一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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酵母が与える植物への影響

質問者:   会社員   かもしたもやし
登録番号5146   登録日:2021-07-03
先日某蒸溜所の見学に行ってまいりました。
元々の地形や樹木を極力残しているらしくとても気持ちのいい環境でした。
係の人に場内を案内されてふと気付いたのですが、
普段よく目にする広葉樹・針葉樹共、樹皮が黒いのです。
不思議に思い係りの人に尋ねると酵母のせいではないかとのこと。
酵母でどうして樹皮が黒くなるのか教えて戴きたく宜しくお願い致します。
かもしたもやし様

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。蒸留所というのはXXディスティラリーと呼ばれているウイスキーなどの蒸留酒を製造するところですね。こういう所はもともと水質の良い場所を選んで作られていますから、周囲の自然環境も樹木の豊かな所が多いようですね。
さてご質問の酵母で「樹皮が黒くなる」という現象は寡聞にして知りませんでした。しかし、本当に酵母の所為でしょうか。酵母だとすると蒸留酒の原料となる主として麦類の発酵に必要な酵母が流出して付近の樹々の樹皮で繁殖しているということでしょうかね。だとすると原料となるビールの発酵に使われる酵母菌(Saccharomyces pastorianus)がそのような作用を持つことになります。また、樹木にも酵母は存在しますが、これは樹液酵母と呼ばれていて、幹の樹液の中に含まれているもので、何種類もの子のう菌酵母が混じっています。樹が傷つけられたりすると樹液が流れ出て樹液酵母の働きで主としてオレンジ色の粘菌のような塊を作ります。ナラ類の切り株などによく見られます(ネットで検索してください)。
ご質問の内容は植物(樹木の)病理に関係することのように思えます。当学会の守備範囲ではありませんので的確な回答はできませんが、調べてわかる範囲での回答をいたします。
本当は写真があるとわかりやすいのですが、樹皮が黒いというのはどの程度なのでしょうか。見える範囲の樹肌は全面黒くなっているのか、部分的なのか、それとも黒いスポットが広がっているのか、枝や葉には影響はないのかなど。
ご質問にある黒い樹皮というのは酵母菌が原因であるより何か他のことが原因だと思われます。例えば工場の煙突から出る煙に含まれる煤は長年の間にそのような現象をもたらします。生態学上有名なのは、英国のマンチェスター工業地帯に生育しているブナやカシの樹の樹幹が煤が原因で黒化してしまい、そのためそこに生息していたオオシモフリエダシャクのもともと灰白色だった翅が黒くなったという例があります。しかし見学された蒸留所ではこのようなことはないと思います。もっとも考えられるのは色々な種類の樹木や栽培植物に見られるスス病です。糸状菌の一種のカビによる病気ですが、葉、枝、幹が影響を受け、煤で覆われたようになり、手当しないと枯死します。いずれにしろ普通の酵母が外部から色々な樹の樹皮上で繁殖し、樹皮の黒化もたらすという例は調べてみましたがみつかりませんでした。

しかし、このような例は知られています。フランスのブランデー、コニャック生産地で「ブラック・ベルベット」と呼ばれる黒カビがあり、これは「天使の分け前」と呼ばれるコニャックの蒸気が原因で繁殖するそうです。他方アメリカのケンタッキー州で名産バーボンウイスキーの生産が盛んなある地域で、やたらに黒カビが発生し、家具調度、道路標識など至る所で被害が出ており、これは蒸留酒から出るエタノールがカビの繁殖を促しているとのことです。エタノールが多い環境で、屋根の上や建築物の外壁といった日当たりの良い場所で繁殖するカビです。同地域の人が訴訟を起こしているそうです。この菌の正体はJames Scottというカナダの菌学者が発見して「Baudoinia compniacensis」と命名しました。子嚢菌類に属しているので、広い意味の酵母の一種ではあります。アメリカでは the angels' share fungusとかwarehouse staining moldとも呼ばれているそうです。かもしたもやしさんが見たのは周囲の樹木ということですが、建物の壁などにも広がっていればこのカビの可能性もありますね。もっと情報がないとわかりませんが。ネット上でBaudoinia compniacensisで検索するとたくさん項目があります。参考になるかもしれません。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-07-28