質問者:
高校生
もみじ
登録番号5384
登録日:2022-06-03
こんにちは。高校で生物を学習している高校三年生です。みんなのひろば
窒素固定の反応機構について
先日授業で窒素固定について学習しました。その中で
N₂ + 8e- + 8H⁺ + 16ATP → H₂ + 2NH₃ + 16(ADP + Pi)
と言った反応式が出てきたのですが、私は水素分子がなぜ発生するのか疑問に思い調べていたところ、
シアノバクテリアでは反応に用いる電子が水素分子が電離したものではなく、光合成から得られた有機物に由来するものだと知りました。
ここで質問なのですが、光合成を行わない窒素固定細菌は電子をどこから供給しているのですか?
また、発生した水素分子は取り込み型ヒドロゲナーゼに
取り込まれた後、窒素固定に再利用されるのでしょうか。
よろしくお願いします。
もみじ さん
植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
窒素化合物は、すべて、生物にとって、タンパク質や核酸などの合成の素材として必要です。そこで、生態系では窒素化合物は多くの生物の間で取り合いになるので、十分には得られないことがしばしば起こります。また、一部の細菌は有機物を酸化するのにO2の代わりに硝酸塩を使い、硝酸塩は還元されてN2ガスやNO(一酸化窒素)などの形となって大気中に放出されるので、このままでは生物界を循環する窒素化合物の量が減ってしまいます。そこで、自然界には、窒素固定反応と言って、N2を原料としてアンモニアを合成することができるクロストリジウム、根粒菌、シアノバクテリアなどの生物群がいて、この反応を自身の増殖に役立てていますが、全体的に見れば生態系に窒素栄養を供給していることになります。
窒素固定反応の仕組みは、シアノバクテリアなどの光合成生物、根粒菌などの非光合成生物を通じて基本的に共通で、ニトロゲナーゼという酵素タンパク質が触媒となって進行します:
N2 + 8 e- + 8H + + 16ATP → H 2 + 2NH 3 + 16(ADP + Pi)
上記の反応を細かく見ると、ニトロゲナーゼ反応には、強い還元力(電子:e -)と高エネルギー物質ATPの両方が必要です。強い還元力は、O2発生型光合成を営むシアノバクテリアでは、光合成電子伝達系によって、光エネルギーを利用してH2Oを分解して得られる電子によって供給され、非光合成生物では主として有機物の分解によって得られる電子によって供給されます。また、ATPは、光合成生物では光リン酸化反応によって供給され、マメ科植物の根に共生する根粒細菌などの非光合成生物では、主として有機物の酸素呼吸に連結した酸化的リン酸化反応によって供給されます。
ニトロゲナーゼはO2が存在すると速やかに活性を失うので、O2発生型光合成を営むシアノバクテリアでは、O2を発生する反応と、N2を固定する反応を両立させるために、次の方式をとっています。I(空間的分離型):多くの細胞が数珠につながった糸状のシアノバクテリアで、通常の光合成によりH2Oを分解して糖を合成する栄養細胞と、酸素発生型光合成は行わずに栄養細胞から糖の供給を受け、これを分解して窒素固定に必要な電子を得ている異型細胞(ヘテロシストと呼ばれる)の分業によるもの。ATPは光リン酸化という反応により、ヘテロシストが、O2発生を伴わずに光エネルギーをATPの化学エネルギーに変換する反応により供給される(電子循環的光リン酸化反応と呼ぶ)。固定された窒素化合物は、栄養細胞へと分配される。II(時間的分離型):昼間は通常の光合成によってO2を放出して、糖類をため込み、夜は、糖類を分解して酸素呼吸によって還元力の供給とATPの合成を行い、しかも、細胞内を低酸素状態として、ニトロゲナーゼがはたらく。(さらに、I、II以外の別タイプのも のもあるが、省略)
窒素(N2)を固定してアンモニアに変換する反応は、ニトロゲナーゼと呼ばれる酵素によって触媒されますが、これを細かく見ると窒素固定に直接かかわるジニトロゲナーゼと、これに電子を供給するジニトロゲナーゼレダクターゼの2種類のタンパク質の協同によって進行します。ジニトロゲナーゼの反応中心は、Fe,Mo,Sなどで構成される金属クラスターからできており、これがジニトロゲナーゼレダクターゼが運んでくれる電子によって、段階を追ってN2をアンモニアに還元します。上記の反応式で、一見H2は反応に関与しておらず、なくてもいいように思われますが、実際は、金属クラスターが還元された状態でないとN2が結合できません。そして、N2が結合すると還元された金属クラスターから電子2個が2H+と結合して、H2の形で放出される。したがって、H2は反応の必然的副産物である、ということになります。
窒素固定生物にとって副産物として発生するH2はエネルギー源として利用価値があるので、これを回収することは理にかなっています。電気エネルギーは、電気量×電位差の積として表されます。電子はマイナスの電荷を持つので、酸化還元電位の低いものほど高いエネルギー(強い還元力)を持つことになります。H2と反応する酵素はヒドロゲナーゼといい、酸化還元電位の低い(還元力が強い)双方向性ヒドロゲナーゼ(エネルギー回収効率が高い)と、酸化還元電位の高い(還元力はそれほど強くなく、エネルギー回収効率はそれほどでもない)取り込み型ヒドロゲナーゼがあります。H2は徐々に環境中に揮発していくので、エネルギー的には多少のロスを覚悟しても再吸収する力の強い取り込み型ヒドロゲナーゼを使うもの、水素が環境中に放出されるロスはあっても、エネルギー利用的には優れている双方向性ヒドロゲナーゼを使うもの、両方を使うものと生物種によっていろいろです。
