質問者:
一般
しんいち
登録番号5434
登録日:2022-08-18
夏休みに子どもの自由研究で、白い菊の花の茎からいくつかの色水を吸わせて花びらが染色されるか実験を行いましたが、結果をどのように解釈してよいかわからず、このたびご質問させていただきました。白い菊に、紅花で作った黄色の植物染色液を吸わせても、花びらの色が染まらないのはなぜでしょうか
インターネットで染め花について調べると、食紅やプリンターのインク、絵具で作った色水を花に吸わせる実験が見つかりますが、今回は、子供が、染め花を作るときに他の花で作った色水を吸わせても花びらが染まるか疑問に思ったので、実験してみることにしました。
具体的には、以下の液体を入れた500mlのペットボトルに白い菊の花を入れて茎から液体を吸わせ、花びらが染まるか比較しました。
①水道水
②絵具で作った色水(黄色)
③紅花で作った植物染色液(黄色)
④染め花専用の染色剤を溶かした溶液
備考:③は紅花15gを水500mlに入れて、1時間かけて黄色の植物染色液を作りました。
5分後、10分後、20分後、30分後、1時間後、2時間後、6時間後に観察すると、6時間後に④だけ花びらが黄色に染まりました。
紅花で作った植物染色液には、水溶性の黄色色素のサフラワーイエローが含まれていると考えて実験していたのですたが、③で白い菊の花が染まらなかったのは、どうしてでしょうか。
何らかの理由で色素が導管を通じて花びらまで到達することができなかったからでしょうか(例えば、絵具で作った色水のように色の元になるものが大きすぎて導管を通過できないなど)。
それとも、色素が花びらまで到達しても何らかの理由で白い花びらが染まらないのでしょうか。
ご教授いただければ幸いに存じます。
しんいち様
みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
まず、天然の色素である紅花の黄色い色素を使った実験計画を立てたことは、実験計画者が植物色素のことを相当詳しく調べていると感心しました。植物色素の研究が専門の小関良宏博士(理学)(東京農工大学名誉教授)に詳しく回答していただきました。
【小関博士の回答】
ベニバナの黄色はサフロミン(あるいはサフロールイエロー)で、これは非常に水に溶けやすいものです。ベニバナのサフロミンは糖を結合していない状態(配糖化されていない状態と言います)であるにもかかわらず、非常に水に溶解しやすく、植物細胞はこれを、細胞外から細胞内取り込んで、更に液胞に送り込むことが原則的に可能です。サフロミンの基本骨格はカルコンと呼ばれるフェノール性色素の 1 種であり、そのままの状態(糖を結合していない状態)のままだと脂溶性であり、かつ不安定な物質です。そこで、多くの植物ではカルコンはすぐに、酵素の働きにより、つぎつぎに別の物質に変換されていきます。なお、多くの花の赤い花の色素であるアントシアニンはこの変換された最終化合物で、生体内ではこれに糖が結合した状態で、細胞の中の液胞というところに隔離させる形で蓄積します。これにさらに別の化合物や無機イオンが結合することにより様々な色合いの花びらになる場合もあります。一方、カルコンは、弱酸性から中性の水の中で放っておくと試験管の中でも生きた細胞の中でも、酵素の働きによらないで、別の化合物に変化してしまいます。この酵素によらない変化では立体構造が異なる 2 種類の光学異性体ができてしまい、その一方はそれ以降の代謝系の酵素作用を受けません。すると、後者の化合物は、液胞に取り込まれないので、細胞質内にとって毒となり、細胞は死んでしまう危険性があります。一部の植物では、この酵素が働けない場合、カルコンは糖と結合するか、さらには化学変化を受けて水溶性となり、液胞の中に輸送されて蓄積される場合があります(これができる黄色いカーネーションは咲くが、これができない黄色いアサガオは蕾で死んで開花できません)。ベニバナにおいてはカルコンからの化合物は、さらに別の酵素による化学変化を受けて水溶性の黄色いサフロミンとなり、ある意味解毒されて、液胞膜を通過して蓄積しています。
さて、実験材料の菊の場合、どのようになるかは、品種や植物の状態によって結果が異なる可能性があるので、結果は確実には予測できません。ご質問の「白い菊の花びらが黄色く染まらなかった」とのことですが、花びらに取り込まれる量が少なかったために、目には黄色だと認識できなかった可能性が考えられます。黄色い色素濃度を、3 倍とか、10 倍にして試すと、花びらが黄色っぽくなるかもしれません。あるいは、色素濃度が高すぎると、花が障害を受けることも考えられます。植物のカルコン耐性は、植物種、品種、生育段階によって異なる可能性がありますので、どうなるかは、やってみなければわからないといったところでしょう。また、サフロミンは、液胞膜は通過するけれども、そこに入る前に細胞膜を通過しなければなりません。今回の実験において、生きた花では細胞膜を通過しにくいために花弁に溜まりにくかった可能性もありますが、私自身は、これを試したことがないので、結果はわからないということです。
