一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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弱った木に実(種)が成るのはなぜか

質問者:   公務員   しんら
登録番号5391   登録日:2022-06-16
昔から仕事でもプライベートでもよく山に行くのですが、
葉が茶色くなって、いかにも弱っているマツをよく見てみると
枝に少なからずの松ぼっくりが冬場や春先でも付いているのを見かけます。
そのほかにも、今年はマテバシイの根元や幹が不朽したものが春先にドングリをたくさん成らせていました。

以前、弱った木は子孫を残すために実をつける、というのを人から聞いたのか、書籍で読んだのかで知った覚えがあります。
ですが、なぜ弱った木は季節外れでも実(種)をつけるのか分からないので、教えていただけますか。
しんら様

こんにちは。日本植物生理学会の植物Q&Aコーナーに寄せられたあなたのご質問「弱った木に実(種)が成るのはなぜか」にお答えします。

弱ったマツやマテバシイが季節外れの春先に球果や果実を着けているのを見かけるとのことです。「弱った木は季節外れでも実(種)をつける」ということが、どの程度に一般的な現象なのかわかりませんが、弱った植物が季節外れの花を着けることはよくあることのようです。ご質問は「季節外れでも実(種)をつける」ことについてですが、結実(種子形成)の前提である開花、さらにその前提である花芽の形成(花成)から考えた方がよいと思います。
 
季節外れの開花は狂い咲きと呼ばれる現象が多く、本質問コーナーでもこれまでに何度か取り上げられています(登録番号1104, 1429, 4243など)。狂い咲きの多くは、夏に出来た花芽が冬の間に休眠した後に開花する植物において、花芽は本来の季節に正常に形成されたものの、休眠に入れずに春を待たずに開花してしまうものです。休眠を誘導、維持する植物ホルモンであるアブシジン酸を生産する葉が台風害や虫害などで失われたような場合に花芽が休眠できず、秋に季節外れの高温の日が続いたときに蕾が生長し開花してしまうと説明されています。しかし、今回のご質問は、特に「弱った木」における季節外れの開花・結実ですので、このような狂い咲きとは異なる現象と思われます。
 
今回のご質問と同じような質問が登録番号1909にあります。そこでは、「植物が元気を無くし、耐える限度を越すと、花や果実を沢山付けて急速に枯れてしまうが、このような現象が起きる仕組みはどこまで解明されているのでしょうか」と質問され、「病害や栄養条件の異常などによるストレスが続くと花芽ができることがあります」と答えられています。ご質問の弱った木における季節外れの結実もこのようなストレスによる花成の結果であろうと思われます。ストレスによる花成については、「経験的に環境条件が悪くなると、早く花芽が出来たり、花数も増える様な気がします。これはどのような仕組みで花芽が出来るのでしょうか」という質問(登録番号4149)に対する回答で説明されています。植物にとってのストレスとは、強光、弱光、高温、低温、貧栄養、乾燥、機械的障害など、植物の生育にとって不利な状況一般で、このような状況下に置かれると植物の生育は抑制され、花成が起こることがあるのです。
 
植物の多くは、それぞれの種に固有の決まった季節に花を咲かせます。季節の変化に伴って変化する昼夜の長さ(光周期)からそれぞれの種の花成にとって適切な季節になったと判断されると、花芽を作る一連の遺伝子群が次々に働いて、最終的に花芽の分化が引き起こされます。この過程の中で最も重要な鍵となるものがフロリゲンと呼ばれ、それは現在ではFTと名付けられたタンパク質であると分かっています。このような光周期による花成の制御についても本質問コーナーで何度か取り上げられています(登録番号1630など)。一方、季節とは関係なくストレスで花を咲かせる場合は、上述の、花芽を作る一連の遺伝子群が次々に働く過程が始まるところに、光周期を感知するのとは異なる別の仕組みがあります。植物は、一般に、ストレスに遭遇すると何種類かのストレス物質を作り、それによってストレスを避ける、耐える、適応するなどの反応を起こして不適な環境から自身を守ります。そのようなストレス物質の一つであるサリチル酸がストレスによる花成に関与しています。光周期を介して花成に至るルートとサリチル酸を介して花成に至るルートがあり、両者は途中で合流して花成という同じ結果に至るものと推測されています。ストレスによる花成でもFTタンパク質が必要であり、サリチル酸が直接または間接的にFTタンパク質を作らせるようではありますが、詳しいことはまだ明らかになっていません。
 
「弱った木は子孫を残すために実をつける」という言い方をすると、恣意的で科学的ではないと言われそうです。しかし、ストレスを受ければ個体の生存は危うくなり、そのようなときに起きる花成、種子形成によって次世代が生き残るという検証可能な事実を考えると、ストレスに応答した花成は種として生き残るという生物学的な意義を持った合目的的な現象であると見なせるので、「弱った木は子孫を残すために実をつける」と言って差し支えないように思います。
竹能 清俊(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-06-23