質問者:
高校生
キリトモ
登録番号5469
登録日:2022-09-14
ニンジンのカルスにインドール酢酸とカイネチンを与えて、カイネチンの濃度が高いと根系に、低いとシュートに再分化する理由について,魚雷型胚の時にオーキシン濃度が低いと根端分裂組織に,高いと茎頂分裂組織になるので、インドール酢酸の働きををカイネチンが阻害しているのでしょうか?
みんなのひろば
カルスの再分化でのオーキシンとカイネチンについて
キリトモ君
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。質問の回答をこの問題に関連した研究をされている東京大学大学院理学研究科生物学科教授の杉山宗隆先生のお願いして以下のように纏めていただきました。植物の器官再生の分子機構はまだ研究が進展中の事柄です。回答にも書かれているように植物成長・発生制御の分子レベルの研究は、現在実験モデル植物のアラビドプシス(セイヨウシロイヌナズナ)を用いたものがほとんどですが、それに基づく成果を一般的な理解と考えてください。もちろん個別的な例外はあるかもしれませんが。
もし、さらなる質問がありましたらお寄せ下さい。
【杉山先生の回答】
植物の組織培養において、培地に添加する植物ホルモン、とくにオーキシンとサイトカイニンが、細胞増殖や分化・形態形成の重要な制御要因になっていることは、よく知られています。しかし、これらの作用は複雑で、分子生物学的研究が進んだ現在でも、制御の原理の解明には至っていません。いただいた質問もかなり難しいのですが、質問内容を整理しながら、できる範囲でお答えしたいと思います。
質問では、「ニンジンのカルスにインドール酢酸とカイネチンを与えて、カイネチンの濃度が高いと根系に、低いとシュートに再分化する」ことに関し、「魚雷型胚の時にオーキシン濃度が低いと根端分裂組織に、高いと茎頂分裂組織になる」と述べられた上で、「インドール酢酸の働きをカイネチンが阻害しているのか」と問われています。ニンジンでは、比較的容易に不定胚(体細胞性胚)を誘導できるので、植物体の再生実験も不定胚経由で行われることが多いようですが、「ニンジンのカルスにインドール酢酸とカイネチンを与えて、カイネチンの濃度が高いと根系に、低いとシュートに再分化する」という書き方は、カルスを一旦誘導し、そこから不定胚を経由しない器官再生を誘導する場合を意図していると思います。 その前提で、まずカルス誘導と器官再生誘導について説明します。
カルスを誘導するときには、組織片に高濃度のオーキシンと高濃度のサイトカイニンを与えるのが一般的です。サイトカイニンにはカイネチンやベンジルアデニンがよく使われます。オーキシンにはインドール酢酸も使われますが、合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸の方が効果が高いことが多いです。オーキシンとサイトカイニンがともに大量に与えられた条件では、オーキシンで駆動される側根形成プログラムに則って、根端分裂組織や側根原基の性質をもつカルスが形成されます。このとき根ではなくカルスが生じるのは、サイトカイニンのはたらきによります。根として正常に発達していくためには、内部でインドール酢酸が適切な濃度勾配をつくる必要があります。この濃度勾配の生成には、インドール酢酸の極性輸送が関わっています。高濃度のサイトカイニンは、インドール酢酸の極性輸送を担うタンパク質の発現を抑え、インドール酢酸の濃度勾配の確立を妨げますが、このことが側根形成プログラムが発動しているにもかかわらず、根の形態構築を実現させずに不定形のカルスを生じさせる一因となっています(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸はオーキシン活性は有しますが、インドール酢酸と違って極性輸送で運ばれないので、単独でも根の正常な発達を妨げカルス化をもたらします)。このほか、サイトカイニンには、細胞周期の制御因子の発現を引き起こし、細胞分裂を活発にする作用もあり、これもカルス形成に寄与していると思われます。
