質問者:
会社員
井上
登録番号5371
登録日:2022-05-02
私は、イチョウの雄花と雌花を今年こそは観る、と目標をたてています。みんなのひろば
イチョウの雄花と雌花について
そこでおききしたいのですが、まず雄花です。
私が通るイチョウ並木の多くは雄の木ですが、雄花が木の下に落ちている木は、ほんの数本なのです。これから、雄花は咲くのでしょうか。
それから、雄花の花粉は、風が吹いても、雌の木の方に風が吹かないと、無駄になってしまいます。そのへんは雄花に分かっているのでしょうか。
次に雌花ですが、雌花を観ることはできたのですが、雌花の先が黄色くなり、液をだすのは短い時間ですか。
私がみた雌花は、緑色でした。その雌花を観察しているのですが、緑色のままなので、いつ受粉するのか、それとも受粉し終わったあとなのかさえわかりません。よろしくお願いいたします。
井上 様
ご質問、有り難うございます。植物の生殖に詳しい渡辺正夫先生にお願いし、下記の回答を頂きました。
関係します写真も添付致しましたので、ご参考になさってください。
【渡辺先生の回答】
東北大学大学院生命科学研究科で、植物の生殖、特に、自家不和合性という「花粉と雌しべの相互作用」を研究しております。イチョウの受精については専門ではありませんが、写真などを交えながら、質問内容と関連事項について説明したいと思います。
イチョウ並木、各地にあるようですね。渡辺の研究室がある東北大学片平キャンパスにもイチョウの「雄株」、「雌株」を見つけることができます。雄株において雄花が散ってしまい、樹木の周りに残っている事例はキャンパス内を歩いてもあまり多くありませんでした。掃除が行き届いているわけではないので、仙台でイチョウが開花する5月頃の強風で飛ばされるのだと思います。実際に落ちている雄花を拾ってみるととても軽いです(写真1)。また、顕微鏡で観察をすると、花粉が入っている部位の大きさは0.5-1mm程度ですが、中に飛散できなかった花粉の残骸を観察できます(写真2)。残っている花粉を水につけてみたところ、花粉が球状にふくらむことは確認しましたが、それ以上の機能があるかは確認できませんでした。
一方、雄株の周りに「防風林」のように樹木が植えられている樹齢150年くらいのイチョウの樹木の下にはたくさんの雄花が散っているのを見ることができますし、雄花が落ちる前後に近くの駐車場に車を止めておくと、フロントガラスが花粉で真黄色になります。このことから考えると、大量の花粉が飛散すると思われます(写真3)。以上のことから、井上さんが歩いておられるイチョウ並木には思っているよも多くの雄株が存在しているのではないでしょうか。落ちている雄花を探すことももちろんですが、樹木に着生している開花期の雄花を探されてみてはいかがでしょうか。
思ったよりも多くの雄株を見つけることができると思います。写真4の個体は、上で説明した個体とは少し離れた場所にある個体の写真です。写真の右下に広がる枝をよく見ると雄花が枝に残っているのが観察できますが、花粉は飛散していました。ですので、地面に落ちている雄花を一定程度、観察できるということは開花のシーズンは終わっていることを意味します。このことから、井上さんの地方では、すでにイチョウの開花は終了していると思われます。ですので、この記事の内容を踏まえて、来年こそしっかりとした準備をして、雄花の観察にチャレンジしてみてください。
イチョウの雌雄がどのようにして決定されているのかは未解明ですが、他の植物の雌雄の存在比を考えると、おおよそ1:1になるのだと思います。また、上述の通り、花粉はとても軽くて遠くから飛んできます。スギ、ヒノキの花粉症の方が多くいらっしゃいますが、その大半の花粉は山林で栽培している樹木から飛んできます。また、風が吹く方向も一日の中で色々な方角に変化します。このことから、イチョウの花粉が色々な方向に飛んでいって、近くの雌株に着生した雌花に受粉することもあれば、離れたところの雌株と子孫を残していることもあり、風の方向などは問題にならないのだと思います。
