化されいわゆるリン酸化リレーを通じて信号を伝達します。信号伝達系は最後に活性発現の初発となる遺伝子発現(転写)をもたらします。多くの場合、初発遺伝子発現を抑制している分子が植物ホルモン・受容体蛋白質の結合により抑制が解除される仕組みになっています。

なお、このコーナーでも関連する沢山のご質問があります。「チャンネル」、「トランスポーター」、「原形質連絡」で検索して頂ければ、かなりお役に立つと思われる記載がありますので是非ご参考になさって下さい。
今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-05-05