一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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発芽率の偏り

質問者:   会社員   ぴよみ
登録番号5359   登録日:2022-04-14
木本種子(ウルシ)の発芽しやすい条件について、実験をしております。
同じ条件でも、シャーレによって発芽数に偏りがあり、原因を知りたくご質問させていただきます。

種子は、水に浸けて沈んだもの1,000粒を採用し、
脱蝋処理(濃硫酸に20分浸けて表面のワックス成分を落とし、吸水しやすくする)して、
再度水に浸けて冷蔵庫で10日間ほど冷温処理した後、シャーレに播種しました。
シャーレにはろ紙を敷き、滅菌した水で湿らせ、1シャーレにつき25粒ずつ蒔いて蓋をしました。
種子の下部は水に触れている状態で、蓋をしていますが上部は空気にも触れています。
合計40個のシャーレは、温度17~20℃の暗く風通しのある室内の同じ場所に置き、毎日観察しました。
シャーレ内が乾燥したらその都度滅菌水を足し、カビの生えた種子は取り除きました。

種子の大きさや、吸水した膨軟の様子もほぼ同じです。温度・水分・空気(蓋はしていますが)の各条件も揃えているのですが、
多く発芽するシャーレもあれば、全く発芽しないシャーレもあり、偏りがあるように思えました。
1個発芽すると同じシャーレ内で立て続けに発芽してゆく様子は、感性的な見立てではありますが「発芽が、同じシャーレ内の発芽を呼んでいる」ようにも見えます。
発芽した種からなんらかの物質が出て、それが同シャーレ内の種の発芽を促すといったことはあるのでしょうか?
教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。
ぴよみさん

みんなのひろば「植物Q&A」へようこそ。質問を歓迎します。

植物の種子は、たとえ成熟していても、発芽に適した状況になるまで、発芽しないものがあります。ウルシの種子はロウでおおわれており、成熟した種子はそのままではすぐに発芽しません。種子が成熟したからと言って、木についたままですぐに発芽したのでは、芽生えは寒い冬を乗り切ることができません。ハゼやウルシの実は、ロウ分を多く含んでおり、昔はろうそくの原料となりました。自然界では、ウルシの実は脂肪分に覆われているのでしばしばカラスなどの鳥に食べられ、鳥の糞として親株から離れた場所に排出されます。これは、植物の生息域の拡大に役立ちます。
糞の中の種子は、すぐには発芽しないものがあります。ウルシなどの一部の植物の成熟種子は植物ホルモンの一種アブシジン酸を含んでおり、この濃度が高いうちは、発芽が抑えられていると考えられます。これは、成熟した種子がすぐに発芽したのでは、木になっているうちに発芽したり、秋に発芽すると芽が寒い冬を乗り切ることができなかったりするので、これを防止しています。種子中のアブシジン酸は、時間がたつにつれて分解していき、春の良い季節になった時に、多くの種子が発芽できる低い濃度レベルになります。
栽培植物の種子は、一般に大きさもそろっており、市販の種子の1袋分を蒔くと、一斉に芽を出します。しかし、これは人為的な品種改良の結果であり、これに対し、野生植物では種子の大きさや発芽の時期は一般にばらばらです。これは、植物の生存戦略にとって重要なことであり、もし、一斉に発芽すれば、気候が不順な時に一斉に枯れたり、動物に食い尽くされたりして全滅する恐れがあります。1本のウルシは、毎年数100個の実をつけ、一生の間に合計すれば数千個の実をつけるでしょうが、そのうち1個を下回らない子孫を残すことができれば、次世代に命の糸をつなぐことができます。
野生植物にとっては、1粒の種子に含まれるアブシジン酸の量に違いがあるなどにより発芽時期に差がある方が、集団全体にとって生存戦略上有利である可能性が高いと考えられます。(本「植物Q&A」で「休眠打破」を検索語として調べ、「登録番号0653」などが特に参考になるかと思います。)
さて、ご質問の「同じように処理したウルシの種子を複数個シャーレに入れて発芽を観察したところ、発芽するものと発芽しないシャーレが見られる」とのことですが、その原因の一つに、多くの種子の中で、たまたま、アブシジン酸含量が平均よりも高い種子が少数含まれていたので、それがシャーレの種子全体に影響を及ぼしたという可能性が考えられるのではないかと感じられます。
以下の実験計画は、思考実験であり、実際にうまくいくかどうか試したわけではありません:実験用のアクリルプレートには、6穴、12穴、24穴、96穴等のものが市販されています。適当なサイズのプレートを選び、この穴に、湿ったろ紙粉末かガラスウールを入れ、蒸留水を加えて、ここに発芽用に前処理した種子を、1室に1個ずつ入れて発芽状況を観察してみては、いかがでしょうか?
結果について、ご報告いただければ、必要に応じてさらに考えてみます。


付記:興味があれば、次の論文をご覧ください。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo1986/40/2/40_2_67/_article/-char/ja/
上田啓介他著。「果実食者としてのカラス類Corvus spp:ウルシ属Rhus spp.に対する選好性」日鳥学誌40:677(1992)
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-04-19