受粉が起きるとき、雌花の先端が未熟で黄色の状態で、その先端に「珠孔液(受粉液などとも呼ばれる)」という花粉をキャッチするための浸出液を見ることができます。1つの枝から2つの胚珠が出ていることが多いです(写真5)が、その両者で珠孔液が出るタイミングがずれており、また、個体全体を見ても色々なタイミングで珠孔液がでることによって、周りから時期を一にしないで飛散してくる花粉をキャッチできるような雌花側の戦略で珠孔液が出るタイミングがずれています。珠孔液がどれくらい胚珠の最頂部に存在しているのかは、いろいろ調べたのですが、不明でした。ただ考えられることは、一定数の花粉をトラップできたら、珠孔液と花粉は胚珠内部に取り込まれるのではないでしょうか。無事に胚珠内に花粉が取り込まれると、胚珠は黄色から緑に変化します。
見つけられた雌花(胚珠)は緑色となっているので、ちょうど写真5のように2つの胚珠が揃っているのでしょうか。それとも揃わずに生育して、1つは緑でもう1つが黄色という状況でしょうか(写真6)。写真6の黄色くなっているのは受粉に失敗した雌花だと思われます。つまり、受粉ができるのは、上の段落に書いた「珠孔液」が観察される時期です。この写真5, 6のステージでは、受粉は完了しているということです(観察したよりも少し前の時期に受粉が終わっているという意味)。では、取り込まれた花粉はどうなっているのでしょうか。写真5の胚珠を縦に切って先端を顕微鏡で観察してみました。右上のとがった部分から花粉は取り込まれ、少しピンク色に見える部分で受精するための「精子」を作ります。左下の少し光っているように見える部分では卵細胞が成熟しています。この成熟は9-10月まで続き、花粉から成熟した精子が卵細胞のところまで泳ぐことで受精に至ります。受精が起きたあと、受精卵から幼植物体である「胚」が形成され、その発達が完了するのが翌年の5月くらいです。つまり、受粉から1年くらいかかり、次の世代が完成するということになります。そのあと、水、温度などの条件が整うと、発芽します。雌株個体の周辺を観察すると、ちょうど、今頃(5月)から小さなイチョウの個体が発芽しているのを見つけることができるかも知れないです。もちろん、それは去年のイチョウの種子が残っていたものが発芽したということです。
雄花が樹木の枝に着生している時期に写真撮影をできていないので、雄花については不明ですが、雌花が着生する枝は枝ができてから一定の年数がたった位置に雌花が着生しています。よく観察すると、下半分くらいの枝に雌花(胚珠)が観察されますが、それよりも上には観察できません。「桃栗三年柿八年」という言葉があります。これは樹木として一定の成熟をしてはじめて生殖過程に移行できることが関係していると予想されます。つまり、雄花・雌花の観察を樹木上で行うとき、樹木が大きいもので花の観察ができるということになります。高い場所での継続的な観察時にはくれぐれも安全に気配りして行うことが大切です。
最後に来年の観察に向けての大事なポイントは、イチョウは4-5月くらいに雄花、雌花が開花します。蕾はそれよりも早い時期に着生していて、観察できます。イチョウの花を観察したことがないので、明確にどれくらい前といいにくいですが、1-2週間前からの観察が必要になると思います。また、今年の秋にどの個体が雌株、雄株というのを理解しておくことです。つまり、ギンナンが落ちているのが雌株で、そうでないのが雄株です。また、ギンナンが着生しているような高さで「雌花」が着生しますので、その高さ、安全性も確認してください。雄花の位置は雌花よりも低い位置でも観察できる可能性がありますが、いずれ、ある程度の高さでないと観察は困難です。雌花と同じように安全に気をつけて観察して下さい。
なお、イチョウがどのようにして受粉し、花粉から精子が形成され、受精に至るのかということをNHK for Schoolの「ミクロワールド」という番組の「精子が泳ぐ イチョウの不思議」
(https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005100132_00000)で見ることができますので、参考にしてください。
また、図書として「生物の科学遺伝」という雑誌の2020年9月発刊のNo.5で、イチョウを特集しています(試読用動画:https://www.youtube.com/watch?v=vc7QU6Ax2Bk)。大きな図書館、大学等の図書館で見ることができるのではないでしょうか。
さらに、本サイトの植物Q&Aの登録番号5257に「イチョウの受精」ということが質問として出ており、それに対して関連事項も含めて、サイエンスアドバイザーの勝見先生が答えておられます。これらをあわせて、参考にして頂けるとより深く理解できると思います。
