質問者:
教員
Y
登録番号5392
登録日:2022-06-16
授業で光合成細菌の光合成について教えるために勉強しています。みんなのひろば
光合成細菌の電子供与体のその後
植物やシアノバクテリアの光合成では電子供与体として水を用い、結果酸素が生じます。
光合成細菌では硫化水素、硫黄、水素が電子供与体として用いられると、資料集にあるのですが、反応式は硫化水素を使った場合しか出てきません。
硫化水素を電子供与体として使った場合硫黄が生じることは理解できましたが、硫黄を電子供与体として使うと何が生じるのでしょうか。また電子供与体として使われる硫黄とは硫黄原子を指すのでしょうか?
教えて下さい、よろしくお願い致します。
Y様
みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
回答は、どこまで深く知りたいかによって、第I部―第III部に分けました。高校生レベルなら、第I部で十分かと思います。身に着けることが望ましいとされる知識は、ほかにも多々ありますので、回答第I部程度の知識で満足されることを望みます。
[回答第I部]
光合成生物が増殖するためには、細胞を作るための素材として有機化合物を合成する必要があります。光合成生物は、必要な素材の元となる原料を環境中から得て、これを光のエネルギーを利用して、光化学反応とそれに続く一連の反応によって増殖に必要な炭素化合物などを合成します(炭素同化作用)。植物や藻類が行う典型的な酸素発生型光合成は、便宜的に次のように表されます:
H2O + CO2 +[光エネルギー]→ (HCHO)(有機物)+O2 (反応式1A)
反応機構を重視し、H2Oが電子供与体となっていることを強調して、
2H2O + CO2 +[光エネルギー]→ (HCHO)(有機物)+H2O+O2 (反応式1B)と書くこともあります。
左辺の2H2Oは電子供与体として消費されたものであり、右辺のH2OはCO2を還元する際に生じたものです。光合成で発生するO2はH2Oに由来するので、このことを明示するには(反応式1B)が適していることになります。
反応全体は光のエネルギーによって駆動されますが、これを細かく見ると、光エネルギーは光化学反応中心(クロロフィル、タンパク質などでできている)において酸化還元のエネルギーに変換され、光合成電子伝達系を通って、酸化側ではH2Oが分解されてO2が生成し、還元側では炭素化合物の合成に必要な還元力(電子)を生成します(他に、ATPも必要だが、省略)。この還元力が、炭素同化をはじめとする合成反応に使われます。O2は、H2O(電子供与体という)が電子をはぎ取られた抜け殻です。
上記のように、酸素発生型光合成生物は合成反応に必要な電子をH2Oの分解から得ていますが、原核光合成生物の中には、H2Oを電子供与体として利用できず、代わりに還元型硫黄化合物を利用するものがあります(硫黄光合成細菌)。酸素は元素の周期表で第二周期、第16族に分類され、硫黄は第三周期、第16族に入ります。同じ第16族に属するので、両者の間には多くの共通点もありますが、相違点もあります。同じ原子だけからできている同素体は、酸素の場合にはO2(普通の酸素ガス),O3(オゾン)がありますが、硫黄の場合にはS8(単斜硫黄など)のほかにもっと多数の原子が連結したゴム状硫黄(これらをまとめて元素状硫黄S0という)もあります。酸素と水素からできる化合物としては、酸素の場合は、水(H2O)、過酸化水素(H2O2)などが主なものですが、硫黄と酸素、水素が結合してできる化合物には、H2S(硫化水素)、元素状硫黄(総称的にS0と書かれる。S8が多いといわれるが、もっと多数がつながったものもある)、チオ硫酸(H2S2O3)、亜硫酸(H2SO3)、硫酸(H2SO4)等々と多様です。
光合成細菌の中には、電子供与体としてH2Oの代わりに硫黄化合物を使って炭素同化などの反応を行うものがあり、主なグループとしては、緑色硫黄細菌、紅色硫黄細菌などがあります。電子供与体として利用する硫黄化合物とその産物(酸化された化合物)は微生物種によって非常に多様であり、その反応経路が十分には解明されていないものも多々あります。そこで、簡約した表記法として、ご質問のようにH2Oを電子供与体とする普通の光合成に倣って、硫黄光合成細菌による光合成の反応式を、
2 H2S+CO2 +[光エネルギー]→(HCOH)「有機物」+H2O +2S(酸化された電子供与体) (反応式2)
として理解することが「代表的表記法」としてしばしば使われます。
