一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

根酸と腐植酸の動態

質問者:   会社員   bon
登録番号5398   登録日:2022-06-27
根酸(クエン酸やリンゴ酸など)や、腐植酸(フェノール類など)といった有機酸が、土壌中のミネラル類と可溶化・キレート化する事で、植物から根から栄養素を吸収しやすくなる。
というところまでは、なんとなくですが理解できました。

そこで疑問に思ったのですが、比較的低分子な根酸と高分子な腐植酸とでは、吸収できる栄養素の種類や量に違いがあるのでしょうか?
また、キレートにより一緒に吸収された有機酸はその後どのような代謝をされるのでしょうか?

各種有機酸の動態について調べてみたのですが、調査力不足のためかなかなか良い情報が掴めませんでした。
ご教授の程、よろしくお願いいたします。
Bon さん

この質問コーナーをご利用いただきありがとうございます。ご質問には岡山大学の佐々木孝行先生から下記のような非常に丁寧な回答文が寄せられましたので参考になさってください。

【佐々木先生からの回答】
-回答の要約-
回答が長文になるので、「要約」と「解説」に区別してお答えします.
(1)根から分泌される有機酸と腐植酸は、主に酸性土壌でのアルミニウムと錯体(キレート)をつくる。そのことにより、根は障害を免れて栄養素を吸収することができる。ただし、吸収できる栄養素の種類に違いはないと考えられる。また、吸収量は根から放出される有機酸の量、土壌の腐植酸の含有量に左右される。
(2)通常、有機酸・腐植酸は土壌の毒性を示すアルミニウムと錯体をつくり、再吸収はされないと考えられる。再吸収される場合もあるが、その後の代謝は不明(おそらく通常の細胞内の代謝経路で代謝されるか、液胞などに隔離・蓄積されると考えられる)。

-解説-
(基本知識)
腐植物質は、土壌有機物が微生物などにより分解を受けた産物から化学的・生物学的に合成されたもので、そのうち抽出法の違いで、(A)ヒューミン、(B)腐植酸(フミン酸)、(C)フルボ酸に分けられます。(A)~(C)はいずれも有機物の混合物です、このうち、腐植酸が後述の植物に対する効果が大きいようです。また、腐植酸は化学構造的には複雑な高分子有機酸であり、多数のカルボキシル基、フェノール性水酸基を有します。ただし、腐植酸も混合物であるため、平均的な構造モデルのみが報告されています。
根から分泌される有機酸(リンゴ酸やクエン酸など)や腐植酸の効果として、それらがもつカルボキシル基(加えて腐植酸ではフェノール性水酸基)により、酸性土壌で作物の生育阻害要因となるアルミニウム(Al3+)と錯体をつくることで、その毒性を軽減することが知られています。その結果、植物は根の機能を正常に保ち、様々な栄養素を吸収することができます。これは。植物のアルミニウム耐性機構の中でも排除機構とよばれるものです。
さらに、土壌中のアルミニウム、鉄、カルシウムは「リン酸」と錯体をつくり難溶性となっていますが、有機酸や腐植酸とアルミニウム、鉄、カルシウムが錯体をつくることにより、リン酸の取り込みが促進される効果もあります。
おそらく、ここまでは質問者の方は理解されているかと思います。

(質問のポイント-1)
「比較的低分子な根酸と高分子な腐植酸とでは、吸収できる栄養素の種類や量に違いがあるのか?」という問いですが、前述の通り、低分子有機酸(リンゴ酸やクエン酸)および高分子の腐植酸は共に、アルミニウム毒性を軽減して根を健康な状態に近づけ、栄養素の吸収を助けます。またリン酸の吸収にも寄与します。このように役割の共通性から「吸収できる栄養素の種類」については、ほぼ同様であると考えられます。

