一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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光呼吸による光合成活性の制御

質問者:   教員   yyy
登録番号5331   登録日:2022-02-03
悩める大学教員です。光呼吸の生理学的な意義は不明であると講義しているのですが、かなり頻繁に「光呼吸には光合成活性を制御する役割があり、強光時に細胞内の酸素濃度を下げATPを消費することでその役割を果たしている」と言う学生が現れます。Wikipediaでもそのような前向きな説も紹介されています。専門の先生の御意見をお聞かせ下さい。
私個人の考えでは、圧力上昇に対応するため配管につけられた安全弁は制御系という見方が可能ですが、弁はなくて穴が空いているだけの状態ならそれは配管の特性(常に漏出する)であって制御系ではないと思っています。
yyy 様

この質問コーナーをご利用いただきありがとうございます。ご質問には神戸大学の三宅親弘先生から下記の回答文を頂戴しましたので参考になさってください。なお、光呼吸は複数のオルガネラの代謝が関係する複雑な過程ですので、いろいろな断面があります。光呼吸に関わる代謝調節について書かれた最近の総説を参考文献として示させていただきます。
(参考文献)
Stefan Timm & Martin Hagemann(2020)Photorespiration-how is it regulated and how does it regulate overall plant metabolism ? Journal of Experimental Botany, Vol. 71, pp. 3955-3965.

【三宅先生からの回答】
いただいたご質問に対して、理解できる範囲で回答いたします。

(1)「光呼吸には光合成活性を制御する役割があり」 => 光合成活性を正味のCO2固定活性とすれば、いくつかこのことを支持する事実があります。①光呼吸代謝は、ルビスコ(Rubisco)による基質RuBPの酸素化反応(オキシゲナーゼ反応)により始まります。このとき、RubiscoによるRuBPのCO2化(カルボキシラーゼ反応)も同時に進行しています。つまり、光呼吸代謝は大気中のO2が不可欠であり、このO2分圧を低下させると多くの陸上植物(C3植物)は光呼吸代謝が機能しません。この性質を用いて、光呼吸による光合成制御の一面を垣間見ることができます。たとえば、光合成を駆動するために、生葉へ光照射を開始するときにO2分圧を呼吸を妨げない値まで低下させておくと、光照射後の光合成の誘導が大きく抑制されます。まさしく、光合成制御に光呼吸が関わる一つの事実です。②一方、光照射下、CO2固定反応が既に進行している状態で、O2分圧を低下させると、CO2固定速度が増大します。これもまた、光呼吸代謝が光合成制御にかかわる一つの事実です。

(2)「強光時に細胞内のO2分圧を下げ、ATPを消費することで光合成制御を果たす」 => ①大気中のO2分圧は20%です。この分圧のO2分子は自然拡散で生葉内のいたるところへ速やかに入っていきます。つまり、光呼吸によるO2分圧低下の効果はありません。②光呼吸代謝でのATP消費効果は、光合成が抑制されるCO2補償点で最大になりますが、その効果を論じるときに常に光呼吸代謝で電子消費効果も伴います。そして、この時のCO2固定制御については、ご質問の意味が分かりません。

(3)「光呼吸の制御弁としての役割」 => CO2補償点あるいは光合成誘導期において、光呼吸が機能するとCO2固定が促進されます(上記)。これは、光合成電子伝達系で光化学系II (PSII)から電子を受け取り、シトクロムb6/f複合体へ電子を渡す電子伝達体プラストキノン(PQ)の還元:電子蓄積を抑制することによります。還元型PQの蓄積は、PSIIでの水の光酸化に始まる電子伝達反応を抑制してしまいます。この結果、CO2固定が抑制されます。光呼吸が機能することで、電子消費を円滑にすすめ、プラストキノンの酸化を維持し、CO2固定が進行します。
三宅 親弘(神戸大学大学院農学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2022-02-28