質問者:
教員
額鷹
登録番号5439
登録日:2022-08-21
細胞壁のセルロース繊維と,細胞の成長方向,茎の成長の関係について,質問させて頂きます。茎の成長方向と細胞の成長方向とセルロース繊維の方向性の調節について
ジベレリンが作用して茎が伸長成長する際に,細胞が伸長成長する,このとき細胞のセルロース繊維は長軸方向と垂直に並ぶ。。
エチレンが作用して茎が肥大成長する際に,細胞が肥大成長する,このとき細胞のセルロース繊維は長軸方向と平行に並ぶ。
セルロース繊維が並んだあと,伸長ないし肥大が起こることはよくわかります。そこはわかるのですが,その手前です。
登録番号3884で,庄野先生が,こんなふうに説明されています。
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いろいろ省略して、ごく簡単にいいますと、エチレンが無いときにはランダムに並んでいた微繊維はエチレンの存在下では、茎の軸と平行の方向へと並ぶようになります。
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現行の高校生物の教科書にも図と説明が載っているのですが,その出発点についてはセルロース繊維が描かれていません。描かれていないということが,ランダムに並んでいるという状態に対応するのでしょうか?
登録番号2367で,神谷先生が紹介されている『新しい植物ホルモンの科学 第二版』を見ましたところ,p.57にやはりセルロース繊維が描かれていない細胞から,ジベレリンがあると,セルロース繊維が整然と並ぶ一方,ジベレリンがないとセルロース繊維がランダムになる様子が描かれています。
考え方(1)
ということは,分裂したばかりの幼い細胞にはセルロース繊維がなく,細胞の成熟過程で,セルロース繊維をもつ。そして,その際に,細胞におけるセルロース繊維の配向が縦ないし横ないしランダムになる。で,その結果,茎が伸長するか肥大するかが決まる……というストーリーを考えればよいのでしょうか?
考え方(2)
一方,同書のp.98には「エチレンは,横方向に並んでいる皮層細胞の微小管を,縦方向に並ばせる効果がある。その結果,セルロース微繊維も縦方向に並び……」という説明があります。ということは,一度,縦方向に配向したセルロース繊維を横方向に配列し直せるのでしょうか?
考え方(1)だと,暗所で発芽させた「もやし」に,もやしになった後でエチレンを作用させた場合,新しくできた部分だけが太くなるような気がします。考え方(2)なら,それ以上は長くならず,もやし全体が肥大するような気がします。
植物の成長は,レンガを積むような感じだと,昔,教わりました。そのイメージと,セルロース繊維の配向の話がうまくつながりません。
どこが不十分なのか,教えて頂けるとありがたいです。
高校生・既卒生を教えています。いつも,この質問箱に助けられております。皆さんの労力には感謝しかありません。ほんとうに,ありがとうございます。
額鷹様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ほかの自然科学と同じように、生物学の研究も早い速度で進展しています。特に多くの研究者が関わっている分野では日々新しい発見や見解が発表されています。これらの成果をどこまで(高校)教科書にアップデートするか、あるいはできるかはたいへん難しい問題です。ご質問の事柄は、「植物細胞の成長方向を決定するメカニズム」に関することで、現在多くの研究者が研究成果を発表している分野です。特にモデル植物のアラビドプシス(Arabidopsis)を使って、実験系としては比較的単純な根系での研究が目につきます。
