質問者:
大学院生
りんりん
登録番号5106
登録日:2021-06-09
初めて質問させていただきます。ケシ科の生態
先日、遅めのナガミヒナゲシが咲いているのを見つけて不思議に思うことがありました。
ケシ科の植物は花を咲かせる前、こうべを垂れるように蕾を下に向けて、それを持ち上げてから花を咲かせますが、この運動がたいそうなコストに思えます。
そのほかの多くの植物のように、まっすぐに伸びずに曲がった状態から蕾を持ち上げるのには理由は何かあるのでしょうか。
どうぞよろしくお願いいたします。
りんりん さん
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
ケシ属の花茎が蕾期に頷くように下向きになる(以後、頷き状態と呼びます)が開花期には上向きに立ち上がる現象は古く(19世紀中期)から植物生理学者の関心を呼んだものです。陸上植物の地上部(茎葉)は重力の方向と反対に伸長する(負の重力屈性)一方、根は重力の方向に伸長する(正の重力屈性)を示すのが通常だからで、ケシ属の花茎は正の重力屈性を示す時期があるのではないかとの疑問がもたれたからと思われます。しかし、これに対し、蕾期の花茎は 蕾の重さに耐えられないで頷くのだと解釈する研究者もあり、議論の的になっていたようです。1979~1983年にかけ、大阪市立大学の増田芳雄博士を中心とする研究者達がヒナゲシを用いてこの現象を再検討されていますのでそれらの報告に基づいてお答えすることにします。
この回答は、上記の研究に参画された西谷和彦博士(現神奈川大学理学部)のお考えを伺いながら作成しました。
ヒナゲシでは蕾をつけた花茎が伸長しはじめ、蕾の頷き状態を保ちながら伸長を続け、開花直前にほぼ直立、開花するまでほぼ10日間かかります。屈曲する部分は常に蕾に近い部分の花茎で、基部の花茎は時間の経過とともに(花茎組織の成熟をともなっています)直立していきます。
花茎が伸び始め、先端の蕾が0.3g前後になると花茎の頷きが始まり蕾は下向きなります。この間、花茎は伸長しながら蕾の重さは増加し続けます。このとき、蕾の重さを消去するように外力を蕾先端に加え続けた個体(頷かないように吊り上げたような状態)では、花茎が成長した後(開花の前)では、外力を除いても頷きは起こりません。花茎伸長の各時期に花茎を切り取って、切片に外力を加え曲がりやすさを測定すると、蕾に近い花茎から切り出した切片は曲がりやすく、下方にある直立している部分から切り出した切片は外力を加えても殆ど曲がらない(物理的に丈夫になっている)。これらの結果から次のように推論されています。
1)蕾の成長期には蕾の重さ支えるだけ花茎の物理的強度が強くないので頷く。
2)花茎の伸長とともに頷き部分も上昇し、常に蕾に近い部分にあり、それより下部の花茎は直立していく。
3)開花直前に立ち上がるのは、花茎組織の成熟とともに強度が増すので、負の重力屈性が顕れる。
4)花茎成熟にともなう強度の増加は、主として維管束導管細胞の発達によると思われ、それには蕾から輸送されるオーキシンが関与していると推定される。
何故、このような挙動をとるのかの生理、生態的理由は分かりませんが、蕾の成長中は、花茎よりも蕾に資源を投入する方が有利だから、また開花、果実形成時には、小さな種子を広い範囲にまき散らすにはなるべく高い位置にあった方が有利だから、とは考えられます。
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
ケシ属の花茎が蕾期に頷くように下向きになる(以後、頷き状態と呼びます)が開花期には上向きに立ち上がる現象は古く(19世紀中期)から植物生理学者の関心を呼んだものです。陸上植物の地上部(茎葉)は重力の方向と反対に伸長する(負の重力屈性)一方、根は重力の方向に伸長する(正の重力屈性)を示すのが通常だからで、ケシ属の花茎は正の重力屈性を示す時期があるのではないかとの疑問がもたれたからと思われます。しかし、これに対し、蕾期の花茎は 蕾の重さに耐えられないで頷くのだと解釈する研究者もあり、議論の的になっていたようです。1979~1983年にかけ、大阪市立大学の増田芳雄博士を中心とする研究者達がヒナゲシを用いてこの現象を再検討されていますのでそれらの報告に基づいてお答えすることにします。
この回答は、上記の研究に参画された西谷和彦博士(現神奈川大学理学部)のお考えを伺いながら作成しました。
ヒナゲシでは蕾をつけた花茎が伸長しはじめ、蕾の頷き状態を保ちながら伸長を続け、開花直前にほぼ直立、開花するまでほぼ10日間かかります。屈曲する部分は常に蕾に近い部分の花茎で、基部の花茎は時間の経過とともに(花茎組織の成熟をともなっています)直立していきます。
花茎が伸び始め、先端の蕾が0.3g前後になると花茎の頷きが始まり蕾は下向きなります。この間、花茎は伸長しながら蕾の重さは増加し続けます。このとき、蕾の重さを消去するように外力を蕾先端に加え続けた個体(頷かないように吊り上げたような状態)では、花茎が成長した後(開花の前)では、外力を除いても頷きは起こりません。花茎伸長の各時期に花茎を切り取って、切片に外力を加え曲がりやすさを測定すると、蕾に近い花茎から切り出した切片は曲がりやすく、下方にある直立している部分から切り出した切片は外力を加えても殆ど曲がらない(物理的に丈夫になっている)。これらの結果から次のように推論されています。
1)蕾の成長期には蕾の重さ支えるだけ花茎の物理的強度が強くないので頷く。
2)花茎の伸長とともに頷き部分も上昇し、常に蕾に近い部分にあり、それより下部の花茎は直立していく。
3)開花直前に立ち上がるのは、花茎組織の成熟とともに強度が増すので、負の重力屈性が顕れる。
4)花茎成熟にともなう強度の増加は、主として維管束導管細胞の発達によると思われ、それには蕾から輸送されるオーキシンが関与していると推定される。
何故、このような挙動をとるのかの生理、生態的理由は分かりませんが、蕾の成長中は、花茎よりも蕾に資源を投入する方が有利だから、また開花、果実形成時には、小さな種子を広い範囲にまき散らすにはなるべく高い位置にあった方が有利だから、とは考えられます。
西谷 和彦/今関 英雅(神奈川大学理学部/JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-06-29