質問者:
高校生
聖
登録番号5329
登録日:2022-01-30
授業で植物は重複受精を行うと知りました。受精の方法が動物と異なるのため、多精拒否の仕方が気になりました植物の多精拒否
1種類の雄個体から2個の花粉を同時に受粉したとき、それぞれの精細胞から花粉管が伸び、それぞれのすべての精細胞2(n+n)と中央細胞(n+n)、卵細胞(n)が受精し、胚乳(4n)、胚(3n)が形成されることは可能ですか?また、子は倍数体や異数体となるのですか?
聖君
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。頂いた質問には植物の受精のメカニズムの研究もされておられる横浜市立大学・木原生物学研究所植物エピゲノム科学部門の丸山大輔先生にお願いして回答を書いて頂きました。少し難しい点もあるかもしれませんが、シロイヌナズナを例にとって研究の最先端の状況も紹介してくださっています。勉強してください。更に質問がありましたら、 Q&Aコーナーへ送ってください。
【丸山先生の回答】
重複受精をする植物(被子植物)にも多精拒否はあります。その詳しい仕組みがシロイヌナズナの研究からこの十数年でわかってきました。シロイヌナズナの柱頭には数百の花粉が受粉可能です。それぞれの花粉が発芽して生じた花粉管は、競争するように雌しべの約50個ほどの胚珠を目指します。かなりの競争率ではありますが、不思議なことに受精の直前で1つの胚珠にたどり着く花粉管はほとんどの場合が1本のみとなっています。胚珠に複数本の花粉管が誘引されないようにする仕組み、すなわち多花粉管拒否とよばれる制御が被子植物の多精を防ぐ重要な役割をはたしていると考えられています。
多花粉管拒否には複数のセーフガードがあります。①花粉管が通道組織から胚珠側へと隔壁を通過したとき、しばらくは後続の花粉管が通過できないようにする。②花粉管が胚珠にたどり着いたとき、一酸化窒素が助細胞で発生して周りの花粉管誘引ペプチドを不活性化するとともに、花粉管誘引ペプチドの分泌を停止する。③受精直後の卵細胞から分泌されたタンパク質分解酵素が胚珠の周りの花粉管誘引ペプチドを分解する。④誘引物質を分泌する助細胞自体が重複受精の完了をきっかけに細胞死する。
このような多花粉管拒否の仕組みが幾重にもあっても、シロイヌナズナの受粉後の雌しべでは約5%の胚珠が2本目の花粉管を誘引してしまいます。そこで活躍するのが多精拒否です(ややこしいですね)。
植物の多精拒否の具体的な仕組みはわかっていませんが、単離したトウモロコシの精細胞と卵細胞を電気融合させる人工的な受精実験から1つの仮説が提唱されています。これによると、受精卵ではすばやく細胞壁が作られて、他の精細胞との接触を防いでいるようです。それでは、生体内では多精拒否が本当に働いているのでしょうか?2個以上の精細胞をもつ花粉を作るシロイヌナズナのtetraspore変異体を使った受精実験では、卵細胞では多精が起こることはなく、中央細胞ではわずかに多精が起きることが示されています。そもそも、通常の生殖でも1本の花粉管から2個の精細胞が同時に飛び出すので、多精が起こりうる状況になっているともいえます。ですから、多精を起こすことなく卵細胞と中央細胞がきちんと相手となる精細胞と1対1で受精を達成する背景には多精拒否の仕組みが欠かせないと考える人もいます。
最後に多精によって倍数体が生まれるかどうかについてです。多花粉管拒否と多精拒否をすり抜けて起きる多精は非常に稀ではありますが、実際に植物で起こることが示されています。シロイヌナズナでは2種類の系統の花粉を雌しべに付ける二重授粉実験が行われており、その両方の父親に由来する三倍体の個体がわずか0.0058%出現します。これは卵細胞の多精の結果ですが、中央細胞の多精についてもトウモロコシの二重授粉実験から証明されています。
動物の多精の場合は、それぞれの精子に由来する中心体がめいめい紡錘体を形成して、染色体の分配に失敗して受精卵は死にます。
対して、被子植物の細胞には紡錘体がありませんので、多精後の三倍体の受精卵はそのまま発生します。
同時に複数の父親由来の形質を受け継ぐ三倍体植物ができる多精という現象は、植物の進化で重要と考えられてきたゲノムの倍化のきっかけとなるイベントというだけでなく、新しい品種を生み出す育種技術としても植物研究者を惹きつけています。研究者人口が増えれば、これまでは複雑で研究が難しかった多精拒否も、技術の進歩と相まって徐々に仕組みが解明されていくことでしょう。