最後になりましたが、今回掲載しているイチョウの写真は渡辺の研究室スタッフである、伊藤加奈さん、増子(鈴木)潤美さんにご支援頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
ご質問、有り難うございます。植物の生殖に詳しい渡辺正夫先生にお願いし、下記の回答を頂きました。
関係します写真も添付致しましたので、ご参考になさってください。
【渡辺先生の回答】
東北大学大学院生命科学研究科で、植物の生殖、特に、自家不和合性という「花粉と雌しべの相互作用」を研究しております。イチョウの受精については専門ではありませんが、写真などを交えながら、質問内容と関連事項について説明したいと思います。
イチョウ並木、各地にあるようですね。渡辺の研究室がある東北大学片平キャンパスにもイチョウの「雄株」、「雌株」を見つけることができます。雄株において雄花が散ってしまい、樹木の周りに残っている事例はキャンパス内を歩いてもあまり多くありませんでした。掃除が行き届いているわけではないので、仙台でイチョウが開花する5月頃の強風で飛ばされるのだと思います。実際に落ちている雄花を拾ってみるととても軽いです(写真1)。また、顕微鏡で観察をすると、花粉が入っている部位の大きさは0.5-1mm程度ですが、中に飛散できなかった花粉の残骸を観察できます(写真2)。残っている花粉を水につけてみたところ、花粉が球状にふくらむことは確認しましたが、それ以上の機能があるかは確認できませんでした。
一方、雄株の周りに「防風林」のように樹木が植えられている樹齢150年くらいのイチョウの樹木の下にはたくさんの雄花が散っているのを見ることができますし、雄花が落ちる前後に近くの駐車場に車を止めておくと、フロントガラスが花粉で真黄色になります。このことから考えると、大量の花粉が飛散すると思われます(写真3)。以上のことから、井上さんが歩いておられるイチョウ並木には思っているよも多くの雄株が存在しているのではないでしょうか。落ちている雄花を探すことももちろんですが、樹木に着生している開花期の雄花を探されてみてはいかがでしょうか。
思ったよりも多くの雄株を見つけることができると思います。写真4の個体は、上で説明した個体とは少し離れた場所にある個体の写真です。写真の右下に広がる枝をよく見ると雄花が枝に残っているのが観察できますが、花粉は飛散していました。ですので、地面に落ちている雄花を一定程度、観察できるということは開花のシーズンは終わっていることを意味します。このことから、井上さんの地方では、すでにイチョウの開花は終了していると思われます。ですので、この記事の内容を踏まえて、来年こそしっかりとした準備をして、雄花の観察にチャレンジしてみてください。
イチョウの雌雄がどのようにして決定されているのかは未解明ですが、他の植物の雌雄の存在比を考えると、おおよそ1:1になるのだと思います。また、上述の通り、花粉はとても軽くて遠くから飛んできます。スギ、ヒノキの花粉症の方が多くいらっしゃいますが、その大半の花粉は山林で栽培している樹木から飛んできます。また、風が吹く方向も一日の中で色々な方角に変化します。このことから、イチョウの花粉が色々な方向に飛んでいって、近くの雌株に着生した雌花に受粉することもあれば、離れたところの雌株と子孫を残していることもあり、風の方向などは問題にならないのだと思います。
受粉が起きるとき、雌花の先端が未熟で黄色の状態で、その先端に「珠孔液(受粉液などとも呼ばれる)」という花粉をキャッチするための浸出液を見ることができます。1つの枝から2つの胚珠が出ていることが多いです(写真5)が、その両者で珠孔液が出るタイミングがずれており、また、個体全体を見ても色々なタイミングで珠孔液がでることによって、周りから時期を一にしないで飛散してくる花粉をキャッチできるような雌花側の戦略で珠孔液が出るタイミングがずれています。珠孔液がどれくらい胚珠の最頂部に存在しているのかは、いろいろ調べたのですが、不明でした。ただ考えられることは、一定数の花粉をトラップできたら、珠孔液と花粉は胚珠内部に取り込まれるのではないでしょうか。無事に胚珠内に花粉が取り込まれると、胚珠は黄色から緑に変化します。