(質問のポイント-2)
「栄養素の量」については、アルミニウム、鉄、カルシウムと錯体をつくるのはカルボキシル基、フェノール性水酸基であることから、「一分子あたり」の結合能は、化学構造から推察するとそれらを多数有する腐植酸が、リンゴ酸やクエン酸(それぞれ2つ、または3つのカルボキシル基をもつ)よりも高いはずです。
ただし、両者の影響について考えると、植物の根の周囲(根圏)における「量的」な影響についても考慮が必要です。さらに、酸性土壌において根から放出される有機酸の量や種類は、植物種によって異なることも影響します。 例えば、コムギは主にリンゴ酸、オオムギやトウモロコシはクエン酸を根から分泌し、根圏(根の周辺部位)で効率的にアルミニウムと錯体をつくり、酸性土壌に耐性を示します。これらは、同じ植物種であっても品種間で差がみられます。コムギはアルミニウム活性化型リンゴ酸輸送体:ALMT1の遺伝子発現が高い品種で酸性土壌・アルミニウム耐性となります。クエン酸を放出する植物でもMATEとよばれるタイプの輸送体遺伝子を多く発現するものが耐性品種となります。これら酸性土壌耐性の植物(品種)では、根圏の状態が正常に保たれるため、栄養素やリン酸を吸収して通常に近い生育を示します。そして、有機酸を放出できない植物(品種)は、細胞膜などにダメージを受け、また栄養素の吸収が妨げられ、根の伸長が抑制されます。なお、例外として、一部の植物では「根圏に放出された有機酸によるアルミニウムの無毒化」とは別の耐性機構を持つことが知られています。一方で、腐植酸は自然界の植物遺体からの分解によってつくられるため、その分布や量は土壌環境や微生物の存在に左右されます。
以上のことを総合的に考えると、根から分泌される有機酸と腐植物質中の腐植酸、どちらが「栄養素の吸収量」という点で効果的か、単純に比較するのは難しいと考えられます。

(質問のポイント-3)
「キレートにより一緒に吸収された有機酸」については、一般的には、分泌されたリンゴ酸やクエン酸はアルミニウムと錯体をつくり、アルミニウムの無毒化に寄与します。これらが再吸収されるという報告は多くありません。過剰に分泌された有機酸は根圏微生物により分解され、微生物の炭素源となると思われます。ただし、植物の中にはアルミニウム・有機酸の錯体を取り込み、葉などの液胞に隔離することで、酸性土壌に耐性を示すものがあります。これは前述の「排除機構」に対して「体内耐性機構」とよばれるものです。
例えば、ソバはアルミニウムに応答して根から有機酸の一種であるシュウ酸を分泌します。そしてアルミニウム・シュウ酸の錯体を取り込み、最終的に葉の液胞に隔離されることで耐性を示します(植物体内でのシュウ酸については、登録番号0236、登録番号0430、登録番号0432、登録番号1119 が参考になると思います)。他にも、植物がアルミニウム・リンゴ酸の錯体が植物の根から吸収されるという報告があります、しかし、アルミニウム・有機酸の錯体が植物体内でどのように代謝されるかについては、よく解っていないと思われます。
これは私の推測ですが、リンゴ酸やクエン酸は植物細胞中に多量に存在する代謝物であることから、通常は再吸収する必要はなく、たとえ吸収されても細胞内でアルミニウムから切り離された形態になった場合には、呼吸反応のトリカルボン酸回路などで代謝されるか、代謝産物を蓄積する液胞等に隔離されるのではないかと考えています(植物の液胞は細胞質よりも数十倍量のリンゴ酸などを濃縮していると言われています)。

一方で、「新版 土壌学の基礎,農文協」によると、「腐植酸などは植物の発芽や発根,根や茎の生育を促進する効果をもつ。これは、溶解度の低い養分元素が有機物と結合することによって植物に吸収されやすくなることや、腐植物質の一部が植物に直接吸収されてホルモン類似作用をもたらし、光合成や呼吸の活性、タンパク質・核酸の合成を促進させるためと考えられている。」とあります。ただし、前述のように「腐植酸は、複雑な高分子有機酸の混合物」であるためか、代謝についての詳細な記述は読み取れませんでした。

参考文献:
『新版 土壌学の基礎』松中照夫著(農文協)
「低リン条件で房状の根を形成する植物の機能と分布」丸山隼人・和崎淳著『化学と生物』Vol.55:189-195(2017)
『最新土壌学』久馬一剛編(朝倉書店)
『植物栄養学 第2版』間藤徹・馬建鋒・藤原徹編(文永堂出版)
佐々木 孝行(岡山大学資源植物科学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2022-07-04