質問者:
一般
ガーデンドラゴン
登録番号5402
登録日:2022-07-01
先日、料理をしてる時にトマトやピーマンを切りながらふと思ったのですが、トマトやピーマンを輪切りにした際、子室の数が一定でないのはどういう理由なのでしょうか。同じ種の植物なのに、できた果実の子室の数に違いが出る理由について。
ミニトマトの場合は、子室が2つですが、大玉トマトの場合は5つ以上の場合が多いです。
ピーマンの場合も、3つだったり、4つだったりします。
子室の数イコール胎座の数だと思いますし、この数は植物種あるいは植物の科によって一定だと思っていたのですが。
ナス科の場合は、花びらが5裂すると決まってるのと同じように、子房の横断面での空間の数も決まってるのではないかと。
そうであれば、子房の成長した果実の横断面でも子室の数は一定になるはず。
でも、実際は一定でないように感じます。
なぜ、このような子室の数にばらつきが出てしまうのでしょうか。
ガーデンドラゴン 様
ご質問、有り難うございました。植物の生殖・遺伝学を専門とされておられます東北大学の渡辺正夫先生と、渡辺先生の教え子さんであります(株)タキイ種苗の遠藤誠博士に回答をお願いし、下記のコメントを頂きました。
【渡辺先生からの回答】
東北大学大学院生命科学研究科で、植物の生殖、特に、自家不和合性という「花粉と雌しべの相互作用」を研究しております。果実の形成も生殖過程の重要な要素ですので、質問内容について説明したいと思います。
今年は観測以降最速での梅雨明けということで、植物の生育にはよいかも知れないですが、一方で朝晩の水やりなどが大変な作物栽培環境かと思います。そうした中でも、夏野菜のトマト、ピーマンは露地で栽培されたものが出荷されはじめ、おいしい時期かと思います。トマト、ピーマンはいずれもナス科に分類されますので、これ以降、トマトを例にして質問の内容について記したいと思います。
言われるとおり、「科」という分類単位で花弁、がく片などの数は決まっています。渡辺が研究に使っているアブラナ科の場合、がく片が4、花弁が4、雄しべ(雄ずい)が6、雌しべを構成する心皮は2です。心皮が3になるような栽培種がインドで栽培されているというのは聞いたことがありますが、実際に3になった雌しべは見たことがありません。この心皮の部分に種子が形成されます。トマトの場合は、種子が形成される部分を子室と呼び、中心部に胎座があります。ですので、大きく見ると、心皮の数、子室の数、胎座の数はトマトの場合、一致すると思われます。
野生種のトマトを人類が栽培化して、現在のトマトができています。現在のトマトに近い野生種の子室数は2です。ミニトマトの横断面を見て頂けると分かるかと思います。トマトでは「子室の数が2」のものを使って人類は品種改良をスタートさせたのです。では、同じ種であるにもかかわらず、なぜ子室の数が増加したのでしょうか。
子室の数が多くなると、トマトの果実は大きくなってきます。そうした大きな果実という「変異体」を人類が気に入り、大きな果実をつける個体を相互に交雑することで、子室の数が多くなったと考えられます。
この子室の数を制御する遺伝子として、CLV3遺伝子が見つかっています。この遺伝子は被子植物の地上部の分裂組織である茎頂分裂組織(かつては、生長点とも呼ばれていた)の大きさを制御します。野生種のトマトではこのCLV3遺伝子が高発現していて、茎頂分裂組織の大きさが小さくなり、結果として花(果実)の数が少なくなります。また、この遺伝子の発現量を抑制されている品種では子室の数は増加することが分かっています。さらに、ゲノム編集という遺伝子の文字(A, T, G, C)を変化させることによって遺伝子の発現を人為的に抑制することでも子室の数は増加することが分かりました。つまり、人類がトマトの栽培化過程で、このCLV3遺伝子に多様な変異が導入された個体を果実の大きさだけで見つけて、相互に交雑を行った結果、子室の数が少しずつ変化した個体ができたわけです。現在の品種改良はこのように自然界で創出された「CLV3変異体」を複雑に交雑することにより、多様な品種が生まれ、結果として果実の大きさ、子室の数が変化しています。もうひとつ付け加えると、このCLV3遺伝子と一緒に機能するWUSCHEL遺伝子の変異、発現量によっても子室の数、果実の大きさが変化することが知られています。
では、1つの個体の中で子室の数に変化がないのかということですが、トマトが生育していく過程で、太陽光、根からの養分、気温などが変化します。こうした環境条件の変化により、植物の生長を司っている植物ホルモンの量なども変化して、植物ホルモンが遺伝子発現に影響することで、1つの個体内で子室の数が異なるトマトが観察されます。実際、環境条件の変化や、ジベレリンなどの植物ホルモン処理により、子室(心皮)の数が変化することが分かっています。
トマトでお話をしましたが、現時点でのナス科の果実の大きさ、心皮(子室)の数の制御に関わる研究から分かっていることです。遺伝子の変異と環境要因の相互作用により、ある種の「ゆらぎ」としてナス科野菜の場合に子室の数が変化することかと思います。これからトマト、ピーマンなどのナス科野菜はおいしくなる時期。トマト、ピーマンなどの横断面を見て、遺伝子の変化、栽培条件の変化でこんなことが起きているのだと、改めて観察頂ければうれしい限りです。
