一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の胞子について

質問者:   教員   ふじもり
登録番号5272   登録日:2021-11-08
生物の図説を読んでいたところ疑問が生じましたので質問させていただきます。
図説には、「植物の生活環には配偶体と胞子体という段階があり、配偶子をつくる植物体を配偶体、胞子をつくる植物体を胞子体という。」というようなことが書かれています。
ですが、胞子ではなく種子で生殖する種子植物にも胞子体の段階は存在しており、この定義とは矛盾すると考えました。
そこで色々と調べてみたところ、「胞子とは、減数分裂によって生じる直後の細胞のことであり、被子植物における胞子とは、花粉四分子と胚嚢細胞のこと」という記述を見つけました。
胞子とは、菌類やコケ植物、シダ植物などが生殖の際につくる生殖細胞のことだと認識していましたが、被子植物における胞子も、この胞子と本質的には同じものなのでしょうか?
それとも、同じ名称を用いているだけで別物なのでしょうか?
また、裸子植物における胞子は花粉と胚嚢細胞でいいのでしょうか?
ご教示いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願い致します。
ふじもり樣

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。植物学上の用語にはまだ昔に付けられた名前が残っている事がありますので、理解しにくい事も有るとおもいます。ご質問への回答は自然科学研究機構 基礎生物学研究所 生物進化研究部門教授の長谷部光泰先生にお願いして書いていただきました。

【長谷部先生の回答】
ふじもりさんが調べられたとおり、「胞子とは、減数分裂によって生じる直後の細胞」、「被子植物における胞子は散布されないが、コケ植物やシダ植物の胞子と本質的に同じである」という理解が正しいです。一方、裸子植物における胞子は、雄は、花粉ではなく花粉四分子の一つの細胞で雄性胞子と呼び、雌は雌性胞子と呼びます。胚嚢細胞は被子植物だけの特殊な用語です。以下に詳しく説明してみます。

多くの動物は減数分裂で1倍体で単細胞の生殖細胞(精子と卵)ができ、生殖細胞が受精して2倍体の多細胞の体ができます。一方、陸上植物は、減数分裂で1倍体の細胞(胞子)ができ、胞子が細胞分裂して多細胞の配偶体ができ、配偶体が体細胞分裂して生殖細胞(精子と卵)ができます。胞子と多細胞の配偶体を作る点が植物の特徴です。約5億年前に緑藻類から進化し上陸した最初の陸上植物も、このような生活史でした。そして、胞子は胞子体から散布されていました。現生のコケ植物、小葉植物、シダ植物は、その生活史を引き継いでおり、胞子を散布します。一方、種子植物も同じ生活史ですが、胞子が散布されず、胞子体の中にとどまります。また、胞子に雄、雌の違いが生じ、雄性胞子、雌性胞子と呼びます。花粉四分子の一つ一つが雄性胞子です。花粉四分子は雄性胞子が4つ集まったものの呼び名です。花粉は雄性胞子が分裂して、数細胞になった状態なので、雄性胞子ではなく、雄性配偶体です。一方、雌性胞子は雌しべの胚珠の中にできます。珠心は雌性胞子嚢です。被子植物の場合は、雌性胞子を胚嚢細胞と呼びます。裸子植物の場合は雌性胞子と呼びます。被子植物だけ花粉四分子やら胚嚢細胞やらと特別な名前が付いているのは、陸上植物の進化がよくわかっていなかった20世紀初頭の名残です。今では、コケ植物やシダ植物の胞子と被子植物の胚嚢細胞は相同(同じ祖先に由来するもの)だとわかっているので、胞子で統一するほうが、陸上植物を統一的に理解できるし、覚えることが少なくって良いのになといつも思います。

質問と離れますが、胚嚢という用語も前世紀の名残です。胚嚢は胚を包む袋(嚢)という語義ですが、実際には配偶体で、胚を包むことはありません。昔の研究者が勘違いして付けた名前がそのまま残っているようです。胚嚢などと呼ばず、配偶体と呼べばわかりやすいのになと思います。ましてや、胚嚢細胞なんて、なんのこっちゃ、という感じがします。用語が意味を成していないので、暗記するしかない用語です。この問題は、日本に限ったことではなく、英語でも同じ問題が残っています。シダの前葉体もわざわざ別な名前にしないで、配偶体と呼べばわかりやすいのになと思います。
長谷部 光泰(基礎生物学研究所生物進化研究部門)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2021-12-20