質問者:
大学生
サザエ
登録番号5422
登録日:2022-08-06
こんばんはみんなのひろば
コムギを始めとした穀物の二酸化炭素吸収について
先日,航空機についてネットサーフィンをしていた際に,国立研究開発法人 国立環境研究所地球環境研究センターのプレスにおいて「インド・デリー周辺の冬小麦が都市排出を上回る二酸化炭素を吸収~民間航空機観測(CONTRAIL)から明らかになった新たな炭素吸収~」(https://www.nies.go.jp/whatsnew/2016/20161201/20161201.html)という記事を見つけました。
この記事によると,年間を通じて,インドの一部地域の大気中二酸化炭素濃度が非常に低い濃度となる時期があり,これは,インド北部で冬季に栽培される植物(主に冬小麦)によって大量の二酸化炭素が吸収されたことが原因と考えられているそうです。
この記事をよんで興味が湧いたので,コムギ等の植物がどれほど二酸化炭素の吸収(固定化?)能力を持っているのかが気になり,そのような研究論文等があるかを調べてみたのですが,自分の力では見つけることができませんでした。
そこで,植物(特に,コムギを始めとした穀物)がどれ程のの二酸化炭素吸収能力を有しているか等について可能な限り,ご教授いただければ幸いです。
また,上述の通り,自分でいろいろと調べようとしても何を調べてよいのか検討もつかず困ってしまいました。
そこで,今後上記のような「穀物と二酸化炭素吸収の関係性」等に関する知的好奇心を満たし得る研究・論文・データ等を摂取しようとした場合に,アクセスすべき研究成果や情報が,どのような媒体の,どのような研究分野に,多く蓄積されているか等についても,併せて教えていただければ幸いです。
サザエ 様
先ず、タイトルの「・・穀物の・・・」を、質問文中の記述に準じ、「・・穀物植物の・・・」とさせていただきます。
回答に近づくため、回りくどくなりますが、質問のポイントを私なりに整理することから始めます。
-植物の生育段階―
植物の「二酸化炭素の吸収(固定化?)能力」の程度について問われていると理解しますが、二酸化炭素の吸収は主にはこれを素材とする有機物合成の反応(光合成)として進行するので、その能力は「光合成能」言いかえることにします。ところで、光合成能は植物の成長段階によって大きく違っています。コムギの場合について見ると、(1)種子に含まれる有機物を分解して得られるエネルギーを利用して成長する段階、(2)光合成の装置(葉緑体)を組み立て、光合成により光エネルギーを利用して成長する段階、(3)(2)の機能を営みつつ、花芽を形成して種子を作り、さらには、体内に蓄積した光合成産物を種子に集積する段階、(4)種子が十分に成熟し、個体が枯死して行く段階などのように成長の様相は連続して変化して行くことが分かります(もちろん、段階の移行時には相互の重なりがあります)。二酸化炭素吸収能の視点で見ると、(2)の段階と(3)の初期の段階では能力が高く、(1)と(4)の段階では、その能力は低いか殆ど失われていることになります。このような事情を勘案すると、本質問において回答を求められているのは「光合成能の高い成長段階での二酸化炭素吸収の能力」であると理解されますが、当たっているでしょうか(二酸化炭素の吸収の能力を光合成の最終産物としての穀物の生産量として評価する考えもあるとは思いますが)?
-植物の置かれる環境条件-
植物の成長には水分・温度・光などの環境要因が深く関係します(土壌条件も含まれます)。したがって、高い成長段階での光合成能をどのような環境条件下で見積もるかが問題になります。もちろん、あらゆる環境因子を最適にした条件下での最大の光合成能を考えることもできますが、本質問では「穀物植物が実際に生育している環境条件下(コムギについて言えば、栽培されている圃場)での光合成能」に関心があるものと思われますが、これは当たっているでしょうか?