なお、この回答を作成する過程で、(株)タキイ種苗でトマトの研究をされている遠藤誠博士にもご協力頂きましたことを付記します。
ご質問、有り難うございました。植物の生殖・遺伝学を専門とされておられます東北大学の渡辺正夫先生と、渡辺先生の教え子さんであります(株)タキイ種苗の遠藤誠博士に回答をお願いし、下記のコメントを頂きました。
【渡辺先生からの回答】
東北大学大学院生命科学研究科で、植物の生殖、特に、自家不和合性という「花粉と雌しべの相互作用」を研究しております。果実の形成も生殖過程の重要な要素ですので、質問内容について説明したいと思います。
今年は観測以降最速での梅雨明けということで、植物の生育にはよいかも知れないですが、一方で朝晩の水やりなどが大変な作物栽培環境かと思います。そうした中でも、夏野菜のトマト、ピーマンは露地で栽培されたものが出荷されはじめ、おいしい時期かと思います。トマト、ピーマンはいずれもナス科に分類されますので、これ以降、トマトを例にして質問の内容について記したいと思います。
言われるとおり、「科」という分類単位で花弁、がく片などの数は決まっています。渡辺が研究に使っているアブラナ科の場合、がく片が4、花弁が4、雄しべ(雄ずい)が6、雌しべを構成する心皮は2です。心皮が3になるような栽培種がインドで栽培されているというのは聞いたことがありますが、実際に3になった雌しべは見たことがありません。この心皮の部分に種子が形成されます。トマトの場合は、種子が形成される部分を子室と呼び、中心部に胎座があります。ですので、大きく見ると、心皮の数、子室の数、胎座の数はトマトの場合、一致すると思われます。
野生種のトマトを人類が栽培化して、現在のトマトができています。現在のトマトに近い野生種の子室数は2です。ミニトマトの横断面を見て頂けると分かるかと思います。トマトでは「子室の数が2」のものを使って人類は品種改良をスタートさせたのです。では、同じ種であるにもかかわらず、なぜ子室の数が増加したのでしょうか。
子室の数が多くなると、トマトの果実は大きくなってきます。そうした大きな果実という「変異体」を人類が気に入り、大きな果実をつける個体を相互に交雑することで、子室の数が多くなったと考えられます。
この子室の数を制御する遺伝子として、CLV3遺伝子が見つかっています。この遺伝子は被子植物の地上部の分裂組織である茎頂分裂組織(かつては、生長点とも呼ばれていた)の大きさを制御します。野生種のトマトではこのCLV3遺伝子が高発現していて、茎頂分裂組織の大きさが小さくなり、結果として花(果実)の数が少なくなります。また、この遺伝子の発現量を抑制されている品種では子室の数は増加することが分かっています。さらに、ゲノム編集という遺伝子の文字(A, T, G, C)を変化させることによって遺伝子の発現を人為的に抑制することでも子室の数は増加することが分かりました。つまり、人類がトマトの栽培化過程で、このCLV3遺伝子に多様な変異が導入された個体を果実の大きさだけで見つけて、相互に交雑を行った結果、子室の数が少しずつ変化した個体ができたわけです。現在の品種改良はこのように自然界で創出された「CLV3変異体」を複雑に交雑することにより、多様な品種が生まれ、結果として果実の大きさ、子室の数が変化しています。もうひとつ付け加えると、このCLV3遺伝子と一緒に機能するWUSCHEL遺伝子の変異、発現量によっても子室の数、果実の大きさが変化することが知られています。
では、1つの個体の中で子室の数に変化がないのかということですが、トマトが生育していく過程で、太陽光、根からの養分、気温などが変化します。こうした環境条件の変化により、植物の生長を司っている植物ホルモンの量なども変化して、植物ホルモンが遺伝子発現に影響することで、1つの個体内で子室の数が異なるトマトが観察されます。実際、環境条件の変化や、ジベレリンなどの植物ホルモン処理により、子室(心皮)の数が変化することが分かっています。
トマトでお話をしましたが、現時点でのナス科の果実の大きさ、心皮(子室)の数の制御に関わる研究から分かっていることです。遺伝子の変異と環境要因の相互作用により、ある種の「ゆらぎ」としてナス科野菜の場合に子室の数が変化することかと思います。これからトマト、ピーマンなどのナス科野菜はおいしくなる時期。トマト、ピーマンなどの横断面を見て、遺伝子の変化、栽培条件の変化でこんなことが起きているのだと、改めて観察頂ければうれしい限りです。
なお、この回答を作成する過程で、(株)タキイ種苗でトマトの研究をされている遠藤誠博士にもご協力頂きましたことを付記します。
渡辺 正夫(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
山谷 知行
回答日:2022-07-06
山谷 知行
回答日:2022-07-06