根端分裂組織や側根原基の性質をもつカルスは、根としての発達を妨害している要因、つまりサイトカイニンの投与がなくなれば、根を形成します(カルス誘導時にオーキシンとして2,4-ジクロロフェノキシ酢酸を用いたときは、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸の除去が必要です)。組織片から直接根を誘導するには、高濃度のオーキシン(高いオーキシン/サイトカイニン比)が有効ですが、カルスから根を誘導する際は、必ずしも高濃度のオーキシンを与える必要はありません。一方、カルスからシュートを誘導するには、一般に高濃度のサイトカイニン(高いサイトカイニン/オーキシン比)が必須です。カルス化の際に多分化能を獲得した細胞がサイトカイニンに応答して茎頂分裂組織の構築に関わる遺伝子を発現し、これらの遺伝子のはたらきによって確立した茎頂分裂組織がシュートを作り上げていきます。
次に「魚雷型胚の時にオーキシン濃度が低いと根端分裂組織に、高いと茎頂分裂組織になる」という部分ですが、これは通常の胚発生過程における分裂組織構築の内的制御のことだと思います。実際、胚の根端分裂組織予定領域ではオーキシン濃度が高く、このオーキシンの集中が根端分裂組織の構築に重要であると考えられています。胚発生時のサイトカイニンと茎頂分裂組織の関係は、これに比べると不明確で、いろいろ議論がありましたが、最近の研究によれば、やはりサイトカイニン活性の局所的増大が茎頂分裂組織の構築に関与するようです。となると、組織培養で培地のオーキシン/サイトカイニン比によって器官再生を制御するのは、胚発生のときに内生オーキシンと内生サイトカイニンのバランスによって頂端分裂組織の構築が制御される仕組みを利用していると言ってもよさそうです。
最後に「インドール酢酸の働きをカイネチンが阻害しているのか」という問いについてですが、たしかにそういう側面はあります。上にも書いたように、サイトカイニンによるインドール酢酸の極性輸送の抑制もその一つです。またサイトカイニンには、オーキシンの信号伝達を抑制する作用なども知られています。逆にオーキシンはサイトカイニンの作用を抑えるようなはたらきをもっています。細かく見れば互いの作用を促進する経路も存在して相当複雑ですが、全体としてはオーキシンとサイトカイニンは拮抗的な関係にあると捉えてよいと思います。
もともとニンジンのカルスに関する質問でしたが、ニンジンでわかっていることは限られるため、回答は主にシロイヌナズナを用いた研究から得られた知見に基づいて書きました。ニンジンには当てはまらないことがあるかもしれませんが、ご容赦ください。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。質問の回答をこの問題に関連した研究をされている東京大学大学院理学研究科生物学科教授の杉山宗隆先生のお願いして以下のように纏めていただきました。植物の器官再生の分子機構はまだ研究が進展中の事柄です。回答にも書かれているように植物成長・発生制御の分子レベルの研究は、現在実験モデル植物のアラビドプシス(セイヨウシロイヌナズナ)を用いたものがほとんどですが、それに基づく成果を一般的な理解と考えてください。もちろん個別的な例外はあるかもしれませんが。
もし、さらなる質問がありましたらお寄せ下さい。
【杉山先生の回答】
植物の組織培養において、培地に添加する植物ホルモン、とくにオーキシンとサイトカイニンが、細胞増殖や分化・形態形成の重要な制御要因になっていることは、よく知られています。しかし、これらの作用は複雑で、分子生物学的研究が進んだ現在でも、制御の原理の解明には至っていません。いただいた質問もかなり難しいのですが、質問内容を整理しながら、できる範囲でお答えしたいと思います。
質問では、「ニンジンのカルスにインドール酢酸とカイネチンを与えて、カイネチンの濃度が高いと根系に、低いとシュートに再分化する」ことに関し、「魚雷型胚の時にオーキシン濃度が低いと根端分裂組織に、高いと茎頂分裂組織になる」と述べられた上で、「インドール酢酸の働きをカイネチンが阻害しているのか」と問われています。ニンジンでは、比較的容易に不定胚(体細胞性胚)を誘導できるので、植物体の再生実験も不定胚経由で行われることが多いようですが、「ニンジンのカルスにインドール酢酸とカイネチンを与えて、カイネチンの濃度が高いと根系に、低いとシュートに再分化する」という書き方は、カルスを一旦誘導し、そこから不定胚を経由しない器官再生を誘導する場合を意図していると思います。 その前提で、まずカルス誘導と器官再生誘導について説明します。