では、ご質問に戻り、「本当はどうなっているのか」というと、電子供与体として利用できる硫黄化合物と、それに関与する酵素や電子伝達系が光合成細菌の生物種ごとに多様であり、また、十分には解明されていない箇所も多いので、高校のレベルでは、「H2Sが電子供与体となり、元素状の硫黄になる。生物種によっては、元素状硫黄を、更に亜硫酸のレベルに、次いで硫酸のレベルに酸化できるものもいる」程度の説明が適切だと思われます。
[回答第II部]
通常の光合成は、詳しく見ると、植物、藻類、シアノバクテリアなどの酸素発生型光合成生物では、光化学系IとIIの、2種類の光化学反応系の共同作業により駆動されます。
光化学系II(II型光化学反応中心に属する)は、光のエネルギーを利用し、H2Oを分解してO2を発生して中程度に強力な還元力(還元型キノン類)を作り、光化学系I(I型光化学反応中心)は中程度よりもやや弱い還元力を持つ電子供与体(プラストシアニンまたはシトクロム)から電子を受け取って、フェレドキシン、NAD+またはNADP+を還元できるような強力な還元力を作ります。
I型光化学反応中心によって生み出される強力な還元力は、CO2を糖類のレベルに還元するのに十分な強さを持っています。酸素発生型光合成を営む緑色植物、藻類、シアノバクテリアは、いずれも光化学系IとIIの両方を持ち、そこで行われる電子伝達反応は基本的にそれらの生物間で共通です。
緑色硫黄光合成細菌はI型光合成反応中心しかないので、H2Oを電子供与体として利用できないが、硫化水素、原子状硫黄などを電子供与体として利用して強力な還元力を生み出すことができ、これを利用してCO2を糖類のレベルに還元することができるので、光独立栄養生物の仲間に入ります。I型を持つ緑色硫黄細菌では、H2S →2e- + 2H+ + S0(ゼロ価硫黄)なって、電子e-はシトクロムに渡され、光化学反応と電子伝達系を経て、フェレドキシンへと渡され、炭素同化反応に利用されます。フェレドキシンに渡される部分の反応は、植物や藻類の葉緑体と同様です。S0はゼロ価硫黄で、1つずつ鎖が伸び、元素状硫黄粒子として蓄積され、その後、これが電子供与体として利用される場合は、鎖から1原子ずつ受容体に渡されて電子供与体として利用されると想定されています。
これとは別に、光合成細菌の中には、成長に光エネルギーを利用しているが、H2Oを電子供与体として利用できず、その反応中心タンパク質のアミノ酸配列や電子伝達系がかなりの程度、酸素発生型光合成物の光化学系IIとの間に共通点が見られるものがいます(II型反応中心を持つ光合成細菌。その代表は、紅色非硫黄細菌)。このタイプの光合成細菌は、電子供与体としてH2O を利用できないので、代わりに、有機化合物などから得られる電子をシトクロムに渡し、光化学反応を利用して中程度に強力な還元力(還元型キノン)を作ります。これは糖のレベルに還元するにはエネルギーレベルが不十分なので、このグループの光合成細菌は光従属栄養的に生育します。ところが、その中の一部(紅色硫黄細菌)は、硫黄化合物H2S(硫化水素)やチオ硫酸(H2S2O3)などを利用して中程度に強力な還元力(還元型キノン)を得て、さらに、光合成電子伝達反応系が関与するエネルギー依存的電子逆行反応(化学浸透説による)によってNAD+またはNADP+を還元するのに十分な還元力を得て、CO2を同化できるので、光独立的に成長することができます。繰り返しになりますが、大部分の紅色細菌は光従属栄養的で、その中で硫黄化合物を電子供与体として利用できるものが光独立栄養的に成長できます。
このような反応系を理解するには、熱力学の知識を必要としますが、高校生にそこまで要求するのは、一般に無理だと思われます。生物学を専攻する大学生レベルでも、教える内容は、[回答第I部]程度にとどめているのがほとんどだと思います。生物学を広く理解するには、学ぶべき分野は他にも多々ありますので。
[回答第III部]
光合成細菌による硫黄化合物の光合成への電子供与体としての利用については、[回答第I部]の反応式1Bと反応式2を比較する程度で満足して、大局的に理解するにとどめることをお勧めします。以下は、もっと詳しい説明が欲しいというときの解説です:
光合成細菌による硫黄の酸化は、詳細はまだ確定していませんが、より還元されているものから酸化されているものの順に、次のようになります:
H2S、元素状硫黄、チオ硫酸(H2S2O3)、亜硫酸(H2SO3)、硫酸。硫黄化合物を電子供与体として利用する光合成物は、これらの一部しか利用できないもの、全部を利用できるものなど、様々です。反応系路も、酵素レベルで明らかになっている部分もあるが、まだ確定していない部分も多々あります。
次の反応式は、仮説の段階であり、確定したものではありません(くれぐれもご注意ください):
