一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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土壌pHの科学的な意味

質問者:   会社員   ぴろきち
登録番号5058   登録日:2021-04-27
土壌pHの科学的な意味がよくわかりません。
土壌pH測定方法として、自然乾燥させた土40gを水道水100gに溶かし上澄み液のpHを測定する、というような方法がインターネットで見受けられます。
ここで測定している水素イオンは、秤量した土を構成する鉱物表面に付着、あるいは繊維質内部に含有していた電解質由来でしょう。
一方で、一定質量の土壌を構成する鉱物等の物質の総表面積は土壌によって違うはずです。構成物の密度と平均粒径に依存するでしょう。よって、上の方法で調べた上澄み液のpHが同じであっても、
酸性物質の質量/土壌構成物の総表面積・・・A
は必ずしも同じとは言えません。
とするとAの値が大きい土壌では、植物の根が実質的に曝されるpHは低い、ということが言えないでしょうか?
もしそうであれば、pH試験紙などで調べた土壌pHを云々しなければいけない理由は何なのでしょうか?する意味はあるのでしょうか?
ぴろきちさん

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pH(水素イオン指数)とは
pH(ピーエッチ、ペーハー)は溶液の酸性・アルカリ性の程度を表す物理量で、水素イオン指数とも呼ばれます。希薄溶液のpHは、水素イオン(H+)のモル濃度をmol/L(記号はM、molar)単位で表した数値の逆数の常用対数で、正負の符号を逆にしたものにほぼ等しくなります。例えば、水溶液中のH+イオン濃度が10-7 M、10-6 Mなら、pHはそれぞれ7.0、6.0です。(非常に厳密にいうと、溶液の体積は温度により、膨張または収縮します。そこで、水に物質が溶けている溶液の濃度の物理化学的厳密な定義として、溶媒(水)1 kgに溶質1 molが溶けているものを、濃度1 molal(スペルの違いに注意)とするやり方もあります。しかし、実験操作上、モル濃度をM (molar)であらわす方がmolalであらわすよりもはるかに便利なので、生化学の分野では、もっぱらMが使われます。)

緩衝液とは
生体中のpHは生物の様々な働き(酵素活性、細胞の活性など)に大きな影響を及ぼします。そこで細胞の中では、溶液中のH+イオン発生、吸収源に変化があってもpHの変化が極端にならないように、細胞に含まれている物質が働いています(これを緩衝作用といいます)。例えば、リン酸(H3PO4)の水溶液は、溶液中のH+の濃度に依存して、H3PO4 ⇔ H++H2PO4- (pK1=2.15、第一解離定数) ⇔ 2H++HPO42- (pK2=6.82、第二解離定数) ⇔ 3H++PO43- (pK3=12.38、第三解離定数)のように電離します。細胞内のpHはほぼ中性なので大部分の分子はHPO42-の状態にありますが、酸性側に傾くと(溶液中のH+濃度が上昇傾向を示すと)反応はやや左側に(H+濃度が元の状態よりも極端に上昇しない方向に)進み、アルカリ性に傾くと反応はやや右側に(H+濃度が元の状態よりも極端に下がらない方向に)進んで、pH変化が極端にならないように、自動調節されるようになっています(細胞のホメオスタシス)といます。
細菌、微細藻類、細胞などを培養するときに培養液のpHという用語が出てきますが、細菌等を含む液は溶液ではなく懸濁液なので、厳密なpHの定義からは外れる部分もあります。しかし、この用語を培養液等に拡張して使うのは大変便利なので、大部分の生物学者は事情を承知の上で、この用語を使っています。

土壌のpH
土壌となると、pHの定義からはさらに外れることになり、質問者が「土壌pHの科学的な意味がよくわかりません」というのも科学的態度としてはもっともです。他方、実用的には、植物栽培上の重要な指針となるので、厳密性は多少犠牲にしてこの用語が準用されています。一般的には、慣例的に、質問者が記載したように、土壌40gに水100mLを加え、攪拌静置してえられる水層のpHを測定しているようです。pHは、加えた水と土壌との解離平衡に達した水分部分のpHを測定してことになります(水に不要な部分も、イオン交換樹脂のように、水分部分のH+の解離に関係しているのです)。農作物が土中の栄養素を吸収する主な経路は、土壌+水→イオンなどを含む土壌水→根の表層となりますので、上記の便宜的やり方でも、植物の無機質吸収経路に近い状態を反映しており、植物栽培上は有益な情報が得られることになります。測定で得られるpH値は、様々な解離基の働きの総合した値になります。石灰(主成分:CaCO3)は土壌pHをアルカリ側に、鹿沼土(ケイ酸塩を含む)やピートモス(カルボキシル基などを含む)は酸性側に移すのによく用いられます。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-05-04