(付記)紅花のもう一方の色素である紅色のカルタミンはベニバナのみが作るもので、先ほど述べたように、多くの植物が持つ赤色色素のアントシアニンとは全く違うものです。アントシアニンに比べるとカルタミンはその色合いが違うだけでなく、赤色の安定な染色剤として古来より用いられてきたのは、その分子構造の特異性によるものです。
みんなのひろば 植物Q&Aへようこそ。
質問を歓迎します。
まず、天然の色素である紅花の黄色い色素を使った実験計画を立てたことは、実験計画者が植物色素のことを相当詳しく調べていると感心しました。植物色素の研究が専門の小関良宏博士(理学)(東京農工大学名誉教授)に詳しく回答していただきました。
【小関博士の回答】
ベニバナの黄色はサフロミン(あるいはサフロールイエロー)で、これは非常に水に溶けやすいものです。ベニバナのサフロミンは糖を結合していない状態(配糖化されていない状態と言います)であるにもかかわらず、非常に水に溶解しやすく、植物細胞はこれを、細胞外から細胞内取り込んで、更に液胞に送り込むことが原則的に可能です。サフロミンの基本骨格はカルコンと呼ばれるフェノール性色素の 1 種であり、そのままの状態(糖を結合していない状態)のままだと脂溶性であり、かつ不安定な物質です。そこで、多くの植物ではカルコンはすぐに、酵素の働きにより、つぎつぎに別の物質に変換されていきます。なお、多くの花の赤い花の色素であるアントシアニンはこの変換された最終化合物で、生体内ではこれに糖が結合した状態で、細胞の中の液胞というところに隔離させる形で蓄積します。これにさらに別の化合物や無機イオンが結合することにより様々な色合いの花びらになる場合もあります。一方、カルコンは、弱酸性から中性の水の中で放っておくと試験管の中でも生きた細胞の中でも、酵素の働きによらないで、別の化合物に変化してしまいます。この酵素によらない変化では立体構造が異なる 2 種類の光学異性体ができてしまい、その一方はそれ以降の代謝系の酵素作用を受けません。すると、後者の化合物は、液胞に取り込まれないので、細胞質内にとって毒となり、細胞は死んでしまう危険性があります。一部の植物では、この酵素が働けない場合、カルコンは糖と結合するか、さらには化学変化を受けて水溶性となり、液胞の中に輸送されて蓄積される場合があります(これができる黄色いカーネーションは咲くが、これができない黄色いアサガオは蕾で死んで開花できません)。ベニバナにおいてはカルコンからの化合物は、さらに別の酵素による化学変化を受けて水溶性の黄色いサフロミンとなり、ある意味解毒されて、液胞膜を通過して蓄積しています。
さて、実験材料の菊の場合、どのようになるかは、品種や植物の状態によって結果が異なる可能性があるので、結果は確実には予測できません。ご質問の「白い菊の花びらが黄色く染まらなかった」とのことですが、花びらに取り込まれる量が少なかったために、目には黄色だと認識できなかった可能性が考えられます。黄色い色素濃度を、3 倍とか、10 倍にして試すと、花びらが黄色っぽくなるかもしれません。あるいは、色素濃度が高すぎると、花が障害を受けることも考えられます。植物のカルコン耐性は、植物種、品種、生育段階によって異なる可能性がありますので、どうなるかは、やってみなければわからないといったところでしょう。また、サフロミンは、液胞膜は通過するけれども、そこに入る前に細胞膜を通過しなければなりません。今回の実験において、生きた花では細胞膜を通過しにくいために花弁に溜まりにくかった可能性もありますが、私自身は、これを試したことがないので、結果はわからないということです。
(付記)紅花のもう一方の色素である紅色のカルタミンはベニバナのみが作るもので、先ほど述べたように、多くの植物が持つ赤色色素のアントシアニンとは全く違うものです。アントシアニンに比べるとカルタミンはその色合いが違うだけでなく、赤色の安定な染色剤として古来より用いられてきたのは、その分子構造の特異性によるものです。
小関 良宏(東京農工大学名誉教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2022-08-22
櫻井 英博
回答日:2022-08-22