[付記]
質問者は細かいところまで大変よく考えています。なお、「取り込み型デヒドロゲナーゼ」は、「取り込み型ヒドロゲナーゼ」の誤りと思いますので、質問の文章を直しています。
植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
窒素化合物は、すべて、生物にとって、タンパク質や核酸などの合成の素材として必要です。そこで、生態系では窒素化合物は多くの生物の間で取り合いになるので、十分には得られないことがしばしば起こります。また、一部の細菌は有機物を酸化するのにO2の代わりに硝酸塩を使い、硝酸塩は還元されてN2ガスやNO(一酸化窒素)などの形となって大気中に放出されるので、このままでは生物界を循環する窒素化合物の量が減ってしまいます。そこで、自然界には、窒素固定反応と言って、N2を原料としてアンモニアを合成することができるクロストリジウム、根粒菌、シアノバクテリアなどの生物群がいて、この反応を自身の増殖に役立てていますが、全体的に見れば生態系に窒素栄養を供給していることになります。
窒素固定反応の仕組みは、シアノバクテリアなどの光合成生物、根粒菌などの非光合成生物を通じて基本的に共通で、ニトロゲナーゼという酵素タンパク質が触媒となって進行します:
N2 + 8 e- + 8H + + 16ATP → H 2 + 2NH 3 + 16(ADP + Pi)
上記の反応を細かく見ると、ニトロゲナーゼ反応には、強い還元力(電子:e -)と高エネルギー物質ATPの両方が必要です。強い還元力は、O2発生型光合成を営むシアノバクテリアでは、光合成電子伝達系によって、光エネルギーを利用してH2Oを分解して得られる電子によって供給され、非光合成生物では主として有機物の分解によって得られる電子によって供給されます。また、ATPは、光合成生物では光リン酸化反応によって供給され、マメ科植物の根に共生する根粒細菌などの非光合成生物では、主として有機物の酸素呼吸に連結した酸化的リン酸化反応によって供給されます。
ニトロゲナーゼはO2が存在すると速やかに活性を失うので、O2発生型光合成を営むシアノバクテリアでは、O2を発生する反応と、N2を固定する反応を両立させるために、次の方式をとっています。I(空間的分離型):多くの細胞が数珠につながった糸状のシアノバクテリアで、通常の光合成によりH2Oを分解して糖を合成する栄養細胞と、酸素発生型光合成は行わずに栄養細胞から糖の供給を受け、これを分解して窒素固定に必要な電子を得ている異型細胞(ヘテロシストと呼ばれる)の分業によるもの。ATPは光リン酸化という反応により、ヘテロシストが、O2発生を伴わずに光エネルギーをATPの化学エネルギーに変換する反応により供給される(電子循環的光リン酸化反応と呼ぶ)。固定された窒素化合物は、栄養細胞へと分配される。II(時間的分離型):昼間は通常の光合成によってO2を放出して、糖類をため込み、夜は、糖類を分解して酸素呼吸によって還元力の供給とATPの合成を行い、しかも、細胞内を低酸素状態として、ニトロゲナーゼがはたらく。(さらに、I、II以外の別タイプのも のもあるが、省略)
窒素(N2)を固定してアンモニアに変換する反応は、ニトロゲナーゼと呼ばれる酵素によって触媒されますが、これを細かく見ると窒素固定に直接かかわるジニトロゲナーゼと、これに電子を供給するジニトロゲナーゼレダクターゼの2種類のタンパク質の協同によって進行します。ジニトロゲナーゼの反応中心は、Fe,Mo,Sなどで構成される金属クラスターからできており、これがジニトロゲナーゼレダクターゼが運んでくれる電子によって、段階を追ってN2をアンモニアに還元します。上記の反応式で、一見H2は反応に関与しておらず、なくてもいいように思われますが、実際は、金属クラスターが還元された状態でないとN2が結合できません。そして、N2が結合すると還元された金属クラスターから電子2個が2H+と結合して、H2の形で放出される。したがって、H2は反応の必然的副産物である、ということになります。
窒素固定生物にとって副産物として発生するH2はエネルギー源として利用価値があるので、これを回収することは理にかなっています。電気エネルギーは、電気量×電位差の積として表されます。電子はマイナスの電荷を持つので、酸化還元電位の低いものほど高いエネルギー(強い還元力)を持つことになります。H2と反応する酵素はヒドロゲナーゼといい、酸化還元電位の低い(還元力が強い)双方向性ヒドロゲナーゼ(エネルギー回収効率が高い)と、酸化還元電位の高い(還元力はそれほど強くなく、エネルギー回収効率はそれほどでもない)取り込み型ヒドロゲナーゼがあります。H2は徐々に環境中に揮発していくので、エネルギー的には多少のロスを覚悟しても再吸収する力の強い取り込み型ヒドロゲナーゼを使うもの、水素が環境中に放出されるロスはあっても、エネルギー利用的には優れている双方向性ヒドロゲナーゼを使うもの、両方を使うものと生物種によっていろいろです。
[付記]
質問者は細かいところまで大変よく考えています。なお、「取り込み型デヒドロゲナーゼ」は、「取り込み型ヒドロゲナーゼ」の誤りと思いますので、質問の文章を直しています。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-06-07