一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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炭酸水の植物に与える効果について

質問者:   中学生   中学生
登録番号5212   登録日:2021-08-25
水と炭酸水でそれぞれ豆苗を水耕栽培で育てています。炭酸水は成分表示で水と二酸化炭素のみのものを水と1:1の割合で希釈したものを使用しました。

種を水と炭酸水にそれぞれ一晩浸し、種まき。茎が少し伸びるまでアルミホイルで遮光、その後は窓辺で栽培しました。

結果、遮光している間は水の方が成長し、収穫時は若干水の方が成長しているけどほぼ同じぐらいに成長しました。

種まき前に炭酸水につけたことで酸欠になることは考えられるでしょうか?遮光していたので光合成は行えず、呼吸により酸素がたくさん必要でそれが不足した以外に思い付かず、なぜ成長の具合に違いが出たのか気になっています。根から二酸化炭素を吸収することもあり得ますか?
中学生さん

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。質問を歓迎します。
一般に植物の種子は実った直後は発芽抑制物質の濃度が高く、そのため発芽しにくくなっていることがあります。
中学生さんが使った豆苗の種は、休眠状態にはないので、水、温度、空気が適当な環境に置かれると、正常に発芽しているようです。なお、興味があるなら、いろいろな植物の休眠と発芽については、みんなのひろば 植物Q&Aで、「発芽」を検索語として調べ、登録番号4852, 1241の回答が特に参考になるでしょう。
植物は発芽時に、細胞が分裂したり成長したりしますが、このとき溶液のpHの影響を受けます。植物の種類によりますが、酸性が強いと成長が抑制される植物もあります。
炭酸ガス(二酸化炭素、CO2)は水に溶け、その一部は水分子と二酸化炭素が結合して炭酸(H2CO3)となり、炭酸は(1)、(2)のように電離します(なお、H2Oと結合せず、CO2の形で溶けているものも一定の割合でありますが、ここでは詳しくは触れないでおきます):
H2CO3 ≒ H+ + HCO3- (1)
HCO3- ≒ H+ + CO32- (2)
電離によってH+イオンを出すので、炭酸水は酸性となります。大気中の濃度(約400ppm)のCO2を純水に十分吸収させると、水溶液のpHは約5.6となります。したがって、CO2を含んでいなかった純水も室温で十分な時間空気と触れる状態に置いておくと、pHは7.0から約5.6に下がります。中性の水溶液のpHは7.0ですから、それよりもやや酸性の溶液になるのですが、この程度の酸性度では、一般的に植物に対する影響は軽微でしょう。私たちの感覚でも、汲み置いた水道水を飲んでも、酸っぱい水だとは感じない程度の差です。市販の炭酸水は、炭酸を非常に高濃度に含み、溶液のpHが4付近になるものもあるようです。中学生さんは、種まきとその後の成長に使った炭酸水中の炭酸濃度は変化しないと考えているようですが、栓を開けたとたんに、炭酸は次第に大気中に失われて行き溶液中の濃度は低くなります(pHは上昇します)。いわゆる「気の抜けたビール」、「気の抜けたサイダー」となります。
炭酸水のpHを調べるには、pH指示薬をしみこませたpH試験紙を使うといいでしょう。変色域がpH約4-6のものを使い、封を切ったばかりの炭酸水と、種子を浸した液のpHを測定してください。最初は、pH変化が大きいでしょうから、日に2回程度は測定することが必要でしょう。実験に炭酸水を使ったとしても、開放容器に入れた炭酸水中の炭酸濃度はどんどん低下していきます。一両日中に炭酸はほとんど抜けて、pHが上昇するのではないでしょうか?
さて、質問に戻り:
【種まき前に炭酸水につけたことで酸欠になることは考えられるでしょうか?遮光していたので光合成は行えず、呼吸により酸素がたくさん必要でそれが不足した以外に思い付かず、なぜ成長に違いが出たのか気になっています。根から二酸化炭素を吸収することもあり得ますか?】
☆空気中には酸素(O2)が約21%(体積比)含まれています。炭酸水程度で酸欠になることはありません。工場などの火災で、水をかけると薬品と水が反応するので水を消火に使えない場合は、締め切った部屋に高濃度のCO2をどんどん注入し、酸素を断つことにより、酸欠状態にして消火を助けることがあります。この場合は、酸素濃度を極めて低くするために、部屋のCO2濃度はおそらく98%以上にすることが必要でしょう。したがって、今回の実験では、酸欠による影響は考えにくいと思います。二酸化炭素が根から吸収されることはあり得ますが、今回の実験ではその効果は無視していいでしょう。
この実験では、初期には光合成は行われないので、炭酸の悪影響としては、植物細胞を取り巻く水溶液が酸性化して、細胞の代謝系や物質輸送系が乱された可能性が考えられます。細胞の伸長や増殖は、植物に接している水のpHによって影響を受けます。園芸関係のサイトで調べたところ、緑豆の栽培には、酸性土壌は好ましくないので、これを中和するために苦土石灰(CaやMgの化合物を多く含み、アルカリ性)をすき込むことが推奨されています。
話は変わりますが、人類の活動により、特に化石燃料の燃焼時に発生する硫黄酸化物や窒素化物などが大気中に放出され、これらが「酸性雨」となって、生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されています。この場合は、特に光合成系が悪影響を受けやすいといわれています。一部の地域では、酸性雨による森林の衰退が顕著に見られ、酸性雨の原因物質の排出が規制されるようになっています。(公害問題について興味があれば、「EICネット:環境情報案内・交流サイト」で検索して調べてください。)
結論として、この実験で、炭酸水につけた程度で緑豆が酸欠になるとは、考えにくいことです。私たちが「炭酸水を」飲んでも、ヒトは酸欠にはなりません。
空気中のCO2濃度は約0.04%です。多くの植物の光合成にとって、この濃度のCO2は不十分なので、プラスチックフィルムで覆った施設園芸では、空気中のCO2濃度を高めてやると、光合成が促進され、収量が上昇する植物もあります。今回の実験は、主に暗所での実験なので、光合成の影響はない条件です。

櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2021-09-05