元素状の硫黄(S)は、おそらく、タンパク質のSH基(RSHと表記。RはSH基を結合したタンパク質部分)に渡されてRSSHとなり、これが亜硫酸(H2SO3)のレベルに酸化されてRSSO3Hとなり、これが更に酸化されて硫酸となって放出される(RSH+H2SO4)。
みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
回答は、どこまで深く知りたいかによって、第I部―第III部に分けました。高校生レベルなら、第I部で十分かと思います。身に着けることが望ましいとされる知識は、ほかにも多々ありますので、回答第I部程度の知識で満足されることを望みます。
[回答第I部]
光合成生物が増殖するためには、細胞を作るための素材として有機化合物を合成する必要があります。光合成生物は、必要な素材の元となる原料を環境中から得て、これを光のエネルギーを利用して、光化学反応とそれに続く一連の反応によって増殖に必要な炭素化合物などを合成します(炭素同化作用)。植物や藻類が行う典型的な酸素発生型光合成は、便宜的に次のように表されます:
H2O + CO2 +[光エネルギー]→ (HCHO)(有機物)+O2 (反応式1A)
反応機構を重視し、H2Oが電子供与体となっていることを強調して、
2H2O + CO2 +[光エネルギー]→ (HCHO)(有機物)+H2O+O2 (反応式1B)と書くこともあります。
左辺の2H2Oは電子供与体として消費されたものであり、右辺のH2OはCO2を還元する際に生じたものです。光合成で発生するO2はH2Oに由来するので、このことを明示するには(反応式1B)が適していることになります。
反応全体は光のエネルギーによって駆動されますが、これを細かく見ると、光エネルギーは光化学反応中心(クロロフィル、タンパク質などでできている)において酸化還元のエネルギーに変換され、光合成電子伝達系を通って、酸化側ではH2Oが分解されてO2が生成し、還元側では炭素化合物の合成に必要な還元力(電子)を生成します(他に、ATPも必要だが、省略)。この還元力が、炭素同化をはじめとする合成反応に使われます。O2は、H2O(電子供与体という)が電子をはぎ取られた抜け殻です。
上記のように、酸素発生型光合成生物は合成反応に必要な電子をH2Oの分解から得ていますが、原核光合成生物の中には、H2Oを電子供与体として利用できず、代わりに還元型硫黄化合物を利用するものがあります(硫黄光合成細菌)。酸素は元素の周期表で第二周期、第16族に分類され、硫黄は第三周期、第16族に入ります。同じ第16族に属するので、両者の間には多くの共通点もありますが、相違点もあります。同じ原子だけからできている同素体は、酸素の場合にはO2(普通の酸素ガス),O3(オゾン)がありますが、硫黄の場合にはS8(単斜硫黄など)のほかにもっと多数の原子が連結したゴム状硫黄(これらをまとめて元素状硫黄S0という)もあります。酸素と水素からできる化合物としては、酸素の場合は、水(H2O)、過酸化水素(H2O2)などが主なものですが、硫黄と酸素、水素が結合してできる化合物には、H2S(硫化水素)、元素状硫黄(総称的にS0と書かれる。S8が多いといわれるが、もっと多数がつながったものもある)、チオ硫酸(H2S2O3)、亜硫酸(H2SO3)、硫酸(H2SO4)等々と多様です。
光合成細菌の中には、電子供与体としてH2Oの代わりに硫黄化合物を使って炭素同化などの反応を行うものがあり、主なグループとしては、緑色硫黄細菌、紅色硫黄細菌などがあります。電子供与体として利用する硫黄化合物とその産物(酸化された化合物)は微生物種によって非常に多様であり、その反応経路が十分には解明されていないものも多々あります。そこで、簡約した表記法として、ご質問のようにH2Oを電子供与体とする普通の光合成に倣って、硫黄光合成細菌による光合成の反応式を、
2 H2S+CO2 +[光エネルギー]→(HCOH)「有機物」+H2O +2S(酸化された電子供与体) (反応式2)
として理解することが「代表的表記法」としてしばしば使われます。
では、ご質問に戻り、「本当はどうなっているのか」というと、電子供与体として利用できる硫黄化合物と、それに関与する酵素や電子伝達系が光合成細菌の生物種ごとに多様であり、また、十分には解明されていない箇所も多いので、高校のレベルでは、「H2Sが電子供与体となり、元素状の硫黄になる。生物種によっては、元素状硫黄を、更に亜硫酸のレベルに、次いで硫酸のレベルに酸化できるものもいる」程度の説明が適切だと思われます。
[回答第II部]
