一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉挿しで根が出るのに新芽が出ない理由

質問者:   一般   ふぉるもーさ
登録番号5226   登録日:2021-09-12
趣味である熱帯性のブドウ科樹木(Leea属)を育てています。一本の主幹から巨大な羽状複葉が数枚出るタイプの樹木で、これを葉挿しで増やすため複葉柄の途中で切断して水または土に挿しておくと、葉柄から盛んに発根します。活着したかのように見えるのですが、そのまま半年~一年栽培しても全く新葉が出ず、最後には根だけが鉢いっぱいに広がった状態で地上部が枯れてしまいます。一方で、頂芽や側芽を含む主幹を切断して同様に挿しておくと、発根と同時に新芽が展開してちゃんと成木になります(ただし、この方法は主幹と葉のみからなる本樹種では親木へのダメージが大きく、実用的ではありません)。

ここで疑問なのは、葉(柄)部分の組織が、根には簡単に分化できるが新芽には分化できない生理的な理由と、これが植物(とくに樹木植物)では一般的なのかという点です。

同樹種の自生地では、葉から発根している個体は見たことがありませんし、仮に地面に接した葉から発根したとしてもそれが独立個体として生育できないのなら適応的意義はあまり無さそうなので、不思議に思っております。
ふぉるもーさ様

植物Q&Aのコーナーを利用下さりありがとうございます。
回答は植物の器官分化にお詳しい杉山宗隆先生にお願いしました。お忙しい中、非常に詳しい回答を頂きました。

【杉山先生の回答】
葉挿しによる栄養繁殖で新しい根(不定根)や新しい芽(不定芽)が形成される仕組みについては、まだ十分に解明されておらず、加えておそらく植物種や生理条件、環境条件によっていろいろと異なる点があると思いますので、明快にお答えするのが難しいのですが、以下、私なりの理解の範囲で回答させていただきます。
まず葉挿しで不定根と不定芽の両方を形成して植物体を再生する場合に不定根と不定芽ができる順序に注目しますと、たしかに不定根が先行するものが多いようです。
また葉挿しで不定芽を形成することが知られている植物は限られますが、不定芽を形成できなくても不定根だけなら形成できるという植物は多々あるようです。
これらのことから、ご指摘のように、不定芽よりも不定根を形成しやすいという傾向が窺えます。

次に不定根や不定芽の形成要因を見てみます。
根の形成の誘導には、植物ホルモンの一種であるオーキシンが重要な役割を果たします。
一方、芽の形成では、サイトカイニンという別の植物ホルモンが鍵を握っています。
オーキシンもサイトカイニンも植物体の様々な部位で合成されていますが、オーキシンは茎頂部や若い葉など、サイトカイニンは根端領域などが主要な合成部位であるのが一般的です。
オーキシンはまた、方向性のある輸送(極性輸送)を受け、葉では全体としては基部の方に向かって運ばれています。
この他、葉柄の切断という物理的傷害それ自体も、不定根や不定芽の形成のきっかけとなる刺激として働きます。

これらを考え合わせると、葉挿しでは、葉内のオーキシンが極性輸送によって運ばれて葉柄の切り口部分に蓄積し、このオーキシンと傷害によって不定根形成が誘導される、不定根が発達してくると、サイトカイニンの合成が高まって、やがてサイトカイニンの作用で不定芽の形成が誘導される、という図式が浮かび上がってきます。
最近この図式に関し、ロリッパ(Rorippa aquatica)というアブラナ科の水生植物を用いた研究(京都産業大学の木村成介先生のグループによる研究)で、裏付けとなるような興味深い結果が示されています。
ロリッパは再生能力が高く葉の断片から植物体を再生できるのですが、これは葉の基部側切り口からの不定根形成が起きてから不定芽の形成が起きるもので、葉挿しによる栄養繁殖と基本的には共通の経緯を辿ります。
この再生過程における遺伝子発現や植物ホルモン内生量の解析の結果によれば、オーキシン応答の増大、根の形成に関わる遺伝子の発現上昇、サイトカイニン合成の活性化、サイトカイニン応答の増大、芽の形成に関わる遺伝子の発現上昇と進行しており、オーキシン蓄積→不定根形成→サイトカイニン増大→不定芽形成という流れが読み取れます。
ただし、サイトカイニン増大は不定根の中でサイトカイニンが合成された結果ではなく、傷害やオーキシンによって不定根形成と並行してサイトカイニン合成が活性化したためかもしれません。
いずれにしても、不定根形成は葉内のオーキシンが切り口に集まるだけで誘導されるのに対し、不定芽形成にはサイトカイニンの合成が活発になってサイトカイニン濃度が適度なレベルまで増大することが必要であり、このことが不定根形成の方が不定芽形成より起きやすい理由の一つであろうと思われます。

ちなみに植物の組織培養では、組織片に人為的に植物ホルモンを与えて、不定根や不定芽の形成を制御します。
高濃度のサイトカイニンを与えると、それだけで不定芽を形成する場合も少なくありませんが、一旦高濃度のオーキシンで処理してカルスを作らせてから(天然のオーキシンではなく極性輸送で運ばれないタイプの人工オーキシンを使ったり、高濃度のオーキシンと高濃度のサイトカイニンで同時に処理することで、不定根ではなく、不定形の増殖細胞塊であるカルスを誘導できます)、高濃度のサイトカイニンを与えると、いきなり高濃度のサイトカイニンを与えるよりも、不定芽の形成が起きやすくなることが、様々な植物で知られています。
このときのカルスは根とよく似た性質をもっていることが知られており、根的状態を介して不定芽形成に至るという点では、葉挿しで不定根ができてから不定芽ができるのと、ある意味共通しているとも言えそうです。                                   
杉山 宗隆(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2021-10-09