一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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海草や海藻の生活

質問者:   大学院生   りんりん
登録番号5361   登録日:2022-04-19
こんにちは。海藻や海草など、海の中で暮らす植物の生態について不思議に思ったことがございましたので、質問させていただきました。

海藻や海草は、海の中で生活していますが、陸上植物を海水に入れるとすぐに枯れてしまうように思います。浸透圧の問題で枯れてしまうのかなと思いますが、海草や海藻はどのようにこの問題をクリアしているのでしょうか。
体全体から無機塩類を吸収しているのだとすると、吸収する時点でフィルターをかけているのか、もしくはマングローブ植物のように塩類の排出機構を備えているのでしょうか。必要なものを必要なだけ取り込めているのが、とても不思議に思います。

これに関連して、元々は植物の歴史は海中から始まったことを考えると、陸上に進出するにあたり、海の中で必要だった機能はどうなってしまったのでしょうか。

どうぞよろしくお願いいたします。

りんりん様

ご質問、有り難うございました。回答が遅くなってすみませんでした。
水圏植物生態学をご専門とされています青木優和先生に回答をお願いし、下記のコメントを頂戴致しました。陸上植物の特徴も、私から付記致しております。

【青木先生のご回答】
まず、海藻(かいそう)と海草(うみくさ)は別のものです。
海藻は原生生物に含まれ、胞子で増える生物で、緑藻・褐藻・紅藻に類別されます。
海草(アマモ類)は顕花植物で、種子と栄養生殖で増えます。
前者は陸上植物の元となった生物群であり、後者は海に適応した顕花植物です。海藻類の中の緑藻類の一部が陸上植物へと進化したと考えられています。これに対して、海草類は一度上陸した植物が海に戻ってきたものです。
海藻の生息環境を満たす海水は、塩濃度や成分が時空間的に大きく変動するため、細胞膜、液胞膜に存在する Na+、K+ イオンポンプや Cl-イオンポンプでイオンの能動輸送を行なって、膜内外のイオンバランスを調節しています。
一方、海草では、空気中から二酸化炭素の取り込みを行なったり、酸素の放出を行なったりする必要がないため、葉から気孔が失われています。
陸上に進出した植物にとって、水中と大きく異なる大事な点は、光合成による物質生産をするために脱水との戦いや、光獲得のために縦方向に伸張するための物理的な構造維持、水や栄養成分の根による吸収と地上部への輸送、さらには有害成分の無毒化機構など、多岐に及びます。脱水を防ぐために、器官表面ではクチクラなど、内部組織ではスベリンやカスパリー線なども備えた構造が必要になりました。構造の強化には、リグニンなどの二次壁成分の細胞壁への沈着も必要となり、現在の姿になっています。ガス交換は気孔を介してのみ行われ、長距離の物質輸送は道管や篩官などを含む維管束系で行われます。維管束系は、不透層で包まれていて、水や養分が漏れ出ない構造になっています。すみずみの細胞に必要な成分を輸送するために、海中で必要だった様々なイオンポンプや物質輸送機構が、植物の細胞で発達しました。また、有害物質が発生した際に、海中ではそのまま外に出せましたが、陸上ではできないため、例えば活性酸素の消去系や他の物質代謝系で無毒化する仕組みも発達しました。
栄養成分の有機化や物質輸送、物質代謝などの生命活動には、光合成で得られたエネルギーが使われています。このような陸上植物の形を取りきれなかったのが、海に残ったのかもしれません。

陸上進化におけるNa+と K+については、Q&A登録番号1785もご参考にしてみて下さい。
青木 優和(東北大学大学院農学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
山谷 知行
回答日:2022-04-29