通常の光合成は、詳しく見ると、植物、藻類、シアノバクテリアなどの酸素発生型光合成生物では、光化学系IとIIの、2種類の光化学反応系の共同作業により駆動されます。
光化学系II(II型光化学反応中心に属する)は、光のエネルギーを利用し、H2Oを分解してO2を発生して中程度に強力な還元力(還元型キノン類)を作り、光化学系I(I型光化学反応中心)は中程度よりもやや弱い還元力を持つ電子供与体(プラストシアニンまたはシトクロム)から電子を受け取って、フェレドキシン、NAD+またはNADP+を還元できるような強力な還元力を作ります。
I型光化学反応中心によって生み出される強力な還元力は、CO2を糖類のレベルに還元するのに十分な強さを持っています。酸素発生型光合成を営む緑色植物、藻類、シアノバクテリアは、いずれも光化学系IとIIの両方を持ち、そこで行われる電子伝達反応は基本的にそれらの生物間で共通です。
緑色硫黄光合成細菌はI型光合成反応中心しかないので、H2Oを電子供与体として利用できないが、硫化水素、原子状硫黄などを電子供与体として利用して強力な還元力を生み出すことができ、これを利用してCO2を糖類のレベルに還元することができるので、光独立栄養生物の仲間に入ります。I型を持つ緑色硫黄細菌では、H2S →2e- + 2H+ + S0(ゼロ価硫黄)なって、電子e-はシトクロムに渡され、光化学反応と電子伝達系を経て、フェレドキシンへと渡され、炭素同化反応に利用されます。フェレドキシンに渡される部分の反応は、植物や藻類の葉緑体と同様です。S0はゼロ価硫黄で、1つずつ鎖が伸び、元素状硫黄粒子として蓄積され、その後、これが電子供与体として利用される場合は、鎖から1原子ずつ受容体に渡されて電子供与体として利用されると想定されています。
これとは別に、光合成細菌の中には、成長に光エネルギーを利用しているが、H2Oを電子供与体として利用できず、その反応中心タンパク質のアミノ酸配列や電子伝達系がかなりの程度、酸素発生型光合成物の光化学系IIとの間に共通点が見られるものがいます(II型反応中心を持つ光合成細菌。その代表は、紅色非硫黄細菌)。このタイプの光合成細菌は、電子供与体としてH2O を利用できないので、代わりに、有機化合物などから得られる電子をシトクロムに渡し、光化学反応を利用して中程度に強力な還元力(還元型キノン)を作ります。これは糖のレベルに還元するにはエネルギーレベルが不十分なので、このグループの光合成細菌は光従属栄養的に生育します。ところが、その中の一部(紅色硫黄細菌)は、硫黄化合物H2S(硫化水素)やチオ硫酸(H2S2O3)などを利用して中程度に強力な還元力(還元型キノン)を得て、さらに、光合成電子伝達反応系が関与するエネルギー依存的電子逆行反応(化学浸透説による)によってNAD+またはNADP+を還元するのに十分な還元力を得て、CO2を同化できるので、光独立的に成長することができます。繰り返しになりますが、大部分の紅色細菌は光従属栄養的で、その中で硫黄化合物を電子供与体として利用できるものが光独立栄養的に成長できます。
このような反応系を理解するには、熱力学の知識を必要としますが、高校生にそこまで要求するのは、一般に無理だと思われます。生物学を専攻する大学生レベルでも、教える内容は、[回答第I部]程度にとどめているのがほとんどだと思います。生物学を広く理解するには、学ぶべき分野は他にも多々ありますので。
[回答第III部]
光合成細菌による硫黄化合物の光合成への電子供与体としての利用については、[回答第I部]の反応式1Bと反応式2を比較する程度で満足して、大局的に理解するにとどめることをお勧めします。以下は、もっと詳しい説明が欲しいというときの解説です:
光合成細菌による硫黄の酸化は、詳細はまだ確定していませんが、より還元されているものから酸化されているものの順に、次のようになります:
H2S、元素状硫黄、チオ硫酸(H2S2O3)、亜硫酸(H2SO3)、硫酸。硫黄化合物を電子供与体として利用する光合成物は、これらの一部しか利用できないもの、全部を利用できるものなど、様々です。反応系路も、酵素レベルで明らかになっている部分もあるが、まだ確定していない部分も多々あります。
次の反応式は、仮説の段階であり、確定したものではありません(くれぐれもご注意ください):
元素状の硫黄(S)は、おそらく、タンパク質のSH基(RSHと表記。RはSH基を結合したタンパク質部分)に渡されてRSSHとなり、これが亜硫酸(H2SO3)のレベルに酸化されてRSSO3Hとなり、これが更に酸化されて硫酸となって放出される(RSH+H2SO4)。
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-06-26