さて、どの植物器官でも、分裂組織で細胞分裂によって作られる細胞は小さく、細胞壁は薄く柔らかで柔軟ですが、細胞サイズが大きくなる(成長)に従って細胞壁は厚さと強度が増し、弾力性(Elasticity)に富んだ状態を経て、最後には硬くなってしまいます。最初にできた新しい若い細胞は、その細胞が置かれた周囲の条件によってどのような形にでもなり得ます。細胞成長は、花粉管、根毛、仮根などが行う先端成長(細胞の一部に伸長部位が限定される)を除いて、「Diffuse growth(拡散成長)」で行われます。拡散成長は細胞の全表面で拡大する成長です。しかし、拡散成長も組織の中では方向性が与えられますので、全ての細胞面が等しく拡大して球状になるという事ではありません。
ご質問の場合は茎などの軸性器官に於ける細胞の伸長成長に関する事ですので、その観点から話をして進めます。例えば、茎頂分裂組織で作られた新しい細胞は下方へ押しやられるとともにいろいろな組織に対応して細胞分化を起こしますが、特に、大きく茎の伸長に与る表皮細胞と皮層細胞をイメージしてみます。
細胞が大きくなるためには、細胞壁の面積が増加しなければなりません。それと同時に細胞の内容物も増加する必要があるあります。細胞壁の面積の増加は細胞壁の合成です。その構成はセルロース(セルロース・ミクロフィブリル:CM)が骨格となって、繊維の間にヘミセルロースとペクチンと総称される炭水化物が、いわば充填されます。鉄筋とコンクリートの関係に似ています。他方細胞の内容物の増加は水分の増加です。つまり、細胞の増大は水ぶくれの様なものです。これは吸水(浸透作用)で起こります。細胞が吸水すると内部に張力が生じます(膨圧)。その結果、細胞壁にそれを押し広げようとする力が加わります。この時、細胞壁が縦方向に広がりやすいか、横方向に広がりやすいかは細胞壁の骨格であるCMの配列に影響されます。
CMの配列の方向はそれが合成される時決まります。CMが合成される時、繊維が伸びていく方向は表層微小管の配列の方向で決められます。微小管はレールのようなものです。従って、CMの配列方向の制御は微小管の配列の制御によって左右されます。ジベレリンは微小管を縦軸と直角に配列させ、エチレンやサイトカイニンは並列させます。これらのホルモンがどのように微小管の配列を調節するのかについてはまだ確定的なことは分かっていません。なお、付け加えておくと、細胞壁のCM・微小管の配列は縦か横か一律にきまっている訳ではなく、成長途中の細胞では混在しています。従ってどちらの配列が優勢であるかで細胞拡大の方向が決まると言ってよいでしょう。
ちなみに微小管はαチューブリンとβチューブリンという球状のタンパク質が交互に組み合わさって出来た鎖を巻き上げてできた管で、分解合成を繰り返します。CMは一度合成されたら分解されません。
オーキシンも細胞成長に必須ですし、伸長を促します。しかし、オーキシンは微小管、そしてCMの配列には関与せず、細胞壁が縦か横かのどちらにしろ、膨圧で押し広げられやすいように細胞壁のヘミセルロースなどのセメント充填物質を柔らかくします。
細胞はあるところまで成長(伸長)すると、成長を停止します。そのような細胞の細胞壁ではCMの配列はランダムになっています。また、リグニンなどの硬化物質ができる場合もあります。成長が進むと微小管の配列を決めるメカニズムも停止するのでしょう。ランダムになると細胞壁の伸展性はなくなる事になります。
という事で、考え方1のほうが妥当です。なお、考え方2の中で「皮層細胞の微小管」という言葉が出てでてきますが、これは「表層微小管」の間違いだと思います。表層微小管は英語で「cortical microtubule」と言いますので、「cortica」を「皮層(cortex))と思ったのではないですか。表層微小管はプラズマ・メンブレンの下側にあります。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。ほかの自然科学と同じように、生物学の研究も早い速度で進展しています。特に多くの研究者が関わっている分野では日々新しい発見や見解が発表されています。これらの成果をどこまで(高校)教科書にアップデートするか、あるいはできるかはたいへん難しい問題です。ご質問の事柄は、「植物細胞の成長方向を決定するメカニズム」に関することで、現在多くの研究者が研究成果を発表している分野です。特にモデル植物のアラビドプシス(Arabidopsis)を使って、実験系としては比較的単純な根系での研究が目につきます。