Q&Aコーナーへようこそ。歓迎いたします。頂いた質問には植物の受精のメカニズムの研究もされておられる横浜市立大学・木原生物学研究所植物エピゲノム科学部門の丸山大輔先生にお願いして回答を書いて頂きました。少し難しい点もあるかもしれませんが、シロイヌナズナを例にとって研究の最先端の状況も紹介してくださっています。勉強してください。更に質問がありましたら、 Q&Aコーナーへ送ってください。
【丸山先生の回答】
重複受精をする植物(被子植物)にも多精拒否はあります。その詳しい仕組みがシロイヌナズナの研究からこの十数年でわかってきました。シロイヌナズナの柱頭には数百の花粉が受粉可能です。それぞれの花粉が発芽して生じた花粉管は、競争するように雌しべの約50個ほどの胚珠を目指します。かなりの競争率ではありますが、不思議なことに受精の直前で1つの胚珠にたどり着く花粉管はほとんどの場合が1本のみとなっています。胚珠に複数本の花粉管が誘引されないようにする仕組み、すなわち多花粉管拒否とよばれる制御が被子植物の多精を防ぐ重要な役割をはたしていると考えられています。
多花粉管拒否には複数のセーフガードがあります。①花粉管が通道組織から胚珠側へと隔壁を通過したとき、しばらくは後続の花粉管が通過できないようにする。②花粉管が胚珠にたどり着いたとき、一酸化窒素が助細胞で発生して周りの花粉管誘引ペプチドを不活性化するとともに、花粉管誘引ペプチドの分泌を停止する。③受精直後の卵細胞から分泌されたタンパク質分解酵素が胚珠の周りの花粉管誘引ペプチドを分解する。④誘引物質を分泌する助細胞自体が重複受精の完了をきっかけに細胞死する。
このような多花粉管拒否の仕組みが幾重にもあっても、シロイヌナズナの受粉後の雌しべでは約5%の胚珠が2本目の花粉管を誘引してしまいます。そこで活躍するのが多精拒否です(ややこしいですね)。
植物の多精拒否の具体的な仕組みはわかっていませんが、単離したトウモロコシの精細胞と卵細胞を電気融合させる人工的な受精実験から1つの仮説が提唱されています。これによると、受精卵ではすばやく細胞壁が作られて、他の精細胞との接触を防いでいるようです。それでは、生体内では多精拒否が本当に働いているのでしょうか?2個以上の精細胞をもつ花粉を作るシロイヌナズナのtetraspore変異体を使った受精実験では、卵細胞では多精が起こることはなく、中央細胞ではわずかに多精が起きることが示されています。そもそも、通常の生殖でも1本の花粉管から2個の精細胞が同時に飛び出すので、多精が起こりうる状況になっているともいえます。ですから、多精を起こすことなく卵細胞と中央細胞がきちんと相手となる精細胞と1対1で受精を達成する背景には多精拒否の仕組みが欠かせないと考える人もいます。
最後に多精によって倍数体が生まれるかどうかについてです。多花粉管拒否と多精拒否をすり抜けて起きる多精は非常に稀ではありますが、実際に植物で起こることが示されています。シロイヌナズナでは2種類の系統の花粉を雌しべに付ける二重授粉実験が行われており、その両方の父親に由来する三倍体の個体がわずか0.0058%出現します。これは卵細胞の多精の結果ですが、中央細胞の多精についてもトウモロコシの二重授粉実験から証明されています。
動物の多精の場合は、それぞれの精子に由来する中心体がめいめい紡錘体を形成して、染色体の分配に失敗して受精卵は死にます。
対して、被子植物の細胞には紡錘体がありませんので、多精後の三倍体の受精卵はそのまま発生します。
同時に複数の父親由来の形質を受け継ぐ三倍体植物ができる多精という現象は、植物の進化で重要と考えられてきたゲノムの倍化のきっかけとなるイベントというだけでなく、新しい品種を生み出す育種技術としても植物研究者を惹きつけています。研究者人口が増えれば、これまでは複雑で研究が難しかった多精拒否も、技術の進歩と相まって徐々に仕組みが解明されていくことでしょう。
丸山 大輔(横浜市立大学・木原生物学研究所植物エピゲノム科学部門)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2022-03-21
勝見 允行
回答日:2022-03-21