一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物由来のアルカロイド

質問者:   大学院生   りんりん
登録番号5165   登録日:2021-07-25
こんにちは。植物の二次代謝産物について関心を持っており、特に有毒植物についてお伺いさせていただきます。

植物の中には二次代謝産物としてアルカロイドの仲間を合成するものが知られており、アルカロイドはごくわずかな量で作用すると聞きますが、アルカロイドはなぜ少量でも私たちにとって有毒となりうるのでしょうか。

また、アルカロイドに限ったことではないかもしれませんが、動物にとっての有毒成分は他の植物に対しては効果がないのでしょうか。
または他の植物にも影響が出るのでしょうか。そして、影響の有無の決め手となる要因とは、なんなのでしょうか。

神経伝達を妨げる物資であるならば、そもそも神経細胞で情報伝達を行う動物がその毒の影響を受けるようにも思われますが、いささか体制に還元してしまうのも短絡的な気がしております。

どうぞよろしくお願いいたします。
りんりん さん

みんなのひろば 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
日本薬学会によると、「アルカロイドは元来、植物由来の窒素を含む有機塩基類で、強い生物活性を有する化合物群」と定義されたものですが、類似の化合物で動物由来のものや合成物質にも強い生物活性があることがわかってきたため、最近では「アミノ酸や核酸など別のカテゴリーに入る生体分子を除いて、広く含窒素有機化合物」とされているものです。したがって動物に対し生物活性を示さないものも含まれることになりますが、逆に植物が産生する有毒物質がすべてアルカロイドとは限りません。
多様な植物種が多様な有毒物質を産生する生態的意味として、自己防御の仕組みと考えられています。植物は動物にとって「食物」であり、場合によっては「営巣の材料」であり、また経験的に身体的不調をやわらげる「薬草」ともなっています。一方、植物の立場としては、同じ生物ですから自己種の繁栄を求める力が強く、動物に食べられないような仕組みを持った種が進化過程で生き残ってきたものです。その1つの手段が動物に有毒な物質(毒)を産生、蓄積することであったと言うことです。
同じようなことは、花の受粉効率をたかめ種子を確実に生産、広く散布する手段として花粉媒介昆虫や鳥を誘引するため報酬として蜜を用意し、甘く、芳香を放つ果実を実らせ、動物に食べられることで種子の散布を図ることにも見られます。

「アルカロイドはなぜ少量でも私たちにとって有毒となりうるのか」:生物活性の強い毒物質の産生をする変異種が生き残ってきたためと解釈できるものです。人類はそれらの毒物質を化学的に吟味して人類生存に役立つ医薬品として利用しているものです。

「動物にとっての有毒成分は他の植物に対しては効果がないのでしょうか。または他の植物にも影響が出るのでしょうか。」
この疑問について、京都大学 生存圏研究所の矢崎一史先生に伺い、次のような解説を頂きました。

【矢崎先生の解説】
1)内在性のアルカロイドを液胞内(あるいは細胞外)へ効率よく輸送/隔離することで、自らに対する毒性を回避している。この輸送蓄積機構を持たない別の生物(動物も植物も)は、毒性を被ってしまいます。細胞内での隔離です。
2)上と似ていますが、毒物質の蓄積に特化した細胞、組織をもっている。具体例としては、香り成分のモノテルペンで、それを作る植物(シソやミントなど)の培養細胞にモノテルペン与えると、自分の代謝産物なのに結構毒性を示します。これら植物がモノテルペンを集積するのは、葉の上にできる 0.1 mm 程度の「毛(腺鱗)(腺細胞、特化したトリコーム)」だけであり、葉の細胞の 99.9% は全く香り成分を作っていないので、毒性を被りません。ちなみに、腺鱗の中でモノテルペンはクチクラの下のキャビティー(細胞の外)に安全に貯められています。
3)ニコチンなどは、アセチルコリンレセプターに強く結合する神経毒として低濃度で効くので、神経系を持たない植物には毒性を示さない。動物と植物における生体内信号伝達法の違いによるものです。
4)カンプトテシンのようなトポイソメラーゼ(DNAの複製、転写などのときに生じるDNA鎖の捻れを解消する酵素)の阻害作用をもつアルカロイドを作るキジュ(カレンボク、ミズキ科)やチャボイナモリ(アカネ科)では、自身の酵素上の作用部位にあるアミノ酸に変異を持っていて、これら生産植物は自分の作るアルカロイド(ここではカンプトテシン)に不感受性になっている(自分自身のトポイソメラーゼはカンプトテシンで阻害されないように変異している)。
5)パクリタキセルは、細胞分裂時に働く紡錘体微小管の脱重合を阻害することが細胞毒性の機構です。これを生産するイチイは、微小管の作用部位のアミノ酸に変異を持っていて、このアルカロイドが結合できず、細胞分裂が阻害されない仕組みになっています。
アルカロイドを産生する植物は、アルカロイドの毒性が発現する標的蛋白質の構造を変えてアルカロイドの毒性に耐性を示すように変異していることになります。かなり巧妙なメカニズムですね。
矢﨑 一史/今関 英雅(京都大学生存権研究所/JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-08-13