さて、どの植物器官でも、分裂組織で細胞分裂によって作られる細胞は小さく、細胞壁は薄く柔らかで柔軟ですが、細胞サイズが大きくなる(成長)に従って細胞壁は厚さと強度が増し、弾力性(Elasticity)に富んだ状態を経て、最後には硬くなってしまいます。最初にできた新しい若い細胞は、その細胞が置かれた周囲の条件によってどのような形にでもなり得ます。細胞成長は、花粉管、根毛、仮根などが行う先端成長(細胞の一部に伸長部位が限定される)を除いて、「Diffuse growth(拡散成長)」で行われます。拡散成長は細胞の全表面で拡大する成長です。しかし、拡散成長も組織の中では方向性が与えられますので、全ての細胞面が等しく拡大して球状になるという事ではありません。
ご質問の場合は茎などの軸性器官に於ける細胞の伸長成長に関する事ですので、その観点から話をして進めます。例えば、茎頂分裂組織で作られた新しい細胞は下方へ押しやられるとともにいろいろな組織に対応して細胞分化を起こしますが、特に、大きく茎の伸長に与る表皮細胞と皮層細胞をイメージしてみます。
細胞が大きくなるためには、細胞壁の面積が増加しなければなりません。それと同時に細胞の内容物も増加する必要があるあります。細胞壁の面積の増加は細胞壁の合成です。その構成はセルロース(セルロース・ミクロフィブリル:CM)が骨格となって、繊維の間にヘミセルロースとペクチンと総称される炭水化物が、いわば充填されます。鉄筋とコンクリートの関係に似ています。他方細胞の内容物の増加は水分の増加です。つまり、細胞の増大は水ぶくれの様なものです。これは吸水(浸透作用)で起こります。細胞が吸水すると内部に張力が生じます(膨圧)。その結果、細胞壁にそれを押し広げようとする力が加わります。この時、細胞壁が縦方向に広がりやすいか、横方向に広がりやすいかは細胞壁の骨格であるCMの配列に影響されます。
CMの配列の方向はそれが合成される時決まります。CMが合成される時、繊維が伸びていく方向は表層微小管の配列の方向で決められます。微小管はレールのようなものです。従って、CMの配列方向の制御は微小管の配列の制御によって左右されます。ジベレリンは微小管を縦軸と直角に配列させ、エチレンやサイトカイニンは並列させます。これらのホルモンがどのように微小管の配列を調節するのかについてはまだ確定的なことは分かっていません。なお、付け加えておくと、細胞壁のCM・微小管の配列は縦か横か一律にきまっている訳ではなく、成長途中の細胞では混在しています。従ってどちらの配列が優勢であるかで細胞拡大の方向が決まると言ってよいでしょう。
ちなみに微小管はαチューブリンとβチューブリンという球状のタンパク質が交互に組み合わさって出来た鎖を巻き上げてできた管で、分解合成を繰り返します。CMは一度合成されたら分解されません。
オーキシンも細胞成長に必須ですし、伸長を促します。しかし、オーキシンは微小管、そしてCMの配列には関与せず、細胞壁が縦か横かのどちらにしろ、膨圧で押し広げられやすいように細胞壁のヘミセルロースなどのセメント充填物質を柔らかくします。
細胞はあるところまで成長(伸長)すると、成長を停止します。そのような細胞の細胞壁ではCMの配列はランダムになっています。また、リグニンなどの硬化物質ができる場合もあります。成長が進むと微小管の配列を決めるメカニズムも停止するのでしょう。ランダムになると細胞壁の伸展性はなくなる事になります。
という事で、考え方1のほうが妥当です。なお、考え方2の中で「皮層細胞の微小管」という言葉が出てでてきますが、これは「表層微小管」の間違いだと思います。表層微小管は英語で「cortical microtubule」と言いますので、「cortica」を「皮層(cortex))と思ったのではないですか。表層微小管はプラズマ・メンブレンの下側にあります。
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2022-08-23