一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

窒素固定オルガネラはなぜできなかったのか

質問者:   会社員   おかべ
登録番号5152   登録日:2021-07-07
生物の共生に興味があります。というかヒトも含め共生体としての生物に興味があります。
植物ではミトコンドリア、葉緑体とそれぞれ原核生物を取込み、究極の共生としてオルガネラ化
しているというのが、現在の科学の理解だと思っています。

そこで、同様に窒素固定バクテリアをオルガネラとして細胞に取り込むという進化があってもいいのでは
ないかと思いました。
なぜ窒素固定に関してはこのようなことがおこらなかったのかについての研究などはあるのでしょうか
おかべ さん

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
ご質問は、根粒菌共生の生物学を追究されておられる、川口正代司先生(基礎生物学研究所)から次の様なお答えを頂きました。

【川口先生の回答】
興味深い質問をありがとうございます。私が知っている範囲でお答えします。
 ポマトはご存知でしょうか?ポマトは1978年にマックスプランク研究所のMelchers博士がトマトとジャガイモより単離したプロトプラストを細胞融合法により融合させて作出した体細胞雑種植物です。ほぼ同じ時期に、マメ科植物の根粒から感染細胞を単離し、タバコのプロトプラストと融合させる実験が行われました。
 実験の概要を説明すると、まずエンドウの根粒より感染細胞のプロトプラストを細胞壁分解酵素により単離します。感染細胞には根粒バクテリアが細胞内で共生しています。次にそのプロトプラストとタバコ葉肉細胞より単離されたプロトプラストをポリエチレングリコール(PEG)によって凝集させます。その後PEGを溶出させると異種細胞は融合されて、完全に球形の融合細胞ができたというものです。東京大学の庄野邦彦博士と長田敏行博士らによる研究です。その融合細胞が分裂し個体再生すれば根粒バクテリアをオルガネラのように細胞内にもつ植物が作出できそうです。しかしこれまで感染細胞の分裂・再生に成功した人はいません。
 その理由の一つとして、バクテリアが共生した感染細胞は核内倍加をおこし細胞分裂能が失われるということがあります。核内倍加とは有糸分裂を経ずゲノムの複製が行われる現象で、根粒の感染細胞が64 n、128 nとDNA量が増え細胞が肥大化して行きます。肥大化した細胞は根粒バクテリアのニッチ獲得には良いのですが、細胞分裂できないためにカルスにならないのです。
 2つ目の理由として、窒素固定を行うバクテリアのニトロゲナーゼが酸素によって失活しやすいことがあげられます。窒素固定バクテリアと呼吸をするミトコンドリアは機能的にそもそも1つの細胞内で共存することが難しいのです。根粒の感染細胞はヘモグロビンを高蓄積することで、細胞内を低酸素分圧に保ち窒素固定を行っています。
 3つ目の理由として、ニトロゲナーゼは多くのATPを消費することがあげられます。窒素固定にはコストがかかり、多くの光合成産物を必要とします。その分植物が成長するために必要な生体エネルギーが奪われてしまうのです。
 根粒バクテリアがオルガネラ化した感染細胞が、なぜ分裂できないのか、再生できないのか、ニトロゲナーゼに必要な生体エネルギーをどのようにして供給されるのかを調べることによって、将来窒素固定バクテリアを含む植物が誕生するかもしれませんね。共生窒素固定は光合成によるCO2の固定も重要であり、地球環境問題にも役立ちそうです。

 ちなみに、藻類のある種の珪藻では、窒素固定バクテリアが細胞内共生しオルガネラ化している現象が知られています。筑波大学の稲垣祐司博士と東北大学の中山卓郎博士らによる発見で、単細胞レベルではオルガネラ化の進化は起きています。
川口 正代司(基礎生物学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2021-08-24