見つけられた雌花(胚珠)は緑色となっているので、ちょうど写真5のように2つの胚珠が揃っているのでしょうか。それとも揃わずに生育して、1つは緑でもう1つが黄色という状況でしょうか(写真6)。写真6の黄色くなっているのは受粉に失敗した雌花だと思われます。つまり、受粉ができるのは、上の段落に書いた「珠孔液」が観察される時期です。この写真5, 6のステージでは、受粉は完了しているということです(観察したよりも少し前の時期に受粉が終わっているという意味)。では、取り込まれた花粉はどうなっているのでしょうか。写真5の胚珠を縦に切って先端を顕微鏡で観察してみました。右上のとがった部分から花粉は取り込まれ、少しピンク色に見える部分で受精するための「精子」を作ります。左下の少し光っているように見える部分では卵細胞が成熟しています。この成熟は9-10月まで続き、花粉から成熟した精子が卵細胞のところまで泳ぐことで受精に至ります。受精が起きたあと、受精卵から幼植物体である「胚」が形成され、その発達が完了するのが翌年の5月くらいです。つまり、受粉から1年くらいかかり、次の世代が完成するということになります。そのあと、水、温度などの条件が整うと、発芽します。雌株個体の周辺を観察すると、ちょうど、今頃(5月)から小さなイチョウの個体が発芽しているのを見つけることができるかも知れないです。もちろん、それは去年のイチョウの種子が残っていたものが発芽したということです。
雄花が樹木の枝に着生している時期に写真撮影をできていないので、雄花については不明ですが、雌花が着生する枝は枝ができてから一定の年数がたった位置に雌花が着生しています。よく観察すると、下半分くらいの枝に雌花(胚珠)が観察されますが、それよりも上には観察できません。「桃栗三年柿八年」という言葉があります。これは樹木として一定の成熟をしてはじめて生殖過程に移行できることが関係していると予想されます。つまり、雄花・雌花の観察を樹木上で行うとき、樹木が大きいもので花の観察ができるということになります。高い場所での継続的な観察時にはくれぐれも安全に気配りして行うことが大切です。
最後に来年の観察に向けての大事なポイントは、イチョウは4-5月くらいに雄花、雌花が開花します。蕾はそれよりも早い時期に着生していて、観察できます。イチョウの花を観察したことがないので、明確にどれくらい前といいにくいですが、1-2週間前からの観察が必要になると思います。また、今年の秋にどの個体が雌株、雄株というのを理解しておくことです。つまり、ギンナンが落ちているのが雌株で、そうでないのが雄株です。また、ギンナンが着生しているような高さで「雌花」が着生しますので、その高さ、安全性も確認してください。雄花の位置は雌花よりも低い位置でも観察できる可能性がありますが、いずれ、ある程度の高さでないと観察は困難です。雌花と同じように安全に気をつけて観察して下さい。
なお、イチョウがどのようにして受粉し、花粉から精子が形成され、受精に至るのかということをNHK for Schoolの「ミクロワールド」という番組の「精子が泳ぐ イチョウの不思議」
(https://www2.nhk.or.jp/school/movie/bangumi.cgi?das_id=D0005100132_00000)で見ることができますので、参考にしてください。
また、図書として「生物の科学遺伝」という雑誌の2020年9月発刊のNo.5で、イチョウを特集しています(試読用動画:https://www.youtube.com/watch?v=vc7QU6Ax2Bk)。大きな図書館、大学等の図書館で見ることができるのではないでしょうか。
さらに、本サイトの植物Q&Aの登録番号5257に「イチョウの受精」ということが質問として出ており、それに対して関連事項も含めて、サイエンスアドバイザーの勝見先生が答えておられます。これらをあわせて、参考にして頂けるとより深く理解できると思います。
最後になりましたが、今回掲載しているイチョウの写真は渡辺の研究室スタッフである、伊藤加奈さん、増子(鈴木)潤美さんにご支援頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
渡辺 正夫(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
山谷 知行
回答日:2022-05-13
山谷 知行
回答日:2022-05-13