そうであるとして、さて、この能力をどのようにして見積もることになるでしょうか。概略的には、(A)何らかの方法で現地で直接測定するか、(B)現地に似せたモデル区を設定して測定を行い、そこで得られた結果を全体に拡大して考察する手法がとられることになるかと思います。後者の場合(B)、変動する自然条件下にある現地に似せたモデル区を設定することの困難さの克服が課題になります。前者の場合(A)、例えば、空中から得られる光学情報(光合成色素であるクロロフィルの蛍光情報など)を手掛かりに、太陽光の下で機能状態にある植物の光合成能を見積もることが行われていますが、この際には適当な指標を見付けることが課題となります。また、破壊的な方法にはなりますが直接的なやり方として、現地で植物の一部のサンプルを採り、光合成が機能した結果として蓄積された有機物の量(例えば、乾燥重量の増加)を計測して二酸化炭素の吸収量を見積もることもあるかと思います。何れにしても、栽培されている現場において土壌をも含めた一定の耕地面積当たりの光合成能(総一次生産や純一次生産の速度)を求めることが必要になります。
環境条件以外に、植物の種類や品種により光合成能は大きく異なりますので、お求めの「コムギを始めとした穀物植物の二酸化炭素吸収」について一般的にお答えするのは困難です。穀物植物を扱う作物学の立場では光合成能は最大の関心事の一つでありますので、過去のデータの蓄積は多く、作物学の教科書では光合成能の比較表のようなもを見出すことができると思います。
ところで、アメリカ海洋大気庁が行っているハワイでの定点観測の結果などのグラフを見ると、二酸化炭素濃度の数値は季節変動をしており、その変動の主な原因は植物の光合成の寄与であると言われています。お示しになられたインドのデリー国際空港での大気中の二酸化炭素濃度の変動に関するデータを興味深く見させていただきました。空港の近くの圃場領域で栽培されている冬コムギの生理活性としての光合成能と二酸化炭素の気中濃度との相関関係を定量的に結び付けることはチャレンジングな課題だと思います。
例えば、学術論文検索(Google Scholar)で、「wheat field」+「primary production」などで検索すると、農地のリモート観測などに関する最近の論文や総説が見つかるものと思います。幾分焦点が広がりますが、関連するQ&Aが本コーナーに掲載されていますのでご参照ください(例、登録番号0845, 1315)。
先ず、タイトルの「・・穀物の・・・」を、質問文中の記述に準じ、「・・穀物植物の・・・」とさせていただきます。
回答に近づくため、回りくどくなりますが、質問のポイントを私なりに整理することから始めます。
-植物の生育段階―
植物の「二酸化炭素の吸収(固定化?)能力」の程度について問われていると理解しますが、二酸化炭素の吸収は主にはこれを素材とする有機物合成の反応(光合成)として進行するので、その能力は「光合成能」言いかえることにします。ところで、光合成能は植物の成長段階によって大きく違っています。コムギの場合について見ると、(1)種子に含まれる有機物を分解して得られるエネルギーを利用して成長する段階、(2)光合成の装置(葉緑体)を組み立て、光合成により光エネルギーを利用して成長する段階、(3)(2)の機能を営みつつ、花芽を形成して種子を作り、さらには、体内に蓄積した光合成産物を種子に集積する段階、(4)種子が十分に成熟し、個体が枯死して行く段階などのように成長の様相は連続して変化して行くことが分かります(もちろん、段階の移行時には相互の重なりがあります)。二酸化炭素吸収能の視点で見ると、(2)の段階と(3)の初期の段階では能力が高く、(1)と(4)の段階では、その能力は低いか殆ど失われていることになります。このような事情を勘案すると、本質問において回答を求められているのは「光合成能の高い成長段階での二酸化炭素吸収の能力」であると理解されますが、当たっているでしょうか(二酸化炭素の吸収の能力を光合成の最終産物としての穀物の生産量として評価する考えもあるとは思いますが)?
-植物の置かれる環境条件-
植物の成長には水分・温度・光などの環境要因が深く関係します(土壌条件も含まれます)。したがって、高い成長段階での光合成能をどのような環境条件下で見積もるかが問題になります。もちろん、あらゆる環境因子を最適にした条件下での最大の光合成能を考えることもできますが、本質問では「穀物植物が実際に生育している環境条件下(コムギについて言えば、栽培されている圃場)での光合成能」に関心があるものと思われますが、これは当たっているでしょうか?
そうであるとして、さて、この能力をどのようにして見積もることになるでしょうか。概略的には、(A)何らかの方法で現地で直接測定するか、(B)現地に似せたモデル区を設定して測定を行い、そこで得られた結果を全体に拡大して考察する手法がとられることになるかと思います。後者の場合(B)、変動する自然条件下にある現地に似せたモデル区を設定することの困難さの克服が課題になります。前者の場合(A)、例えば、空中から得られる光学情報(光合成色素であるクロロフィルの蛍光情報など)を手掛かりに、太陽光の下で機能状態にある植物の光合成能を見積もることが行われていますが、この際には適当な指標を見付けることが課題となります。また、破壊的な方法にはなりますが直接的なやり方として、現地で植物の一部のサンプルを採り、光合成が機能した結果として蓄積された有機物の量(例えば、乾燥重量の増加)を計測して二酸化炭素の吸収量を見積もることもあるかと思います。何れにしても、栽培されている現場において土壌をも含めた一定の耕地面積当たりの光合成能(総一次生産や純一次生産の速度)を求めることが必要になります。
環境条件以外に、植物の種類や品種により光合成能は大きく異なりますので、お求めの「コムギを始めとした穀物植物の二酸化炭素吸収」について一般的にお答えするのは困難です。穀物植物を扱う作物学の立場では光合成能は最大の関心事の一つでありますので、過去のデータの蓄積は多く、作物学の教科書では光合成能の比較表のようなもを見出すことができると思います。
ところで、アメリカ海洋大気庁が行っているハワイでの定点観測の結果などのグラフを見ると、二酸化炭素濃度の数値は季節変動をしており、その変動の主な原因は植物の光合成の寄与であると言われています。お示しになられたインドのデリー国際空港での大気中の二酸化炭素濃度の変動に関するデータを興味深く見させていただきました。空港の近くの圃場領域で栽培されている冬コムギの生理活性としての光合成能と二酸化炭素の気中濃度との相関関係を定量的に結び付けることはチャレンジングな課題だと思います。
例えば、学術論文検索(Google Scholar)で、「wheat field」+「primary production」などで検索すると、農地のリモート観測などに関する最近の論文や総説が見つかるものと思います。幾分焦点が広がりますが、関連するQ&Aが本コーナーに掲載されていますのでご参照ください(例、登録番号0845, 1315)。
佐藤 公行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-08-10