カルスを誘導するときには、組織片に高濃度のオーキシンと高濃度のサイトカイニンを与えるのが一般的です。サイトカイニンにはカイネチンやベンジルアデニンがよく使われます。オーキシンにはインドール酢酸も使われますが、合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸の方が効果が高いことが多いです。オーキシンとサイトカイニンがともに大量に与えられた条件では、オーキシンで駆動される側根形成プログラムに則って、根端分裂組織や側根原基の性質をもつカルスが形成されます。このとき根ではなくカルスが生じるのは、サイトカイニンのはたらきによります。根として正常に発達していくためには、内部でインドール酢酸が適切な濃度勾配をつくる必要があります。この濃度勾配の生成には、インドール酢酸の極性輸送が関わっています。高濃度のサイトカイニンは、インドール酢酸の極性輸送を担うタンパク質の発現を抑え、インドール酢酸の濃度勾配の確立を妨げますが、このことが側根形成プログラムが発動しているにもかかわらず、根の形態構築を実現させずに不定形のカルスを生じさせる一因となっています(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸はオーキシン活性は有しますが、インドール酢酸と違って極性輸送で運ばれないので、単独でも根の正常な発達を妨げカルス化をもたらします)。このほか、サイトカイニンには、細胞周期の制御因子の発現を引き起こし、細胞分裂を活発にする作用もあり、これもカルス形成に寄与していると思われます。
根端分裂組織や側根原基の性質をもつカルスは、根としての発達を妨害している要因、つまりサイトカイニンの投与がなくなれば、根を形成します(カルス誘導時にオーキシンとして2,4-ジクロロフェノキシ酢酸を用いたときは、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸の除去が必要です)。組織片から直接根を誘導するには、高濃度のオーキシン(高いオーキシン/サイトカイニン比)が有効ですが、カルスから根を誘導する際は、必ずしも高濃度のオーキシンを与える必要はありません。一方、カルスからシュートを誘導するには、一般に高濃度のサイトカイニン(高いサイトカイニン/オーキシン比)が必須です。カルス化の際に多分化能を獲得した細胞がサイトカイニンに応答して茎頂分裂組織の構築に関わる遺伝子を発現し、これらの遺伝子のはたらきによって確立した茎頂分裂組織がシュートを作り上げていきます。
次に「魚雷型胚の時にオーキシン濃度が低いと根端分裂組織に、高いと茎頂分裂組織になる」という部分ですが、これは通常の胚発生過程における分裂組織構築の内的制御のことだと思います。実際、胚の根端分裂組織予定領域ではオーキシン濃度が高く、このオーキシンの集中が根端分裂組織の構築に重要であると考えられています。胚発生時のサイトカイニンと茎頂分裂組織の関係は、これに比べると不明確で、いろいろ議論がありましたが、最近の研究によれば、やはりサイトカイニン活性の局所的増大が茎頂分裂組織の構築に関与するようです。となると、組織培養で培地のオーキシン/サイトカイニン比によって器官再生を制御するのは、胚発生のときに内生オーキシンと内生サイトカイニンのバランスによって頂端分裂組織の構築が制御される仕組みを利用していると言ってもよさそうです。
最後に「インドール酢酸の働きをカイネチンが阻害しているのか」という問いについてですが、たしかにそういう側面はあります。上にも書いたように、サイトカイニンによるインドール酢酸の極性輸送の抑制もその一つです。またサイトカイニンには、オーキシンの信号伝達を抑制する作用なども知られています。逆にオーキシンはサイトカイニンの作用を抑えるようなはたらきをもっています。細かく見れば互いの作用を促進する経路も存在して相当複雑ですが、全体としてはオーキシンとサイトカイニンは拮抗的な関係にあると捉えてよいと思います。
もともとニンジンのカルスに関する質問でしたが、ニンジンでわかっていることは限られるため、回答は主にシロイヌナズナを用いた研究から得られた知見に基づいて書きました。ニンジンには当てはまらないことがあるかもしれませんが、ご容赦ください。
杉山 宗隆(東京大学大学院理学研究科生物学科)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2022-10-01
勝見 允行
回答日:2022-10-01